とある使用人の破滅
シンフォイガ公爵家に仕えていたとある使用人の話です
「貴方を解雇します」
私は突然、そんなことを言われて驚いた。私はロージュン国の伯爵家に現在勤めている。元々はシンフォイガ公爵家に仕えていたが、縁あって職場が変わった。その先で現在付き合っている恋人である女性とも出会い、順風満帆だった。
地位の低い使用人であろうとも、貴族家に仕える実績を積むことが出来、幸せに過ごしていたのである。
……だけど、私は突然解雇を言い渡されることになった。
「な、なぜですか!」
もちろん、私は解雇されるような対応をしたつもりはない。突然職を失う事態に、思わず声をあげてしまった。このような解雇は不当である。私の仕える伯爵家は、使用人たちへの扱いも良いと評判の家だった。だからこのように解雇を言い渡されるのならば何かしらの理由があるはずである。しかし私にはその理由が見当もつかなかった。
もしかしたら誰かが私を貶めようとしているのではないかなどとさえ思う。
「……分からないのですか?」
そう口にするのはこの屋敷の執事長で、呆れた様子で私を見ている。だが、そんなことを言われても全く分からない。
理解出来ないという表情の私に対して、執事長は続けた。
「クレヴァーナ・シンフォイガ。その名には心当たりがあるだろう?」
そんなことを言われる。
クレヴァーナ・シンフォイガの名は知っている。以前仕えていたシンフォイガ公爵家の出来損ない。魔術師の家系に産まれながら、魔術を使うことも出来ない不気味な存在。
見た目だけは良いとシンフォイガ公爵様達によく言われていた。確かに見た目は国でも指折りだったと言えるだろう。公爵家から蔑ろにされ、与えられているものもおさがりやおおよそ貴族令嬢が着るものだと思えないものばかりだった。だけれども損なわれない美しさがあり、彼女がウェグセンダ公爵家に嫁ぐことになった際に一度でいいから手を出しておけばよかったと嘆いた者は私も含めてそれなりに居た。
シンフォイガ公爵家の出来損ないは、男遊びが激しいと噂されていた。実際にどうであったかは興味はないが、確かにそういう薬や魔術師を秘密裏に呼び寄せていたことは知っている。莫大なお金を払えば男を知らない状況に戻すことが出来るのならば、そういう噂が流されているのならば少しぐらい良い思いをしてもいいのでは? とそういう話になっていた。
風の噂では確か悪妻であったために六年間の結婚生活を終え、離縁されたとは聞いている。娼婦にでもなっているのではないか……と思っていたのだが、此処で執事長から彼女の話を聞くことになるとは思わなかった。
「あのシンフォイガ公爵家の出来損ないがどうかしたのですか? まさか、養ってもらった身でありながらシンフォイガ公爵家を悪く言っていたりするのですか? 何か、お聞きになったのでしょうか? あの女が言ったことは――」
「……あの女呼ばわりするではない! シンフォイガ公爵家内で、彼女の扱いが悪かったことは私も聞き及んでいる。しかし仮にも使用人が、仕えるべき公爵家の一員に対してそのようなことを言うのがまず問題だというのが分からないのか?」
「何を言っているのですか? シンフォイガ公爵様達だって――」
「公爵一家の行いは褒められたものではない。しかしそういう扱いを彼女が家族からされていたとしても、使用人が行っていい理由にはならないのだ。そのような信用のならないものをこのまま雇い続けるわけにはいかない」
……何を言われていたか全く私には分からなかった。
だってあの女は、シンフォイガ公爵家の出来損ないなのだ。それこそ何をしても誰からも咎められるようなことがないような――そんな存在でしかない。
私たちが何をしようとも、シンフォイガ公爵様達は咎めたりなどしなかった。そもそも他の使用人達だってそうだったのだ。なのに、どうして私がこんなことを言われなければならないのだろうかと分からなかった。
「……分かっていない顔をしていますね。クレヴァーナ様は、隣国で活躍されている。この国での噂をはねのけるほどに。尤もこの国の市井にはまだ広まっていないわけだが」
「活躍……? 出来損ないが活躍など出来るはずがないでしょう。何か騙されているのでは?」
私がそう言ったら、執事長はなぜだか冷たい目を私に向けてきた。
「なるほど……。あくまでシンフォイガ公爵家に仕えていた者たちはそういう認識なのだな。魔術を使えなかったという一点で、家族から迫害されていた女性には何をしてもかまわないと……なんと愚かな」
愚かなどと言われても全く分からない。そもそも私と同じような対応を皆行っていたのだ。それなのに、なぜ?
「貴方は自分が同じような状況になったらというのを全く考えていないですね。そういう想像力があれば、少しでも思いやりがあればそんな考えではいられないでしょうに。伯爵様はそういう考えを大変軽蔑していらっしゃる。それが解雇の理由です」
「なっ、不当です!!」
「……貴方が何を騒ごうと、解雇されることは変わりがありません。他の屋敷でも貴方は働くことが難しくなるでしょう」
「な、なぜ……?」
「少しでも反省するのならばまだしも……そういう風に分かっていないからこそです。貴方のように周りに流され、自分の行動が正しいと思っている存在に仕えてもらいたいと思う貴族はあまりいないでしょう。……頭を冷やして、自分がやってしまったことについてきちんと考えなさい」
執事長にそう言われて、取り付く島もなく……そのまま私は解雇された。住み込みで働いていたので、私は住む場所も追われてしまったわけである。
彼女は通いで仕えていたので、彼女の家に仕事が決まるまで身を寄せようと思った。それか結婚してもいい。そう思って提案したら……振られた。執事長と同じような軽蔑したような目で見られ、「貴方のような人と付き合っていたなんて」とまで言われてしまう。
なぜだ……!!
私が解雇された理由は噂になっているようだった。不当に解雇された私が可哀そうなのであって、私が軽蔑されるようなことではないだろう!!
それから何とか日払いの仕事についたが、以前の仕事よりはずっと辛いものだった。……私がそんな生活をしている中で、あのシンフォイガ公爵家の出来損ないの噂が市井にも聞こえてくるようになった。
何が『王弟の愛する知識の花』だ! 私はあの女のせいでこんなことになったというのに……。
――そのことを酒場で口にした結果、私の周りからはさらに人が居なくなっていったわけだが、私にはそれがなぜだかさっぱり分からない。




