王弟の愛する知識の花 ③
「行こうか」
「ええ」
――私とカウディオは結婚した。
とはいえ結婚式は挙げておらず、教会に届け出を出しただけだけど。陛下たちは私たちが結婚すると聞いて喜び、証人部分にサインを入れてくれた。
結婚したので、呼び捨てにするようになった。口調も、以前より崩した。それはカウディオ殿下から望まれたから。
結婚というのが、こんなに幸福なことだとは私は知らなかった。
好きな人の、奥さんになる。
それだけでもこれだけ心が高揚している。
私はカウディオと一緒にロージュン国を訪れる。護衛は多めにつけてもらった。後は自分で作成した護身用の魔道具も持ってきていた。
私に対する噂は、ロージュン国でも様々流れているようだ。
乗っている馬車に向かって何かを投げようとした人は騎士に捕らえられていた。やっぱりこの国はまだ私に対する悪意のある噂がそれなりにあるんだなと思う。
この国を飛び出す時、私はもう二度とこの国に足を踏み入れないかもとも思っていた。
離縁された時はこうして、誰かと結婚しているなんて思ってもいなかった。
「クレヴァーナ、不安かい?」
「少しだけ。でもカウディオがいるからなんでも出来る気がするわ」
私がそう言って笑えば、カウディオも笑った。
なんだろう、本当に不思議な気持ち。
大切な人が傍にいるだけでこんな風に前向きで、安心できるとは思わなかった。
じっと真正面に座るカウディオを見る。……優しい笑みを見ていると、ドキドキする。私は好きだなとそればかり感じてしまう。
「なら、良かった。君の娘に会うのも楽しみだな」
「私も……。ラウレータは私のことを覚えているかしら?」
私は娘のことを思う。
六歳になっているであろう。私の娘。
自分の証明を始めてから、娘や嫁ぎ先、あとは実家の情報も調べた。元夫は新しい妻とはうまくいっているらしい。妊娠しているという噂も聞いている。ラウレータは……新しい公爵夫人を受け入れてはいるらしいとは聞いている。だから実際にラウレータと会って、娘自身の話を聞いてからそれからのことは考えようと思っている。
実家の家族には特に会う必要性も考えていないので、ロージュン国の王家と嫁ぎ先であるウェグセンダ公爵家とは会う予定があるがそれだけである。
そうしてカウディオと会話を交わしながら、ロージュン国の王城にやってきたわけだ。私が此処に足を踏み入れるのは初めてだ。スラファー国の城とはまた違う。
案内のためにやってきた文官は、私に何か思う所はありそうだった。だけど普通を装った対応で、私たちのことをロージュン国の王たちが居る場所へと案内してくれた。
「ようこそ、来てくださった。スラファー国の王弟殿下と、夫人よ」
私がカウディオと婚姻したこともきちんと把握はしているらしい。
ロージュン国の陛下はともかくとして、王妃様に関しては……笑っているけれど笑っていない様子だった。私に何か文句などでもあるのだろうか? でも会ったこともないのでそんな態度をされる謂れはない。なので、目を合わせてにっこりと笑みを向けておいた。
それからしばらく世間話をした後、私の話になる。
「夫人はスラファー国で大活躍をしているようだな」
「我が国でも同じように活躍してくれればよかったのに」
……陛下の言葉の後に、王妃様にそんなことを言われる。
ああ、そうか。
私がロージュン国ではなく、スラファー国で活躍していることに対して思うことがあるのだろう。スラファー国と同じように、ロージュン国で私が活躍していたら……色々世界は変わっていたかもしれない。
とはいえ、私の実家は逆に魔術の使えない私がそれだけ目立てば彼らは私を気に食わないと思っただろう。それどころか……もしかしたら排除されていたかもしれない。私がこの国で取るに足らない存在だったからこそ、ああいう状態でいられたのだと思う。
「王妃よ、やめないか!」
「大丈夫です。それより、王妃様のお言葉に答えさせていただきますね。この国にいた時の私は、自分の知識を何かに使うことや自分で行動を起こすことを考えてもいませんでした。シンフォイガ公爵家に産まれながら、魔術を使えないという理由だけで私を捨て置いていたのはこの国です。十分な養分を与えられてこそ、花は咲き誇ります。私はこの国に残っていても、今のように咲き誇ることは出来なかったと思います」
ロージュン国でも活躍してくれればよかったのにと言われても、きっと残っていても私は活躍など出来なかっただろう。
離縁されて、沢山の人たちと出会って――そして今の私が居るのだ。
「夫人よ、王妃がすまなかった。それに……この国に貴方がいた際も、我々は手を差し伸べることはなかった」
「謝罪はいりません。この国にいた頃の私に、周りから手を差し伸べる価値があったとは私も思いません」
おそらく私がスラファー国で『王弟の愛する知識の花』と呼ばれるほどに活躍してこなかったら、彼らは謝罪などしなかっただろう。それも当たり前だと思っているので、特に何か感じることはない。
「……そうか。ならば、貴方や貴方の花びらたちに我が国から知識を求めることは許可してくれるか?」
「私の許可は要らないと思いますが」
「『クレヴァーナの花びら』たちは、貴方を蔑ろにした我が国に対して思う所があるからと頷いてはくれないのだよ」
スラファー国とロージュン国の関係は悪いわけではない。私はともかくとして、私の生徒達に関してはロージュン国に関わらないようにとは告げていない。友好国でも私の生徒たち――花びらと呼ばれる人たちが活躍したりもしているのだが、この言い方からするに彼らは徹底的にロージュン国に関わろうとはしていないのだろう。
「そうなのですね。ならば正式に、許すと言っておきましょう。花びらたちにも自分の意思で決めてもらって構わないと帰国後に伝えておきます」
おそらく私の許すという発言が必要なのだろうなと判断したため、私はそう告げるのだった。
そうすればロージュン国の陛下はほっとした表情を浮かべていた。




