ずっと訪れたかった図書館
ゆっくり一日休んだ後に、私は街を歩く。
昨夜は夕飯も食べずに寝てしまったので、朝、宿の従業員に心配されてしまった。正直、食事を一食抜くぐらいは子供のころから慣れているのでそれでこんなに心配されるのかと驚いた。
嫁ぎ先ではちゃんと三食食べたけれど、実家だとそうもいかなかったから。
こうして人が沢山いる場所を歩くのも楽しい。
宿で目的の図書館への行き方をちゃんと聞いておいてよかった。きちんと聞かずに進めば迷っていた可能性もある。それに地図を見せてもらえたのも良かった。そのおかげで街の地図を頭の中に覚えることが出来たから。
そして辿り着いた図書館は――私がずっと訪れたかった場所だ。
知識の街と呼ばれるこの場所で、最も大きな図書館。そこには大陸中の本がおさめられていると言われている。外から見た建物もそれはもう大きいけれども、中は魔術によって広げられており見た目以上に大きい。
様々な国から知識を求めて訪れる人の多い場所。そこが此処だった。
――私は本を読むことが好きだった。
それは私に知識を授け、外の世界を教えてくれる手段だったから。
貴族の子女は学園に通うことも多い。お姉様や弟、それに妹も貴族の通う学園に通っていた。だけど私は通わせてもらえなかった。
魔術が使えなくても通えるはずなのに、私のことを外に出したくないと家族が判断したから。
まともな家庭教師もついたことがない。
私に様々なことを教えてくれたのは本だ。図書室には沢山の本があって、それを読んでいた。
本当は学園に通ってみたかった。同年代の人と交流を持つことも、大きな図書室で本を読むことも……やりたかった。でもそれは許されなかったから私は嫁ぐまでずっと領地にいた。
ほとんどの時間、本を読んで過ごしていた。
そこでこの街の図書館について私は知った。
初めて知った時から行ってみたいと思っていたのだ。でも私は行くことが出来ないだろうな……と諦めていた。だけど……、こうしてシンフォイガの名から解放されて、行ってみようと思った。
図書館にいざ、足を踏み入れるとドキドキした。
ずっと来たかった場所だったから。
「初めてのご利用ですか?」
「は、はい!」
声をかけられて、思わず緊張しながら声をあげてしまう。
私の様子を見て、その女性はくすくすと笑った。この図書館から本を持ちだすことは許可されてない。この図書館内は魔術がいくつもかけられている。本を無断で持ち出せばすぐに分かるようになっているらしい。
私は魔術が使えないから詳しくは分からないけれど、魔術って凄いなとは思う。
本に載っている魔術の詠唱や仕組みは知っているけれど、私は本当にただ知っているだけでしかない。
目の前に沢山の本がある。
それも様々な言語で書かれたものだ。
私が読んだことのない本がこれだけ目の前にあって、尽きることもない。
それがなんて素敵なことだろうかと、興奮する。だってここには実家では手に入らなかった本も沢山置いてあるのだ。
私の知らない知識も沢山手に入るはず……!
家や仕事探しをこれからしなければいけないのだけど、折角こうして夢だった場所に来たのだから今日一日ぐらいはゆっくりしていてもいいのではないかとそんな気持ちになっている。
だから、今日は本を一日中読む日にした。
読みたい本を持ってきて、図書館内に置いてある椅子に腰かける。机の上には、目についた本が複数冊置いてある。
私はそのまま読書に没頭した。
嫁ぎ先ではこうやって本を読むこともあまり出来なかった。私が難しい本を読んでいると、「どうせ理解していないのに」などと言われた。学園にも通っていなかった私はそういう教養がないと思われていた。
第一、何か企んでいるんだろうと言われることも多かった。私は何かをやらせてもらえることもなかった。娘が生まれてからは良い意味で忙しかった。
だからこうやってただ本を好きなように読めることが楽しい。
見たことのない知識をこうやって、読み進められることが出来る。
それはなんて楽しいことなのだろうか。
私はそれからずっと閉館時間まで本を読むのだった。
帰り際に一つのポスターを見つけた。
そこに書かれているのは、職員募集の文字だった。
私はその文字を見て、難しいかもしれないけれど挑戦してみようとそんな気持ちになった。