過去の私のことと、現在の私の決意 ④
「クレヴァーナ、エピスの街でのことは聞いている。大変だったな。落ち着くまで王都でゆっくりするといい」
目の前には心配そうに私を見ているカウディオ殿下が居る。今、王家が所有する屋敷の一室で私たちは話している。
私は王都へとやってきていた。日中に王都へと移動すると嫌がらせを受ける可能性があったので、夜中に街を出た。有難い事にカウディオ殿下が騎士を寄越してくれていたので、彼らに護衛してもらって王都に着いた。
……その騎士達は、悪評のある私に何か思うことはあるのだろうと思った。それでいてカウディオ殿下に何かしらの迷惑をかけるのではないかと思われているのだろう。
それでも彼らは職務を全うしていた。私に対して嫌な態度一つ見せなかった。本当にしっかりしていると思う。
「いえ、ゆっくりする気はありません」
私がそう答えると、カウディオ殿下は驚いた顔をする。
「大変な状況で無理をすると体を壊してしまうよ? それと兄上にクレヴァーナのことを相談したら他の身分と名前を与える形に出来ると言っていたんだ」
「それはどういうことでしょうか?」
「クレヴァーナ・シンフォイガの名は対外的には亡くなったことにはなってしまうが、別の名で生きていくことが出来るということだよ。その方がきっとクレヴァーナにとってもいいと思うんだが、どうだい?」
カウディオ殿下は私のことを心配してそう言ってくれているのだと思う。
クレヴァーナ・シンフォイガの名には、悪評が付きまとい続けている。だからそうした方が手っ取り早いのだろう。
私が読んできた歴史書の中にも、同じように名を変えて生き延びた方の記録は見たことがある。そういう人達は何らかの理由があって、新しい自分になって生き延びていた。
カウディオ殿下の提案は有難いものではあった。確かに新しい自分へと変われば、私は楽に生きられるだろう。少なくとも私のことをクレヴァーナ・シンフォイガだと誰が言おうとも、王家がその存在は死に、別人だと言い張れば誰も文句は言えないのだから。
――だけれども、私はそれを受け入れない決意をしてきた。
「カウディオ殿下、有難い申し出ですが私はそれを受け入れる気はありません。――私が貴方様に会いに来たのは一つお話があったからです」
私がそう言ったら、カウディオ殿下は驚いた顔をして――、だけど面白そうに笑った。
おそらくカウディオ殿下は私が弱っているのを想像していたのではないかと思う。実際に自分の過去を知られて、疲弊はしていた。自分が何をしたいかというのが、明確に今決まっているからこそ――私は弱っている暇なんてないのだ。
「いいよ。聞かせてみて」
「カウディオ殿下、私に投資をしませんか?」
私はカウディオ殿下に、そう問いかけた。
「投資?」
「はい。カウディオ殿下も、国王陛下も私を評価してくださっていると、以前聞きました。その言葉がまだ有効であるのならば、私に投資をしてほしいです」
私がまっすぐに、カウディオ殿下の瞳を見つめてそう言えば彼はぽかんとして笑った。
「私も兄上も、君の優秀さは理解しているよ。知れば知るほど、どうしてこれだけ優秀なのに埋もれていたか分からないと、そう疑問に思っているからね。それで……その才能を我が国で発揮してくれるということかな?」
「はい。――私は、私という存在を世界に証明したいと思っています」
そう、それが私のやりたいこと。
クレヴァーナ・シンフォイガという悪妻としてではなく、ただのクレヴァーナとしての私を知らしめたいとそう思ったから。
「自分の存在を世界に証明したい?」
「はい。カウディオ殿下は昔の私をどのくらい知っていますか?」
私は質問に質問を返してしまった。
「知っていることと言えば、君が魔術を使えないからという一点のみで家族から迫害されていたこと。そしてクレヴァーナの家族の行ったことが君のせいになっていたこと。あることないこと言われていながら、君自身は外に出ることさえもほとんどなかったこと。そういうことしか知らないかな」
「……そうですね。私はカウディオ殿下がおっしゃっていたように、そういう状態でした。嫁いだ後も、その悪評を向けられたままで、私は本気で抗おうとなんてしていなかった。否定はしても、聞いてもらえなかったからとそのまま受け入れていました。あの頃の私は、生きているようで、ちゃんと生きてなかったのだと思います」
流されるがまま身をゆだねることも、自分の意思で何かを決めないことも――それは楽なことだ。だけど、それは正しい意味で“生きている”なんて言えない。
「私はこれまで自分がどういう人間であるかというのを、周りに示すことをしてこなかったのです。誰もが当たり前にやっていたことを私はこれまでやってこなかった。だから私はこれから、“クレヴァーナ・シンフォイガ”ではなく、私自身がどういう人間か証明し続けようと思うのです。これまでのことがあるから私を決めつける人は多いと思います。それでも、実際の私がどういう存在かを周りに証明し続けたいと思います。私はクレヴァーナ・シンフォイガに付きまとっている悪評を覆いつくすぐらいに名を響かせてみせます」
大それたことを言っている自覚はある。本当に自分がそれだけのことを成し遂げられるかは分からない。
だけど、私はこのままが嫌だからこそ……自分と言う存在を証明し続けることにしたのだ。




