過去の私のことと、現在の私の決意 ③
けれど、問題は解決したわけではない。
寧ろ、悪化している。
私は一旦、状況が落ち着くために家にいたわけだけど……嫌がらせを受けるようになった。
それは心無い手紙だったり、外から聞こえてくる罵声だったり――そういう明確な悪意を向けられている。
「カウディオ殿下のことを騙そうとするなんてっ!!」
「やっぱり噂通りの悪女なんだろう! うちの子も騙されるところだったわ」
その中には街でこれまで会話を交わしてきた人たちの声もあった。
あまりにもな変化におかしくなって逆に笑ってしまった。だって私は私なのだ。
そういう過去があろうとも、この街で過ごしてきた私は昔よりもずっと好きなように生き生きと生きている私だった。
一年というそれなりの時間を、此処で過ごして、居場所が出来たと思っていたのだけど。
だけどこれだけ落ち着いているのは、ゼッピア達が変わらずに接してくれているからだろうか。
寧ろ皆、私のことを心配してくれている。
でもこうやって私の昔を知っただけで人は変わってしまうものなのだ。
買い物にも行けないので、届けてもらっているけれど……。私の噂は意図的に流されているものらしかった。それも悪意があるものだ。
私はクレヴァーナ・シンフォイガであることを隠して、カウディオ殿下に近づく悪女らしい。カウディオ殿下のことを騙そうとしているだとか、その妻の座を狙っているだとか。
そのために大人しく過ごしていたと噂されているようだ。
故郷にいた頃と変わらない噂。私が大人しくしていても、結局そういう風に勝手に決めつけたりもするのだ。
それにしてもこれだけ急速に噂が広まるのは、おそらく誰かの意図的なものだとは思う。
私はそれだけ誰かに恨まれるようなことをしてしまったのか。それともゼッピアたちが言っていたように、私がそれだけ悪意のある人たちにとって格好の的になってしまっているのか。
……カウディオ殿下のことは好ましくは思っているけれど、私が相応しくないと思っている人がそれだけ多くいるということなのだろう。それはそれで……なんだか嫌だなと思う。
故郷でもそうだけど、本人ではなく周りがどうのこうのいう人がとても多い。それに私自身のことも、実際の私を知らないで、私の話なんて聞かないで、皆好き勝手言っている。
罵声を浴びせている人たちの中には、私が振った男性の母親もいた。表面上は穏やかにしていたはずだけれども……、やっぱり色々と思う所があったのだろうなと思う。
でも私にそれの文句を言うことがなかったのは、良心が痛んでいたからだろうか。
それでも自分にとって大切な家族が、悪妻などと有名だった私に振られたことが許せないのだろうか。
――私が誰かと把握していなかった時は何も言ってくることはなかったのに、こうやって一つの情報でがらりと態度を変えるなんて身勝手なものだと思う。
……そういう人たちに関しては、私がクレヴァーナ・シンフォイガであることを隠した上でもし恋人関係に至ったりしていた場合、事実が露見したら騙されたなどというのかもしれない。
私はその事実に、何とも言えない気持ちで……今まで感じたことのない感情がこみあげてくるのが分かる。
……私は、怒っているのかもしれない。
沸々と、こみあげてくるものがある。
その怒りはこの前まで私に笑いかけてきたのにたった一つの事実を知ったからといってがらりと態度を変えた周りの人たちの身勝手さにもだけど……自分自身にもだ。
だって今の状況は、故郷を飛び出すまでの私があまりにも無気力で、行動をしなかったからこそ起こっていることなのだ。
もちろん、一番の原因は家族であるともいえるけれど……私自身が、あの状況を受け入れ続けて、自分の意思で何かをしようなんて考えていなかったからなのだ。がむしゃらに、本気でぶつかれば――きっと何らかのことが故郷にいた頃だって変わったはずだ。
言ってしまえば私は――周りが話を聞いてくれないから、自分の事を決めつけているからとそれを無意識に言い訳にしてしまっていたのかもしれない。
それに……私はやっぱりカウディオ殿下に特別な感情を抱いているのだ。私みたいな悪評まみれの存在が傍にいない方がいいなんて言っておきながら――カウディオ殿下と話せなくなるのは嫌だと、そう思ってしまっているのだ。
周りが何を言おうとも、きっと関係がない。
……私自身が、今の私の状況を、私の不甲斐なさを許せない。
だってこのままでは、娘の前にも姿を現わせない。ラウレータにとって立派な母親であるとは言えないだろう。そもそも、私がこのままでは娘と再会するなんてきっと叶わない。
周りがきっと許さないから。
もう二度と会えないかもしれないと――そう、受け入れたつもりになっていて、そうじゃないのだ。
私はラウレータに会えるなら会いたい。それに娘に何かあった時に、救い出せる私でありたい。
そんななりたい私に、今の私は追いつけていない。このまま閉じこもって、優しい世界で守られて――それでは駄目だと思った。
私は小説の中で見かける、助けをただ待っているだけの存在であることを望んでいない。今の私は、自分の意思で何だって決められるのだから。
――だから私は館長にカウディオ殿下に話をしに行くことを告げた。




