過去の私のことと、現在の私の決意 ①
カウディオ殿下から提案を受けてから少し経つ。私は未だに自分がどう動いていくべきかというのを決断出来ていない。
――だってその選択は、周りに大きな影響を与えるものだ。そして私の人生を左右するもの。
私はカウディオ殿下のことを特別に思っているとは気づいたものの、それが自分にとってどういう感情なのか正確には分からない。
ゼッピアには「何も考えずにやりたいようにやればいい」と言われてはいるけれど、どうするか悩んでしまう。
例えばカウディオ殿下の誘いに答えてこの街から飛び出すとして……、きっとその先には新しい経験が沢山待っているのだと思う。
初めてこの街にやってきて、沢山の経験をしてきたように……。
今、私の世界は優しさに溢れている。
周りは皆、親切にしてくれていて、私のことを認めてくれている人ばかりだ。
当初は私に対する苦言の声をあげていた人たちも、そういうことをこそこそと言っている人たちも今ではすっかり減っている。私のことを嫌っている人もいるだろうけれど、そういう人よりも私と親しくしてくれている人の方がずっと多いのだ。
穏やかで、優しい世界。
きっとこのままこの街で働き続ければ、充実した暮らしになるだろう。私は少なくとも満足はすると思う。
今の暮らしが楽しくて、これ以上何か望まない方がいいような――そんな気持ちにさえなる。
現状維持を選ぶか、私自身の未来を変えていく道を選ぶか。
……うん、それはじっくり考えて、選択しなければならないことだ。
ああ、でもあまりにも悩みすぎているとカウディオ殿下の気が変わってしまったりするだろうか。
カウディオ殿下と一緒に居られたら……それはそれで穏やかで幸せなことだとは思う。
ただ私がそういう選択をすることで、どういう影響があるのだろうか。今は、私のことを周りは知らない状況だからこそ平穏なだけともいえるかもしれない。
私=クレヴァーナ・シンフォイガだと知ったらきっと、様々な思惑のある人たちが接触してくるだろう。そしてあることないこと、きっと故郷にいた頃と同じように言われることだろう。
……その時、私はどうしたい?
結局のところ、私自身がどう変わっていこうとも……私がクレヴァーナ・シンフォイガであった事は変わらない。
だから、色々と考えてしまうのだ。
自分がこれから、どう生きていきたいか。
やりたいことってなんだろうと漠然と考える。
ラウレータには、また会いたい。……でもきっと私がこのままならば、会えない。
あの子の小さな体を抱きしめて、本を読んであげたりしたいな。
嫁ぎ先で私は屋敷の外に出ることは必要最低限だったから、普通の貴族夫人よりもずっとラウレータと関わりが多かった。とはいえ、悪評がある私だからずっと娘と一緒に過ごせたというわけでもないけれど。
それでも本を読んであげたり、私の知っている話を聞かせたり、庭を散歩したりする何気ない日常は私にとって大切な思い出だ。
新しい母親が出来て、私という産みの母はあの子にとってもう必要ないかもしれない。
そう考えると、どうするのが一番いいのだろうか。
私のやりたいことと、目標。
それを明確に決めて、そのために行動をするのが良いとは思う。
とはいえ、私はまだまだ私自身のことが分かっていない。
だから悶々と思考している。
「皆は大きな決断をしようとした時、どうやって決めているの?」
昔の私にとってはそういうことを聞く相手も居なかった。
どういう風に動けばいいか、自分で選択する機会もなかった。
――でも、今は違う。
私の周りには話を聞いてくれる人たちが居て、一人で悩む必要なんてない。
「そうね、私はやりたいことを見つけたらすぐに行動してしまうタイプだからそこまで悩まないわ。あ、でも元彼と別れる時とかはどうするか悩んだけれど」
ルソアさんはそう言って笑っていた。
「親から反対された時は散々話し合って結局認めてもらったりしたかな。とはいえ、行動した結果痛い目を見たことはあるぞ。何か上手い話しに誘われているとかなら言えよ? クレヴァーナは世間知らずだからな」
コルドさんはそう言って心配していた。
「私はクレヴァーナがやりたいようにやったらいいと思うわよ。それで失敗しても経験だと思うもの。でも行動する前に相談はしてほしいわ。そしたらアドバイスは幾らでも出来るもの」
ゼッピアはそう言って私が何かをしようとしていることを喜んでいる様子だった。
――そういう周りの意見を聞いた上で、カウディオ殿下から言われた言葉も踏まえて相談した。
カウディオ殿下から折角誘われたのだから頷けばいいとそう言ってくれた。
ただ、昔のことがあるから悩んでいるとだけ言った。……私は、自分がクレヴァーナ・シンフォイガであったことを親しい人たちに知られることを躊躇していた。どうせ、話そうと思っているのに……先延ばしにしていた。
でもそうしたら――、
「ねぇ、貴方がクレヴァーナ・シンフォイガだって本当……?」
ある日、厳しい表情のゼッピアからそう問いかけられた。




