知識の街へ到着
「わぁ……」
私はずっと来てみたかった場所――隣国、スラファー国に存在する知識の街と呼ばれる場所に時間をかけて移動した。
正直、持っていたお金は途中で尽きたのでなんとか働いてお金を稼いだ。
私は疎まれていたとはいえ、公爵令嬢であったので働いたのは初めてだった。だけど、実家では自分で料理をしたり掃除をしたりもしていたし、あとは独学で勉強をしていたことも役に立った。
自分で働いて宿代を稼いだりすることは大変だった。
……正直、騙されそうにもなったりした。でも近くにいた女性が助けてくれて事なきを得た。ついでにその人が私に色んなことを教えてくれた。
私はなんだかんだ世間知らずだった。
与えられた場所から飛び出すこともせずに、その状況で過ごしていた。実家でも、嫁ぎ先でも……私は外に出ることも全然なかった。シンフォイガ公爵家の汚点である私を外に出すことを家族は嫌がっていた。
だから私が知っていることは、親切な人が教えてくれたことと知識として知っていることしかない。
幸いにも知識でなんとか補える部分も多かった。でもやっぱり現地で生きている人に聞いた方が分かることもあった。
実家では食事を作ってもらえなかったり、掃除をしてもらえなかったりはあったけれど、常にではなかった。なんだかんだ私は世話はされていた。嫁ぎ先では生活に不便はなかった。
だからこうやってなんでも自分でやることは、私にとっては不思議が溢れている。
何気ないことが私にとっては新鮮で、楽しかった。それに……不便でも、ただの“クレヴァーナ”として此処に居る私の話を周りが聞いてくれるから。
クレヴァーナ・シンフォイガとしての私の話なんて、ほとんどが聞こうとしてくれなかったのだ。
……だから、嬉しい。
この知識の街と呼ばれるエピスに来るまで、周りに恵まれてなんとか此処にやってこれた。
私はどうやら危なっかしく見えるらしい。世間知らずで恐る恐る行動をしている部分がそう思われたのかもしれない。
正直危なっかしいなんて初めて言われた。
私は目つきが鋭くて、常に怒っているように思われがちだ。
知り合った女性には「猫みたい」などと言われた。
エピスの街で宿を取った。大通りの宿をわざわざ取ったのは、こういう大きな街でも裏通りが危険だと本に書いてあったから。女性の一人旅だと、悪人に狙われてしまう可能性があるのだ。
宿代は少し値が張ったけれど、それでも自分の安全のために泊まった。
このままこの街に住みたいと思っているので、仕事を見つけて家を探さないといけない。
スラファー国は十年続けて住めば、国籍を移行する手続きも出来ると聞いているのでそれを目指そうと思う。まぁ、結婚などをする場合は十年など関係なしに国籍が移るようだけど。
宿の部屋に入って、ふぅと一息を吐いてさらしをはずす。
一人で旅をするにあたって、私は自分の胸を潰している。……というのも、私の胸は一般的に見て大きい方なのだ。それこそ周りから視線を浴びてしまうぐらいには。
妹には「下品な胸を持つあなたなんて市井に一人で出れば襲われるわね」なんて言われた。読んだ本の中にも、そういう目的のために女性が襲われることはあると書いてあったので、目立たないためにもそうしておいた方がいいと判断した。
私の悪い噂の原因の一つは、こういう身体つきと顔立ちにもあったと思う。直接的な原因は家族だけれど……。
私は、男遊びが激しいと噂されていた。そんなことは全くなかったし、そもそも外に出ることもなかなかなかったのにも関わらずである。
お姉様と妹の方が異性とそういう関係があったと思う。とはいえ、そういうのは貴族令嬢として望ましくないので薬や魔法で男を知らない状況に体を戻していたようだ。ちなみにその薬や魔法を愛用しているのが私だと噂されていた。
そういう噂が出回っていたとしても、私は前の夫しか知らない身だ。それに、こうして自由に生きられるようになったからとはいえそういう関係を色んな人と結ぼうとは思わない。
そう考えると隙が無いようにしておいた方がいいと思う。
私は結婚はしていたけれど恋愛は知らない。本で読んだり、恋愛をしている人たちを見たことがあったぐらいだ。
でも書籍を見た限り、隙があると付けこまれてしまうものらしい。そういうつもりがないのに相手が寄ってくるという状況は避けたい。
「……眠たい」
先のことを考えていたら、うとうととしてきた。
ついさっき、この街に私はついたばかりだ。これまでこれだけの長期間の馬車での移動をしてきたわけではない。体が痛い。だけれども目的地にたどり着いたことには気分が高揚している。
――明日、図書館に行こう。
そう考えながら、私は眠りについた。