二度目の王弟殿下と、私の気持ち ③
「クレヴァーナは明日休みなのだろう? 良かったら私の滞在している別邸に遊びに来ないか?」
そんなことを言われたのは、カウディオ殿下の滞在中のある日のことである。
私の仕事が休みであることを把握されていたみたいだった。
「よろしいのですか?」
「ああ。別邸にはクレヴァーナの興味を持つ本が色々ある」
「なら、お伺いさせていただきますわ」
私とカウディオ殿下の関係性は特に変わったところはない。カウディオ殿下が過去の私のことを知っていたということが分かっても……そのままである。
というより過去の私も、今の私も知った上でそういう態度なのは、とても心地よい。
だから私はカウディオ殿下からの申し出に応じた。
カウディオ殿下はこの街にいらっしゃる時は、王家所有の別邸で過ごしているらしい。
王族や貴族というのは自分たちの住まう場所以外にもそういう場所を所有しているものだ。私の実家もそういうものを所有していたらしいとは聞いたことがある。私は連れて行ってもらったことはないけれど、休暇の時にはそういう所で休むものらしいのだ。
「私、知識は知っていても王族の所有する別邸にお伺いするのは初めてです。何かマナーが間違っていたりしたら教えてくださいね。明日までに何かしら役に立ちそうな本を読んでおきます」
「そこまで気にしなくていい。あくまでプライベートなものなのだから」
そう言ってもらえはしたが、会話を交わした後に私はマナーなどの載っている本を読んでおこうと決意した。
一応、興味本位でそれらに関する本を前に読んだことはあるけれど……、カウディオ殿下の周りにいる方に不快な思いはさせたくないなとは思う。
カウディオ殿下は私の過去を把握していても変わらないけれど、他の人たちはどうなのか分からない。……私がクレヴァーナ・シンフォイガだと周りが知ったら、こうやって友人関係は続けていられなくなる可能性もあるのだろうか。
そうなったら悲しいなと思う。
「クレヴァーナ、カウディオ殿下から別邸に誘われたのでしょう? 順調に仲良くなっているようで良いことだわ」
「私の興味を持つような本があるからと誘ってくださったの。楽しみだわ」
ゼッピアの言葉に私がそう言えば、彼女は楽しそうに笑っていた。
「クレヴァーナが楽しそうで私は嬉しいわ。これからもっと距離を縮めることが出来そうね」
「それはどうかしら……?」
このまま楽しく会話を交わし続けられる仲で居られるのならば、それはとても楽しいことだと思う。
だけどこの関係性はおそらくカウディオ殿下からの興味が無くなれば終わるものだ。それに私のことを知って周りは友人に相応しくないとそう言ってくる人もいるかもしれない。
嫁ぎ先で元夫の妻に私が相応しくないと言われた時のように。
憧れとか、好意とかそのような感情を抱いていればいるほどその存在を慕う者達は周りに敏感になる。おそらくこの人にはこういう人が似合うとそう決めつけているから。そういう人とでないと仲良くしてほしくないとそう思っているから。
……そういうのは本人が決めることだとは思うけれど、周りの人から諭されたらカウディオ殿下は私と文通を交わす仲をやめるかもしれない。王族である彼にとってみれば悪評のある私と進んで関わる意味はないはずだから。
「クレヴァーナ、大事なのは貴方がどうしたいかだからね?」
「私がどうしたいか?」
「ええ。だって貴方は受動的な面が大きいと思うの。館長から頼まれた仕事もほとんど断らないでしょう?」
そんなことを言われて少し複雑な気持ちになる。
今の私は、前の私よりもずっと能動的だと私自身は思っている。それでもまだまだそう見えるようだ。
……そうなると、昔の私を見たらゼッピアはもっと驚くのだろうなと思った。
「これでも私は昔よりはずっと能動的になっているつもりだけど……。それに館長からの頼み事は私自身が出来ると思ったからやっているだけだもの」
「それをもっと断っていいと思うのよ。出来る出来ないじゃなくて、頑張りすぎると疲れちゃうもの。そういうのも含めて受け入れすぎなくていいと思うわ」
「そうかしら……?」
「そうよ。だからね、クレヴァーナがカウディオ殿下と親しくしたいと思っているのなら、それを続ければいいだけの話なの」
「でもカウディオ殿下が私に興味を抱いているのは、多分、此処に来るまでの私をご存じだからよ」
「それがきっかけだったとしてもそれだけではないはずよ。だってクレヴァーナと話せば、貴方がどれだけ素敵な女性なのか気づくはずだもの」
ゼッピアや他の人たちも、私のことを過剰なほどに褒めてくれる。私はそれを言いすぎだと思うけれど、そうではないのだとゼッピア達は一年間繰り返し告げていた。
一年経過しても私はそれに慣れない部分はあるのだ。でもそうか……。私だから仲よくしてくれているのならば、嬉しいなとそう思った。
それからゼッピアに「別邸に向かう際に気を付けることはあるか」と聞いたら、何も気にしなくていいはずだと笑われた。




