王弟殿下からの手紙 ③
「ふふっ……」
その手紙を読んで、私は思わず笑みがこぼれる。
そこに書いてあったのは、私が不安がっていたようなものでは全くなかった。私の堅苦しすぎる手紙に対するお言葉。面白がってくださっているようで、「今後の手紙はクレヴァーナも疲れるだろうから、もっと砕けたもので構わない」と書かれていた。
私がおすすめした本を早速お読みくださったみたいで、それの感想もびっしり書かれている。
こういう誰かが自分のおすすめした本を読んで、こんなに心を動かされたのだという証が手紙として残っているのはとても素敵だなと思った。
なんだかもうすっかりこの手紙は私の宝物のような感覚だ。
私もカウディオ殿下からお勧めされた本を読み終えていたので、その感想を綴ることにする。
……あまりにも長文で書いたら流石に引かれる可能性が高い? とそう思ったけれど、カウディオ殿下だって溢れんばかりの本の感想を送ってきているのできっと同じぐらいは書いても問題がないはず。
そう結論付けて、結局書いていると楽しくなったのもありかなりの枚数になった。
カウディオ殿下から紹介された本はとても興味深いものばかりだった。私の知らない知識を教えてくれるもの。
教えてもらわなかったら手に取らなかったであろう内容の本も多くて、それだけでも良い刺激になる。
私はそういう知らないことを知ることが好きだから。
カウディオ殿下は王族としてお忙しい方だと思う。それでもこれだけ本を読んでいるのは本を読むことがそれだけ好きだからだと思う。
そう考えると、なんだか楽しい。同じぐらいの熱量で本を読んでいる人と、こうやって文通でやり取りが出来るなんてワクワクすることだもの。
この街から王都まではそれなりに距離がある。それに、カウディオ殿下は忙しい方なのでひと月やふた月の間、手紙が届かないこともあった。
……王弟という立場はそれだけ忙しいのだと思う。
私は公爵令嬢として産まれはしたものの、本当にその血を継いでいただけで……貴族としての責務はやらせてもらえなかった。私が知識でしか知らない忙しさ……。それをカウディオ殿下は沢山こなしているのだろう。
シンフォイガ公爵家の血を継ぐものとして、子を産む存在としての役割だけを私は与えられた。
ウェグセンダ公爵家の直系は、娘が産まれるまで元夫だけだった。
それもあって強い血を引く直系が求められていた。その結果、私はこの体に流れる血を求められた。
魔術の使えない、出来損ない。存在する価値のないシンフォイガ公爵家の恥。そう家族たちに断定されていた私は、家族たちからしてみれば家にとって都合の悪い噂を全て押し付けられる生贄か何かのようなものだったのだろうか。……うん、その言葉がしっくりくる。
本の中でしか知らない、私が関わらせてもらうことのなかった華やかな貴族の世界。実際にはその世界はどういうものなのだろう?
平民として生きている私は貴族社会に関わる予定はないけれど、興味本位で少しは覗いてみたいなとは思った。
そういう興味から、本の話題を書くついでにパーティーとはどんなものかとか、王都はどれだけ栄えているのかとか、世間話も記載した。
カウディオ殿下は私が何気なく聞いた世間話に、丁寧に答えてくれる。
私がクレヴァーナ・シンフォイガだと知っている身からしてみれば、貴族だったはずなのにそんなことも知らないのかと疑問に思っているかもしれない。
……私の噂はこの国にも少しは流れているだろう。でも故郷の国の人々でさえも、本当の私なんて知らないのだ。この国の人々が私を正しく分かっているはずがない。
私って、カウディオ殿下からしてみれば色々と不思議な存在なのかも。
だからこそこうして興味を抱いて手紙を交換してくださっているのかもしれない。でもカウディオ殿下は特にクレヴァーナ・シンフォイガについては聞かない。私自身のことを聞いてくるだけだ。
後は国内で困りごとがあると、何か知らないかと書かれていたこともあった。
役に立つかもわからない本の知識を記載して送った。その知識は役に立ったみたいで、お礼をもらった。
あとはカウディオ殿下から私自身のことを聞かれて、他愛もないことを書いて送ったりしている。おすすめのお菓子の話とか、最近作った料理の話とか。
そういう何気ないやり取りが私は楽しみだった。カウディオ殿下から手紙が来るのを心待ちにしている私がいた。
向こうもそう思ってくれていたら嬉しいな。
そんなことを思いながら、手紙のやり取りだけをする。直接お会いすることが叶ったのは……出会ってから半年も経ってからだった。




