王弟殿下からの手紙 ①
「クレヴァーナさん、こちら手紙が届いていたよ」
カウディオ殿下をお迎えして、ひと月ほど経ったある日。
カウディオ殿下をお迎えしたのが随分昔なように感じられていたその日に、私の元へと手紙が届いた。
郵便物は街の施設に届く。直接、家に届く形ではないので大荷物だと、一人で運ぶのは大変だったりする。その時は依頼をして運んでもらったりするのだけど。
その手紙は、カウディオ殿下の名前が書かれていて私は驚いた。
こうやって自分宛の手紙を受け取ることもあまりないので、なんだか不思議な気分だった。ここにきてから仲良くなった人たちとは、いつでも直接話せる距離にいるから手紙を書く必要もないものね。
遠くにいる家族や友人に皆、手紙を書いたりするものらしいけれど……。
……そう考えるとカウディオ殿下がこうして手紙を下さったということは、私と交流を持ちたいと考えたということだろうか。どちらにせよ、数か月後とか、一年後とかにはまたこちらにカウディオ殿下は来るだろう。それよりも前に交流を持とうと思ってくれたのかと、なんだか手紙の内容を読む前から嬉しくなった。
私はカウディオ殿下と本についての話をするのが楽しかったのだ。私は実家を追い出されてただの平民だけど……友達になれたら楽しいだろうななどとそんなことも考えていた。
家に戻ってから手紙の封を切る。
書かれていた内容は、先日のお礼とこれから手紙のやり取りをしないかという提案。そしてカウディオ殿下が読んだお勧めの本について書かれていた。
すぐに私は返事を書こうと思ったけれど、便箋を切らしていたので購入してから考えることにする。
……自分よりも年下の男性相手の手紙というのは、初めてだ。私は元夫にだって私的な手紙を送ったことはない。弟にもそうだ。……家族相手の親しみを込めた手紙なんてもらったことも送ったこともないんだなと考えて何とも言えない気持ちになる。
小説の中の登場人物たちも、この街で出会ったゼッピア達も、皆家族へのそういう手紙を書いたことがある。家族じゃなくても友人に対する親愛の手紙だったり……。
私は働き始めてから娘宛ての手紙は書いたけれど、本当にそれ以外は書いていないのだなと思い、どういう書き出しをして何か失礼なことを書いてしまわないかと……少し心配になる。
雑貨屋に向かって、便箋を買うことにする。
種類がいくつかあるのでどれが一番いいのだろうかとそこから悩んだ。
ただこうやって便箋を選ぶのもなんだか楽しい。娘への手紙の便箋を選ぶのとはまた違った楽しさがある。
雑貨屋の店主には「クレヴァーナちゃん、誰かに手紙かい? はっ、まさか恋文?」と期待したように聞かれた。それには首を振っておいた。
確かに異性相手での手紙ではあるけれど、そういうものではない。
恋というものが何なのかさえも分からない私は、そんな恋文なんて書けるはずがない。
この街にやってきてから、私は恋文をもらうこともたまにある。情熱的な言葉が並べられていると、驚いたものだった。
それだけ熱い感情を、私は知らない。
便箋を購入した後は、何をどう書いたらいいか分からなくてゼッピアに相談した。
「カウディオ殿下から手紙が届いたの?」
「ええ」
「殿下はあまり女性に手紙を書かない方だけど……、クレヴァーナが魅力的だから送ってくださったのね」
「そういうのではないと思うわ。気にしてくださるのは……、きっと昔の私を知っているからだと思うわ。もちろん、私自身にも関心はあるのかもしれないけれど」
クレヴァーナ・シンフォイガを知っていて、だからこそ考えることがきっとカウディオ殿下には沢山ある。
それも踏まえて、私をただ気にしているだけではないかと思う。
ウェグセンダ公爵家の悪妻と呼ばれ、評判が地に落ちていた私に対してゼッピアが思っているような理由で気にしているわけはない。
「そうなの……。でも貴方の過去がどうあれ、クレヴァーナはとても魅力的だわ。私にとっての自慢のお友達。それでいて頭が良くて、驚くぐらいの知識を持ち合わせている。そんな貴方だからこそ、どんな選択肢だってきっととれるのよ」
「ありがとう」
「もし、殿下が貴方の嫌がることをしたらすぐに言うのよ? 館長に言うから。そしたらきっとどうにでも出来るはずだわ」
ゼッピアは私のことを心配してくれているようだ。
カウディオ殿下は誰かに無理強いをする方ではないけれど、こうやって友人から心配されるというのもなんだか心が温かくなる。
この図書館の館長は貴族の出だと聞いている。図書館の館長と言う立場だけではなく、貴族の立場まで持ち合わせているので本当に何かあれば私のことを助けてくれようとするのだろう。
今の私には、味方が沢山いる。
そう考えると本当に何だって出来るような気になった。
「失礼がないように丁寧に書けば問題はないと思うわ。カウディオ殿下の方から手紙を寄越したのだから、少しの失礼ぐらいは目を瞑ってくれると思うけどね」
ゼッピアがそう言ってくれたので、ほっとして、だけど丁寧に書くように気をつけながら手紙の返事をしたためることにした。




