私は、王弟殿下と図書館を歩く ③
「ひとまず二冊は読み終えたのだけど、どちらも面白かったよ」
そうカウディオ殿下がおっしゃったのは、本を紹介した翌日のことだった。
私も仕事の後にカウディオ殿下に紹介された本を一冊読み終えていた。私もその話をしようと思っていたので、先にカウディオ殿下から話を振られてなんだか嬉しくなった。
「楽しんでもらえたならよかったですわ。私もカウディオ殿下からお勧めされた本を拝読しました。この国で最も大きな商会の始まりの物語というのは、興味深いものですね。伝手も資金も何もなかったところから少しずつ成長させていった様子が素晴らしいと思いました」
カウディオ殿下のお勧めしてくださった本は、この国で一番の商会の成り立ちにまつわるものだった。
商会長自身が自分の生きた証を残したいと、一冊の本にまとめたものらしい。あとはこれから商売を始める方たちのための教訓になればという思いもあったようだ。失敗談も描かれており、読みどころ満載だった。
もちろん、一般的に公開出来ない情報は記載されていない。世の中には周りに周知することが出来ないようなこともそれなりにある。
「私もこの本を読んだ時に様々な学びがあり、興味深く思ったんだ。元々ここの商会の製品はお気に入りだったからね。余計に楽しく読んだんだ」
「分かります。私は38ページの奥様との話や156ページの人気の美容液発明の話、最後に記載されている初代商会長の言葉などにも感銘を受けました」
私がそう口にしたら、カウディオ殿下は少し驚いた顔をした。
「クレヴァーナはどこのページに何が記載されているかなどを覚えているのか?」
「はい。私、記憶力が良い方みたいなので。それに本を読むことが好きなので、より一層記憶に残るのです」
「そうなのか。それは素晴らしい才能だな」
カウディオ殿下はそう言って笑っている。
実家だと魔術が使えるか使えないかだけが全てだったなと改めて思う。こうして外に目を向けるとそれ以外もちゃんと価値があることなのだと実感する。
「クレヴァーナの紹介してくれた本だが、植物園と騎士服に関する知らない知識を身に付けることが出来て面白いものだった。これだけユニークな本があまり知られていないのはもったいないな」
「私もそう思います。ご紹介した本を読んだことがある方があまりいらっしゃらないようなので、もっと広まるといいなと思います」
それは本心からの言葉だ。
あとは世の中には文字を学ぶ機会がない人たちもいるはずなので、まずはそういう人たちが文字を読めるようになることが重要なのかもしれないなどとも思う。
だって文字を読める人が増えれば増えるほど、本を読む人も増えるのではないかと思うから。
それからカウディオ殿下と本の話ばかりをした。時折、カウディオ殿下が興味を持っておられることに対する意見を聞かれた際は私の意見を答えた。私の知識は本で読んだものばかりだけれども、先人たちの知識というのは何かしら役に立つものというのは多いから。
前代未聞の事態というのが世の中には起こりうることはあるけれど、それでも過去に起こった出来事と同じことはある。そういう場合は過去の事例をもとに対策を練ったりすることが出来るのではないかなとは思う。……まぁ、私は知識として知っているだけで実際にそういう対策をしたことなど一度もないのだけど。
実家にいた頃も嫁ぎ先でも私はそういうものに関わらせてはもらえなかった。実家にいた頃、領地が自然災害に見舞われた時……、使用人に知っている対策を言ったことはあったけれどそのくらい。言語や知識自体は、勉強すれば学べるものだ。でも実際に行動をするとなるとおそらく知識通りではいかないようなことが沢山あるのだろうなとは思っている。
領地経営に関する本も興味本位で読んだことがある。シンフォイガ公爵が歴代で行っていた政策なども全て頭の中にある。そういう知識はもしかしたら結婚した後に役立つかもと思っていてよく読んでいた。実際は結婚した所で、そういうものには触れさせてもらえなかったけれど。
カウディオ殿下は身分の高い方で、おそらく……私のことも知っている気はする。
それでも私の話を聞いてくれる。そして私に何かを聞こうとはしてこない。それが心地よいなと思った。
クレヴァーナ・シンフォイガの名を知っているからこそ私がどんな人間か知ろうとはしているのだとは思う。私が噂通りの人間であると問題を起こす存在になるので、それも当然のことだと思う。
でも、なんというか……視線が嫌な物じゃない。
実家で向けられていた魔術の使えない出来損ないを見る家族のような目でも、腫物を扱うかのように遠巻きにしかこちらを見ない目でもない。嫁ぎ先で向けられていた嫌悪や軽蔑に満ちた目でも、私に欠片も興味がない無関心な目でもない。
だからこそカウディオ殿下への対応は楽しく終えることが出来た。互いに本を紹介しあい、その本について話したりして、それで時間は過ぎて行った。
今回のカウディオ殿下の滞在期間は二週間だけだったので、そのままカウディオ殿下は王都へと帰られた。こうやって年に何度か図書館を訪れて過ごすものらしい。お忙しい方なので、次はいつお越しになるかは分からない。楽しく過ごさせてはもらったけれど、カウディオ殿下の担当は毎回違うらしいので、次はこんな風に話すことはないかもしれない。
でも楽しいひと時を過ごせたので、私は嬉しかった。




