私は、王弟殿下と図書館を歩く ①
「クレヴァーナは最近、此処で働き始めたのか。ここの試験は難関だと聞いているが、それで高得点だったんだって?」
カウディオ殿下は私の試験の得点を噂で聞いていたようだ。
この図書館はスラファー国にとっても重要な機関である。だからこそ、私の情報は王族に共有されていたみたい。
……にこやかに笑っているカウディオ殿下は、もしかしたら私がクレヴァーナ・シンフォイガだと知っているかもしれないと思った。王族であるのならば、そのくらいの情報は集められるだろうし……。
でも特にカウディオ殿下から言われない限り、そこに触れる気はない。
「今まで勉強していた成果が出ていただけですわ」
実家にいた頃、暇さえあれば本を読んでいた。そこで学んできた成果がこうやって今につながっていくとは思ってもいなかった。
「それでも素晴らしいことだよ。私も周辺諸国の言語は学んでいるが、全て完璧に話せるわけではないからね」
「そうなのですか?」
王族や貴族となると外交などで他国の方たちと関わることも多いはずだ。だからこそ特に王族は私が思っている以上に流暢に言語を使いこなすのだろうなとは思っていた。
「そうだよ。だから、クレヴァーナは凄いと思うよ。ルソアにも聞いたけれど、数多くの言語を使いこなすことが出来るのだろう?」
「ありがとうございます。言語を覚えることはなんだか楽しいので、力が入っています」
私はこれまで勉強してきた中でも、特に言語に関して力を入れている。それはなぜだろうと、頭の中で考えてみる。
……言語は、まるでパズルみたい。
例えば果物一つ取ってみても、どういう言葉で表すのかが言語によって異なる。それが頭の中にずらりと並んでいる。文法に関してだって。頭の中で単語と単語を組み合わせて出来るもの。
お姉様たちが飽きて放り出していたパズルも、子供の頃、一人で遊んでいた。あの時遊んだパズル、楽しかった記憶がある。……後から、私が遊んでいたのを知ってお姉様に捨てられてしまったけれど。
思えばパズルが面白いなと思ったから、言語を覚えることが楽しいなと思ったのかもしれない。
「楽しんで学べているのは素晴らしいことだよ。私の甥たちも楽しんでいる分野の方が成果がいいからな」
カウディオ殿下はそんなことを言って笑っている。
笑った顔を見て、綺麗な方だなと思った。ルソアさん達が向けてくれるような、優しい笑み。
こうして故郷からこの国にやってきてから、そういう笑みをよく向けられる。
こういう笑みを向けられると、なんだか嬉しい。
それにしても甥というと、王子殿下のことかな? 確か、スラファー国の国王陛下はカウディオ殿下よりも十歳ほど年上のはずだ。二人の王子殿下が王妃様との間にいると記憶している。
子供の話を聞くと、どうしても娘のことが頭によぎる。私が唯一関わったことがある子供が娘であるラウレータだ。ラウレータは私が本を読み聞かせたり、頭の中にある知識について話したりしていると、いつだって楽しそうにしていた。
ラウレータにも家庭教師がそのうちつくだろうけれど、娘が楽しく学べればいいななどと考える。
「クレヴァーナ、どうしたんだい?」
「いえ、なんでもありません。ところで、今回はどのような書物をお探しでしょうか?」
娘のことを考えて少しぼっとしてしまった。慌ててカウディオ殿下に答える。
カウディオ殿下がこうしてこの図書館を訪れるのは、大抵、新たな知識を求めてと言うのが多いらしい。ただそうではなく、緊急な用件で知識を求めてくる場合も多々あるようだ。
王弟として、国王陛下を支える役割の中では図書館に所蔵されている本の知識を活用している場合も多いらしい。
本に残されている事例などから読み解けるものは沢山ある。
あとはただ単に、カウディオ殿下が本を読むことを好んでいるからというのも一つの理由みたい。
「そうだな、今回は……折角だからクレヴァーナのおすすめを持ってきてくれるか?」
「私のおすすめですか?」
「ああ。ここの職員に本をよく紹介してもらっているんだ。私一人だけでは手に取らないようなものも多いからね。クレヴァーナにも聞いてみようと思って」
「かしこまりました」
私はそう答えて、頭の中で図書館内に所蔵されている書物について読んだことのあるものを思い浮かべる。私は色んなジャンルを読むので、紹介できる本は様々ある。
休日に図書館内で本を読んだりよくしているので、読み終えた本の数は日に日に増えているのだ。
「カウディオ殿下はどのようなジャンルの本がよろしいでしょうか? 例えば今、どういうものを読みたい気分なのかなど些細なことで構いませんが、教えていただけないでしょうか?」
カウディオ殿下の苦手なジャンルの本を紹介するのも……と思い、私はそう問いかけるのであった。
どんな答えが来ても、満足のいくものを紹介してみせるという自信はあった。




