元奥様のこと~とある使用人side~
私はウェグセンダ公爵家に仕えている使用人です。三年ほど前からウェグセンダ公爵家に勤めており、この屋敷は働き先としては条件的にも良い所であると言えるでしょう。
……ただし、一つだけ気になっていることがありました。
元奥様、シンフォイガ公爵家より嫁いでこられ、半年ほど前に離縁されたクレヴァーナ様のことです。
様々な噂のあるかの方ですが、私は実際にクレヴァーナ様と接したことがあるのは数えるほどです。管轄が違うので、それも当然のことではありますが、本当に噂通りの方なのかと疑問に思っています。
というのも……半年前にクレヴァーナ様が離縁された原因、隠れて下働きと良い仲になっていたというのが捏造であるというのを知ってしまったからです。それを知ったのは本当に偶然でした。たまたまその噂されていた下働きと、ご当主様の側近の会話を聞いてしまったからです。その下働きは表向きはクレヴァーナ様と親しくしたため解雇されています。しかし、実際は側近の方にお金をもらい、良い職場を斡旋してもらっていたようです。
……ご当主様に仕える側近が、意図的にその奥方に対してこのようなことを行うのかと私は唖然としました。なぜならその側近の方は悪い方ではないのです。私のような平民出の使用人にもよくしてくださっており、真っ当な方であると思っていました。そういう方が、意図的にクレヴァーナ様の離縁理由を作った理由が分かりませんでした。
私が話を聞いていたことに気づいた側近には、「このことは黙っているように」と言われました。なぜこんなことをしたのかと投げかければ、「あのような性悪女がそのまま奥様としていることは我慢がならない。今は大人しくしていても実際はそういう女なのだから問題ない」などとおっしゃっていました。
……流れている噂はどうであれ、公爵家に嫁いできて六年の間、クレヴァーナ様は噂されているようなことは行っていないように見えました。
シンフォイガ公爵家の中で、唯一魔力はあっても魔術は使えない落ちこぼれ。そのことで家族を僻み、横暴な真似ばかり行っていて手が付けられない。告げることは嘘ばかりで、その魅惑的な見た目を使って多くの異性と関係を持っている。表に出すのが恥ずかしいと家族から判断をされて、貴族としての表舞台には出ない。
それでいて、嫁ぎ先では行動を起こさずに大人しく過ごしている。……ウェグセンダ公爵家でもそういう問題行動を起こさないようにと基本的に外に出さないようにされていた。それで暴れるとかもなく、クレヴァーナ様はそれを受け入れていた。
六年間大人しくしていただけで、本性は違うと口にしていたけれど……誰一人としてクレヴァーナ様が本当にそういう女性なのかというのを知らないのだ。実際の噂の場面を見たことがある人はいない。なのに、不自然に噂だけがまるで真実かのように出回っている。それは中々おかしな状況だと、感じてしまう。
これまで周りがそう言うからとそれが真実だと思っていたのに、たった一つのことを見聞きしただけでこのような気分になるなんて……と自分に何とも言えない気分になる。
クレヴァーナ様からは、時折物が送られてきた。それはお嬢様であるラウレータ様宛である。
ラウレータ様はクレヴァーナ様が居なくなったことで、荒れている。しばらくは大泣きしていて、周りが「クレヴァーナ様が悪いことをした」などと言った時には大荒れだった。
お嬢様の前でクレヴァーナ様のことを悪く言うと、お嬢様は怒る。……それだけお嬢様にとって良い母親だったのだろうなとは思った。
側近の方々は、「そんなものをラウレータ(お嬢様)に渡せるわけがない」と言っていた。そして処分するように言われたが……流石にそれはと思って、送られてきた都市に送り返している。
お嬢様にお渡しすることも考えたけれど、後からばれたらと思うと……自分の保身を優先して送り返すしか出来なかった。何度目かの贈り物にはもう送ってこない方がいいとは送ったが……。なぜなら側近の方々は特に、クレヴァーナ様から贈り物が来ることに不快になっていたのだ。
クレヴァーナ様と離縁させるために捏造までするような方なので、このまま贈り物がされ続けるのは大変なことになりかねないと思った。
それにしても後からお嬢様に、クレヴァーナ様から送られた贈り物を彼らが受け取らなかったと知られたら……お嬢様は側近の方々に怒るかもしれない。でも彼らは本気で奥様が噂通りの人だと思っているからこそ、お嬢様のために良かれと思ってそういう行動をしているのである。
それを実感すると何とも言えない気持ちになる。
クレヴァーナ様は離縁された後、ご実家からも追い出されたらしい。そして贈り物が送られてきている街は隣国……。
クレヴァーナ様は、今どうやって生きているのだろうか?
ご当主様たちは、クレヴァーナ様がご実家を追い出されたのも特に気にしていない。ご当主様は元々クレヴァーナ様に関心がなかったから。側近の方々はいい気味だとも思っているのかもしれない。
……そもそもご当主様がクレヴァーナ様に少しでも関心があったら、その本当の姿がどういうものなのかすぐに判明したのではないかと思う。
どうか、クレヴァーナ様が平穏に暮らせていると良いなと、ただそう思うのだった。




