謂れのない噂と、怒るということ
私は平民の、ただのクレヴァーナとして此処にいる。
突然、中々職員を採用しない図書館で働くことになった私は目立っていたりする。特に周りを不愉快にさせる行動はしていないつもり……だけれども、こんな風に言われてしまうのだなと驚く。
故郷にいた頃は家族が意図的に情報を流していたからこそ、ああいう状況に陥っていた。今回はそれとはまた違うとは思う。
ただ周りに味方がいる状況が嬉しいなと思う。
こうやって自分の話を聞いてくれる人がこれだけ周りにいることは不思議で、だけど心地よかった。
「平民なのに採用されるなんて何かしらの不正を行ったに決まっているわ」
「殿方を篭絡したのではないかしら?」
「それかお金でも積んだのか……」
一緒に働いている人たちはそんな誤解をすることはない。それは私の頑張りを認めてもらえているのだということに他ならない。そもそもそういう謂れのない噂を流すような人間はまずこの図書館で採用されないとコルドさんが言っていた。そういう性格に問題がある人間は職員として働くことは難しいらしい。ここには様々な国から、人がやってくるから。
「言われっぱなしでいいの?」
「否定したところで好き勝手言う人の言葉はどうしようもないでしょう?」
私がそう言ったら呆れたような、ゼッピアには何処か怒ったような視線を向けられる。
「クレヴァーナ、そんな風に貴方に私は諦めて欲しくないわ。ルソアさんに怒るのをやってみると言ったのでしょ? なら、これは怒るべきことだわ」
「……そうかしら?」
正直、ほとんど実害がないレベルのものだ。故郷にいた頃に流されていた噂に比べると、軽い。この国を訪れる前は、私の悪い噂はほとんど真実として広まっていた。私が何を言ってもそれを覆すことが出来ない状況だった。それに比べると親しくしている人たちは流されている噂を信じることはないのだ。
「そうよ! この位と思っているかもしれないけれど……塵も積もれば山となるというでしょう? 小さなことでも積み重なれば大変なことになるのよ? だからこそまだ問題が小さいうちに解決した方がいいわ」
ゼッピアの言葉に、私は怒ってみようとそう思った。
故郷ではもう既に取り返しがつかなくなっていて、私が知らないうちにその噂は広まりに広まっていた。……実家では外に出ることもなく、勝手に外でそういう噂が流されているのは家族から言われて知った。特に姉と妹は私にそういう噂が流れているのを楽しんでいた。あの二人の行いが私のせいになっていたこともよくあったのだけど、結局私は誰かに直接反論する機会も全くなかった。
……シンフォイガ家の、外に出すのも恥ずかしい娘。
それが私だったから。
でもこうやって隣国にやってきて、新しい私として生きている今は……自分の口で反論する機会があるのだなと改めて実感する。
誰にも反論する機会さえ与えられなかった昔。そして周りは私の悪い噂を真実だと信じ切っていた昔。それとは今はもう違うのだ。
それを改めて私は実感した。
「ゼッピア、私、怒ってみるわ」
私がそう言ったら、ゼッピアも笑ってくれた。
そして怒ることが初心者な私を心配して、ゼッピアは反論しに行くときについてきてくれた。
これまで一切、反論一つしなかった私が突然話しかけたことに彼らは驚いた様子を見せていた。
「嘘の噂を流すのはやめていただけませんか?」
そう口にすると、彼らは嘘ではないと自信満々に口にした。私がこの職場で働くのに相応しいと思えていないのだろう。どう対応するのが一番いいだろうかと思っていると、ゼッピアに「貴方の実力を見せればいいのよ」と言われる。
それは実際にどうやればいいのだろう? と思っていると、「様々な言語でしゃべってみて」と言われた。
それでここで働くことに納得してもらえるのだろうか? とよくわからなかった。
でもゼッピアのいうことなので一先ず私は言われたとおりにしてみることにする。
私は本で読んだ様々な言語を勉強した。そしてこの図書館に就職してから新たな言語を学びだしたりもしている。
実家に置いてあった言語の本だけでは、まかないきれないものがここには沢山ある。
嫁ぎ先では実家ほど勉強はしなかったから、こうして好きなように勉強が出来るのは楽しい。それに今は、実際に気になったことを挑戦することもできる。例えば料理なら作ってみたり、気になる場所に直接行けなくてもそこに行ったことがある人から話を聞いたり――。一人で黙々と勉強するではなく、誰かと一緒に学べるのも楽しくてついつい勉強に熱中してしまう。
「ほら、クレヴァーナはとても凄いでしょう?」
ゼッピアに言われるがままに行動したら、噂を流していた人たちは不思議と何も言わなくなった。そしてゼッピアは私のことを自慢げに語っていた。
初めて誰かに怒ることと、反論することを行ったので少しだけ緊張した。でもこうやって、納得がいかないことには対応しなければならないのだなと実感した。




