14話 西門の先
翌朝
いつものように朝食を食べ終えた二人は、西門に向けて出発していた。
西門に向かう途中、ロジェは町の借り馬屋で馬を借りた。
「ミレーラ、西門までは馬で行く。少し急ぐから、落ちないように捕まっていてくれ」
よし……行こう……
ロジェはミレーラを馬の後ろに乗せると、手綱を握り馬を走らせ、西門に向かう。
ミレーラは振り落ちないように、ロジェの体にしっかりと掴まっていた。
西門
二人は、西門のすぐ近くにあるに納屋に到着すると、馬を下り手綱を柵に繋ぐ。
西門に向けて二人は歩き出した。
門の方から大きな声が聞こえる。
「おーーーい」
声の方角を見ると大きな男がブンブンと手を振っていた。門番をしているガランだ。
門の下まで歩いた二人にガランが声を掛けた。
「よぉ、ボッチ、何処に行くんだ? ミレーラちゃんも一緒に……おや? それは……」
ガランはミレーラの首に下げられていたプレートに気が付いた。
「あれぇ、ミレーラちゃん、ギルドの通行証を持ってるねぇ……冒険者になったのかい……」
ミレーラは小さく頷くとニッコリと微笑む。
「はい。これから魔窟の森の入口まで、紫花の採取クエストに行ってきます」
首を傾げるガランが、疑い深い目をしてミレーラを見ている。
「魔窟の森ねぇ……そいつは大変だねぇ……」
ガランは、目を細めるとロジェを睨む。
「おい、ボッチ。さっき婆さん達が、魔窟の森のゴブリン退治に出て行ったぞ。俺は置いてけぼりなのに、お前は……何だか楽しそうだな」
「……それは偶然だな。場所は同じでも、俺たちは『紫花採取依頼』だから、何も関係ないが……」
ロジェはギルドとは関係ないと言わんばかりにシラを切る。
ミレーラもロジェに同調するように、口を合わせた。
「そうですね、偶然ですね……」
「……まぁ、どうでも良いけどな。そういえば最近、魔窟の森で妙な魔物が出るらしい、気を付けるこった」
そう言うと、ガランは西門を開けた。
「ミレーラ、ここから先は馬が使えない。魔物も現れる可能性があるから、気を引き締めて行こう」
不満そうにしているガランを横目に、二人は西門を後にした。
しばらく進むと木で作られた大きな橋が見えてきた。
馬車数台が横に並ぶほどの大きな橋は、木で作られていたが、長い歳月の中でも朽ちる事なく、
今もなお、頑丈で揺るぐことが程だ。
橋の上を歩くミレーラは、下を流れる大きな河を覗き込んだ。
「ここが呪われた河ですか……」
「ああ、そうだ……向こう岸に渡る唯一の手段が、この橋なんだ……」
ミレーラは不思議そうに辺りを見渡した。
「……あんなに穏やかな河を、舟で渡る事が出来ないなんて……とても、信じられませんね……」
「そうだな……原因不明の呪われた河、『カースリバー』なんて呼ばれているよ……」
二人は辺りを警戒しながら橋の上を歩いて行った。
橋を渡りきると、広野が広がっている。
広野には整備された道があり、道は遠くまで続いていた。
道の続く遥か先に、石造りの大きな城が見えていた。
「あの城がクルム伯爵のお城なんですね……」
「ああ……だが、目的の場所は、城よりだいぶ左側にあるあの一帯の森が、魔窟の森と言われる場所だ……」
ロジェが指差す左方向の先には、森が広がっていた。
「兄さんは……あの夜、あそこにいたのですね……」
「……そうかもしれないな……テオドルさんを探しに行こう……」
ミレーラが小さく頷くと、二人は森に向い歩き出した。
しばらく歩いていると、野営中の団体が見えた、討伐隊だ。
森に行くには討伐隊の近くを通る必要があるため、二人は構わずに進んだ。
野営に近づくと、重厚な鎧を着た剣士が話しかけてきた。
こいつ……強いな……
ロジェは警戒しながら剣士を睨んだ。
「Sランクのロジェだな。マスターがお呼びだ。付いてこい」
「婆さんの呼び出しか……」
はぁー……面倒事は嫌なんだが……
溜息をつきながら、男について行くと二人は、中心にある大きなテントの中へ通された。
「ロジェ、待っていたよ」
腕組みをして睨むヘレン
ヘレンはミレーラを見つけると傍に寄る。
「あんたがミレーラさんかい?」
ヘレンの口調には怒りが感じられた。
「はい、初めまして……」
「あんた、ギルドに入ったんだって?」
「はい、昨日、登録させて頂きました」
ロジェが二人の間に割って入る、
「まて、婆さん。彼女は……」
ヘレンがロジェを睨む。
「お前は黙ってな!」
ヘレンはミレーラの前で仁王立ちすると、ギロリと睨む。
「ミレーラさん……あんた、無茶苦茶だね。ギルドにも筋ってもんがあるんだ。あんたのやっていることは、ルール上は問題ないが、筋が通ってないねぇ」
しばしの沈黙がその場を包む。
ミレーラの声が沈黙を破る。
「お婆ちゃん、筋が通ってないのはお婆ちゃんでしょう」
「何だって!! どういう意味だ!!」
怒るヘレンに構うことなく、ミレーラは話し出す。
「私はギルドのルールに沿って冒険者になって、依頼を受けてここにいるんです。それなのに、関係ない事で足止めしているのは、お婆ちゃんでしょう。お婆ちゃんこそ筋が通っていないわ」
ヘレンが威圧するように言葉を発した。
「減らず口を叩くねぇ……冒険者になるってことは、今日、死ぬかもしれないって事だ。その覚悟が嬢ちゃんにはあるのかい?」
「……私は、兄さんを助けたい……あの夜、兄さんが何処に行って、何があったか知りたいんです。そのために今、出来る事をやらないと、きっと私はこれから一生後悔していきます。そんな生き方、絶対に嫌なんです」
「…………」
ヘレンは右手をミレーラに振り下ろした。
ロジェはミレーラを庇うように、ヘレンの前に立つ。
「婆さん!! 止めろ」
ヘレンが振り下ろした手の中には、包みがあった。
「あんたの覚悟、しっかり見せてもらったよ。これを持っていきな」
そう言って、ミレーラに包みを渡す。
ミレーラが包みを開けると紫花の束が入っていた。
「これは……」
「それを持って行けば、あんたらの依頼は完了だろう?」
困惑するミレーラ。
「……でも、どうして……」
ヘレンはカツカツと靴を鳴らしながら、ミレーラの前を左右に行き来している。
「……ところで嬢ちゃん、あんた冒険者になったばかリで、討伐依頼ってのがどんなもんか分からんだろう? もし、時間があるなら、ゴブリン退治を見学していかんか?」
「えっ……」
「そうじゃ……ついでに洞窟探索の見学もして行ったら良い」
そう言って笑うヘレンはミレーラにウィンクをした。
ミレーラは笑顔でヘレン抱きついた。
「……お婆ちゃん、ありがとう」
重厚な鎧を着た剣士が口を挟む。
「マスター、それは……いくらなんでも見過ごせません」
「何だい、細かい事を言うんじゃ無いよ、レイナルド」
「しかし……」
「大丈夫じゃよ。嬢ちゃんの事は、ロジェがしっかりと守ってくれるさ。なぁー、ロジェ」
「ああ、絶対に守ってやる」
「ほっほっほ、それにしても、あたしに啖呵を切る奴なんて久しぶりに見たよ。嬢ちゃん、見込みがあるねぇ。私の若い頃に良く似ているよ」
「……全然、似てねぇよ……」
ロジェは小さく呟いた。
ヘレンがロジェを睨んだ。
「偵察隊が戻って来たら、出発になるじゃろう。二人とも準備をしておきな」
テント奥の椅子に座ると、ヘレンはレイナルドと作戦会議を始めた。
ロジェとミレーラは、テントから出ると道具を整え、武器の状態を確認するなど、入念に戦闘の準備を始めた。