複雑な家族構成の公爵令嬢です。虐げられている姉がいたので助けました。幸せになります。
マリーアは、母、クラウディアと共に、豪華な馬車に乗っていた。
窓の外は雨が降っていて、灰色に暗く沈む景色はとても物寂しい気持ちにさせてくれる。
父は「いつでも帰っておいで。マリーア。」
と言ってくれた。
兄はぎこちない笑みを浮かべながらも、別れ際にぎゅっと抱きしめてくれて。
「離れて暮らしていても、私はいつもマリーアの事を思っているよ。私の大切な妹なのだから。」
別れ際、兄は母の事は許せないようで、母の顔を凄い目つきで睨んでいた。
一緒に馬車に乗っている母クラウディアは、高価な宝石をじゃらじゃらと身に着けて、濃い化粧をし、派手な扇を手に、ほほほほと笑っていて。
「マリーア。もっと明るい顔をしなさい。あああ、やっとあの暗いあの男から解放されて、わたくしは真実の愛の相手でもあるデレスと一緒になれるのです。貴方の本当のお父様よ。ああ。デレスっ。早く会いたいわぁ。」
母であるクラウディアは、カリーア王国の王女である高貴な生まれだった。
彼女には愛し合うデレス・レディアレク公爵令息がいて、それはもう、二人は仲睦まじく、貴族の子女が通う王立学園でも、それはもう人目をはばからずイチャイチャしていたのだ。
互いに他に婚約者がいるのにも関わらず。
クラウディアの父である国王陛下、そしてデレスが婚約をしていたマルディーア公爵家はそれを許さず、二人の仲は引き裂かれて、王立学園卒業と同時に、クラウディアは婚約者のアレック・ラントス公爵令息と、デレスも婚約者のアリーナ・トレッド公爵令嬢とそれぞれ結婚させられたのであった。
愛し合っていたのに引き裂かれたデレスとクラウディア。
しかし、隠れてクラウディアはデレスとの関係を長年に渡って続けていて。
クラウディアには二人の子が現在いるのだが、
マリーアは父であるアレックにまるで似ていない。兄のユリドはアレックに似たところがあるのに。
それでもアレックはクラウディアと離縁せず、マリーアの事も目に入れても痛くない位に可愛がってくれた。
しかし、クラウディアは息子のユリドが20歳になったのを機に、愛するデレスの元へ行くといいだしたのだ。もう、ラントス公爵家の後継である息子が20歳を過ぎた。わたくしは真実の愛に生きるのよと言って。
マリーアは昔から街に行くと、母から、
「本当のお父さんよ。」
と紹介をされていたデレス・レディアレク公爵の家に引き取られることになったのだ。
デレスは5年程前に無理やり結婚させられた妻アリーナを病で失っていた。
クラウディアはすぐにでも結婚したかっただろうが、息子が20歳を過ぎるまで待っていたのだ。
ラントス公爵家の嫁としての役割は終わった。
後はデレスとの真実の愛に生きるのよと…
マリーアは悲しかった。
本当の父でないアレックにはとっても愛されて可愛がってもらった。
色々と豪華なドレスや宝石も買ってもらった。
マリーアは16歳。社交デビューはまだだが、父と母、そして兄に愛されてそれはもう幸せな生活を送ってきたのだ。
アレックと兄ユリドとの別れ…
本当の父であるデレスは母と共に会うたびに、色々と買ってくれて優しくしてくれたけれども…
レディアレク公爵家に着いたら、父であるデレスが母クラウディアをその腕にぎゅっと抱いて。
「今日という日を心待ちにしていた。クラウディア。」
「わたくしもよ。デレスっ。」
美男美女の二人である。それはもう幸せそうに抱き締め合って。
デレスはマリーアにも近寄って来て、ぎゅっと抱きしめ。
「あああっ。愛しいマリーア。やっと一緒に暮らせるんだね。お父様と呼んでくれるかね?」
「お父様。」
「ああっ…マリーアっ。」
デレスはマリーアも抱きしめて。
マリーアは何とも言えず複雑だった。
でも、マリーアは開き直ることにした。
― 新しい家でも贅沢が出来るなら、思いっきり贅沢させてもらうわ。-
マリーアは贅沢三昧に育ったので、その生活が保障されていればいいと思ったのだ。
公爵家に用意された部屋はそれはもう広く、日当たりもよく、豪華な家具が揃えられた素晴らしい部屋だった。
天蓋付きの豪華なベッドまであった。
傍仕えのメイドも3人控えている。
「お父様。マリーアの為に有難うございますっ。」
デレスはにこにこして、
「愛しい妻と娘の為なら私はどんな望みも叶えるよ。」
使えるお金も公爵家の名を出せば、どこでも好きな物を買ってよいとの事。
レディアレク公爵家と言えば名門で、大金持ちである。
マリーアは好きなだけ宝石を買い、美しいドレスを仕立てて、
贅沢三昧した。
そんなとある日、
一人のみすぼらしい女性が廊下を掃除している姿を見つけた。
着ているメイド服も他のメイド達と違って、ボロボロで。
ほっそりと痩せている。しかし、手慣れた様子で廊下の窓を拭いていた。
その女性はマリーアを見ると、頭を下げて挨拶をする。
マリーアは不機嫌にそのメイドを注意する。
「メイド服は支給されているはずですわ。みっともない。公爵家のメイドとあろうものが。ちゃんとした服を着なさい。」
そのメイドは顔を上げて困ったような顔をし、
「申し訳ございません。お嬢様。」
すると、自分の背後にいたメイドがマリーアに向かって、
「アルテシアはそのメイド服で十分だと旦那様がおっしゃっておいでです。」
「何故?他のメイドはきちっとした服を着ているわ。」
「アルテシアは公爵様が嫌っていたアリーナ様の娘なので。」
えええええっ?マリーアは驚いた。
てことは私の姉に当たる訳じゃない。
何故にどうして?どーゆーことよ。
急いで、父デレスに問いただしてみる。
「お姉様にお会いしましたわ。お父様。」
「ああ、見苦しいものを見せてしまったな。お前の部屋には近づかないように言っておこう。」
「お父様お父様お父様っーー。お姉様はお父様の実の娘ですわよね?」
母クラウディアは扇を手にして、
「マリーア。あんな娘、気にすることはないわ。この家の娘は貴方一人なのよ。」
「お母様。それは違います。わたくしと血がつながっているのですよ。お姉様は。それなのに…、お父様。お母様。お姉様をわたくしに下さいませ。」
父デレスは驚いたように、
「なんだ?あげてもいいが。いたぶるのか?あの憎たらしいアリーナの娘だからな。」
「お父様。いたぶるだなんて。わたくしのお姉様ですのよ。わたくしの好きにさせて下さいませ。いいですわね?」
二人の返事を待たずに、姉アルテシアを探す。
アルテシアは身を屈めて、雑巾で廊下を拭いていた。
やせ細った身体。こけた頬。あれが自分の姉なのだ。
マリーアはアルテシアの手を取って、
「わたくしはお姉様の妹のマリーアと申します。お姉様。こんな事をする必要はないわ。わたくしの部屋で一緒に過ごしましょう。」
「で、でも、働かないとお食事が…」
「わたくしが命じて用意させます。ですから。お姉様。」
アルテシアを部屋に連れて行く。
メイド服を脱がせて、自分のドレスを着せる事を他のメイドに命じるも、
「アルテシアは虐めてもよいと公爵様が。」
「そうです。お嬢様。」
マリーアは怒りまくった。
「それなら、わたくしがやります。お前達は下がっていなさい。」
マリーアの本当の父母はどうしようもない人間だが、自分を育ててくれた父、優しい兄はとても素晴らしくて愛情深くて。
だから、姉であるアルテシアに優しくしてやりたいと思った。
自分が与えられてきた愛情を、アルテシアに与えたいと思ったのだ。
「お姉様はわたくしが守ります。ですからこの部屋で暮らしましょう。」
「マリーア様。」
「わたくしはマリーアと呼び捨てて下さいませ。妹なのですから。」
アルテシアの髪に香油を塗ってそっと梳かせば銀の美しい艶のある髪が波打って、マリーアはお気に入りの深い藍のドレスを用意して。アルテシアに着てもらった。
マリーアはうまく着せてあげることが出来なかったから。
本当にアルテシアと自分は似ている。だが、痩せていて頬がこけていて。
これが栄養が足りて、美しく着飾ればそれはもう美しい女性に変身するだろう。
今でさえ、美しいのだから。
アルテシアにマリーアは抱き着いた。
「お姉様。とても綺麗ですっ。」
「ありがとう。わたくし、とても嬉しいわ。」
こうして、父母から姉を庇うそんな公爵家の生活が始まった。
姉と同じ部屋で暮らす生活はとても楽しかった。
姉は母アリーナが生きていた頃は、きちっとした教育を受けていたらしい。
知識もあって、話をしていて楽しい。
同じベッドで寝て、色々な話をした。
ああ、お姉様も一緒に食堂で食事が出来ればいいのに。
父母は、姉に冷たくて…アルテシアを家族と認めてくれない。
そんな愚痴を兄であるユリド・ラントスに手紙で書いた。
ユリドからの返事は、
「久しぶりに会わないか?その時にアルテシアを連れてきて欲しい。」
町中のカフェに個室を取って、兄に会う事になった。
マリーアの正面に座る兄ユリド。マリーアの隣にアルテシアが腰かけて。
この店の自慢のチョコレートケーキとアイスコーヒーを注文する。
ユリドがアルテシアに挨拶をする。
「私がマリーアの兄のユリド・ラントスだ。」
アルテシアも挨拶をする。
「わたくしがアルテシア・レディアレクですわ。」
ユリドはアルテシアをしみじみと見つめて、
「本当にマリーアに似ているなぁ。」
マリーアは嬉しくなり、
「そうでしょう。お兄様。」
「ああっ。愛しい妹マリーア、会えてうれしいよ。あ、そうだ。これは父上からだ。」
小箱を開けたら綺麗な細工のブローチが入っていた。カードも添えられていて。
― 愛しい娘、マリーア。困った事があったら頼っておいで。父、アレックより。―
本当の父ではないのに…涙がこぼれる。
傍にいたアルテシアが、
「よいお父様ね。」
「ええ。お姉様…」
兄のユリドが改めてアルテシアに、
「思うんだけど、君は危険だと思うよ。私の母はそりゃもう、どうしようもない女だから。」
マリーアも頷く。
「そうそう、母上はどうしようもないですわね。」
「アルテシア嬢をどこかとんでもない貴族へ嫁に出すかもしれない。そこでだ。」
ユリドは身を乗り出して、アルテシアの手を両手で握り締め、
「君、私の所に嫁に来ない?」
「え?わたくしが?」
マリーアは思う。両親達は互いに犬猿の仲である。大反対するだろうなと。
ユリドは胸を張って、
「父上には反対なんてさせないさ。そのために、マリーアの協力がいる。マリーアには甘いからな。」
マリーアも頷いて、
「わたくしだって、お姉様の幸せを思っておりますわ。わたくしが育ったラントス公爵家なら、お姉様、幸せになれます。皆、いい人ばかりですもの。」
アルテシアは俯いて、
「それでも、政略にもならないわ。互いの家が犬猿の仲ですもの。」
マリーアもアルテシアの手を兄の手の上から握り締め、
「それでも、家を出てラントス公爵家に行った方が、お姉様は幸せになれます。」
アルテシアは小さな声で、
「よろしくお願い致しますわ。ユリド様。」
「こちらこそよろしくアルテシア。」
話はついたが、それに大反対するのが我が両親。
父デレスも母クラウディアも大反対した。
「ならんならん。あんな家に嫁に出すなど。」
母クラウディアも、
「アルテシアなんて、歳の離れたマレス公爵家に嫁に行けばいいのよ。あそこの家は愛人が5人いるそうよ。そこの正妻にしてもらえるだなんて良い話じゃない?」
このままでは姉が不幸になってしまう。
マリーアは目薬を仕込んで、父母に、
「お父様、お母様。お姉様はこの公爵家に必要ない。必要なのはわたくし一人なのでしょう?必要ない無価値なお姉様など、ラントス公爵家へくれてやればいいではありませんか。」
クラウディアは不機嫌に、
「まったくユリドがこの女を嫁に貰いたいだなんて息子ながら何を考えているのかしら。」
涙を流しながら、マリーアは、
「良いではありませんか。お母様。お母様は愛するお父様と一緒に幸せになる事を考えていればよいのです。わたくしに良い婿を紹介して下されば…我が公爵家は万々歳。そうですわね?お母様。」
「まぁそうね。確かにそうだわ。可愛いマリーア。お前に良い婿を紹介してあげなくてはね。」
デレスは手で追い払うように、
「アルテシア、荷物を纏めてさっさと出ていけ。」
アルテシアは頭を下げて、
「出ていきます。お世話になりました。」
ラントス公爵家の迎えの馬車に乗って、アルテシアは出て行った。
マリーアは密かにアルテシアの幸せを願うのであった。
後に、ユリドとアルテシアが結婚したと知らせが来た。
「あああーー。結婚式に出たかったなぁ。でも、牢屋の中じゃ出られないか。」
両親が不正をしていたらしい。王宮の騎士団に捕まって、娘のマリーアまで、牢屋に入れられた。
まぁレディアレク公爵家のお金でさんざん贅沢をしてきたのだから、罰が当たるのは当然で…
ああ、もっと綺麗なドレスを着たかったな。美味しいご馳走も食べたかった…
牢のカギがふいに開けられて、懐かしい育ての父、アレック・ラントス公爵と、兄のユリド、姉のアルテシアが立っていた。
アレックが駆け寄って来て、
「迎えに来たよ。」
「お父様っーー。お兄様、お姉様っーー。」
涙がこぼれる。
アレックに思いっきり抱き着いた。
アレックも涙を流して、
「お前の身柄は我が公爵家で預かることとなった。家に戻るってことになるか…」
ユリドも頷いて、
「また、マリーアと一緒に暮らせるなんて嬉しい限りだ。」
アルテシアも抱き着いてきた。
「マリーアが無事でよかったわ。」
愛する家族…マリーアは涙を流す。
自分の実の親達は、不正の罪のせいで鉱山送りになったそうだ。
それなのに、自分は…こうして助かって。
なんてありがたい。そう思ったのであった。
ラントス公爵家で再び暮らすことになったマリーア。
兄ユリドが鉱山落ちした母にお金を送っている事を知って聞いてみた。
ユリドは眉を寄せて、
「あんなのでも母だから…少しでも鉱山での待遇がよくなればいいと思って…」
母クラウディアはどうしようもない母だったけれども、自分には愛情を注いでくれた。
マリーアは鉱山で働く母に、温かい着替えと毛布、色々な物を一式送ることにした。
あの馬鹿な父の分も共に添えて。
鉱山で反省して真人間になってくれればよいのだけれども。
ユリドはため息をついて、
「そうそう、レディアルク元公爵夫妻、お前の両親なんだがな…誰が不正を暴いたと思う?」
「え?誰が?」
「父上だよ。父上だって人の心を持っている。そりゃ母上を恨んだだろうね。そしてレディアルク元公爵も。父上は父上なりに、贅沢好きで不貞をしまくっていた、どうしようもない女だけれども深く母上を愛していたって訳さ。」
男と女の愛って…
確かに父アレックは母クラウディアに優しかった。
冷たくされても、花束を捧げ、愛を囁いていたっけ…
愛が深い程、捨てられた恨みは強かったのかしら。
自分の実の両親も、凄くアリーナを恨んでいた。アリーナの娘のアルテシアも恨んでいた。
自分もいつか恨む相手が出てくるのであろうか?
でも今は、この愛する家族達と共に幸せに暮らしていきたい。
マリーアは窓を開けて空を見上げる。
夏の空は青く今日も良い天気であった。