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割れた御天のオミワタリ  作者: やまやま
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第三話(前編)

 うだるほど暑い晴天の日。

 そんな猛暑日に焦げた土と鉄の匂いが漂う土嚢の小屋に足を運ぶのは狂気の沙汰だった。

 傾斜した地面を横に掘り進め、換気用に竹を槍襖のように乱雑に差し込まれた鍛冶場がそこにあった。

 村で唯一の鍛冶屋。先の戦いで損傷したオミワタリの武装はここで修復されている。


「おう、コタロウ。体はもういいのか」

「だいぶフラつくが動く分には問題ねぇ。新しい水に体がまだ慣れてねぇんだ」


 入り口にもたれかかっていると親方から声がかかった。

 滝のように汗を流し、雨に打たれたように少ない毛髪はずぶ濡れになっていた。

 内部は円形に広々としており、実に20人もの大の男たちが武具防具を囲って槌を打っていた。

 一枚板の大きい胴丸を金具で曲げる男。厚みを増すために薄い板金を継ぎ足して槌で貼る男。

 そして、炉の前に座する巨人は巌のような大鎚で太刀を拵えていた。

 巨人の膂力から繰り出される力強い鍛造はもとより、超高速の殴打が尋常でなく火の粉を吹き出させている。火の粉は部屋中に充満しており布当て無くして呼吸は出来まい。

 鍛冶場はまるで地獄の釜のようだった。

 

「どうだ見事なもんだろうよ。これほどの工房は都にもいくつあるか知れねぇ」

「オミワタリに太刀打たせてんのかよ」

「そりゃお前、オミの武器を作れるのはオミしかいねぇからな」


 親方は豪快に笑った。


「誰が乗ってんだよ」

「オメんとこの小僧っ子だよ」

「何ィ!?」

「知らなかったのか?呆れた兄貴分だなぁ……」


 昼時の小休止まで待つと、職人が外の空気を吸いに一斉に鍛冶屋から出てくる。

 屈強な男たちの蒸発した汗は湯気となり鍛冶屋の外観を曇らせる。だが、お目当ての人間の顔は見つからない。コタロウの待ち人は槌を振るっていたオミワタリの操縦者だった。

 男たちが出終えた頃に、オミの肋骨は開かれ、紐状の骨格筋の束から小さな男子が顔を見せた。


「なんだ。兄者か」

「なんだってなんだ。お前、こんなところで働いてたのか」

「武具の手入れは戦士の務めだ。兄者が狩りに出ている間はいつも世話になっていた」

「知らなかった……」

「わざわざ報告する必要もないだろう。そのうちこうして顔を合わせるのは自明だった」

「アタル君よ。そんなに無愛想だと友達できないぞ」

「兄者を見ていれば、それもまた自明だ」

 

 アタルは少し灰色にくすんだ黒髪の少年だった。片目を隠した髪はどれもまっすぐに生え揃っており、直言を厭わない本人の性格を反映しているかのようだった。

 随分打ち込んだのだろう。オミの胎内は水にまみれているとはいえ、顔や四肢は細々と筋肉を浮かび上がらせていた。全身の水分が抜けていることが窺える。オミの体液循環が追いつかないほどに体を熱くして汗を流していた証拠だ。


「禊下ろしに間に合わせないと。上座には兄者のオミワタリを座らせることになっているのだから」

「誠に面倒極まりないな」

「一年に一度きりの祭りだ。付き合ってくれよ。それに兄者は奉納を見届けるだけでよい」

「ああ……なんだっけ。赤鬼の役なんだっけか。よく分からん」

「知らんのか?」

「年に一回の祭りなんざ知らん。俺はいつも山奥に籠もってて村の祭事なんて関わらんしな。それに、この手の仕切りはいつもオズマがやってたろ。去年死んだが」


 空を見上げて、適当に呟いているとアタルに手を掴まれた。

 鍛冶場の側近くにある社まで引っ張ってこられると、社の屋台骨をアタルは指差した。

 半寸ほどの長さの絵巻がそこにあった。


「この絵巻は見たことあるか?」


 指差した先をコタロウはじいっと見た。

 日に焼かれ古ぼけて色褪せているが、3体の鬼が描かれているのは見えた。



 絵巻の題名は『国造りの三鬼子』


 一体は赤鬼。

 金銀財宝の山に座り込んで、金剛瑠璃の首飾りの束を鼻の下を伸ばしてうっとりと愛でている。


 一体は青鬼。

 馬鹿面を晒している隣の赤鬼を怒りの形相で睨みつけ、今にも斬りかからんと大太刀を構えている。


 一体は黒鬼。

 そんな二体の鬼を少し離れたところで、これはどうしたものかと困り果てながら首を傾げている。



「見覚えはないか、兄者」

「知らんなぁ……しかもなんだこの題名は……国造りの三鬼子?こんなバカみたいな鬼どもが国を造ったってのかい。特にこの赤鬼ってぇのは酷いな。財宝をデレデレと見ながらご満悦。ひでえ。俺、こんな奴の御役をやるのか」

「この絵は三鬼子の性格を描いたものだといわれてる。禊下ろしは赤鬼の労をねぎらう祭りなんだと」


 コタロウはアゴをさすりながら、赤鬼の馬鹿面をしげしげと見つめた。

 見れば見るほどだらしない馬鹿面に不快感を覚える。

 鬼の役目はアタルに頼まれたので満更でもなかったが、違う意味でやる気が無くなってきた。


「労をねぎらう?こいつが何をしたってんだい」

「うむ……話は聞いたが、俺も上手く説明できん」


 アタルは仏頂面で小さく呟いた。

 表情が全く動かない子分の感情の機微は普段ならよくわからない。だが、今だけはどうやら困っているのがわかった。コタロウもアタルも、基本的には同類の生物だ。村とは距離を置いて、一日の殆どを修練と狩りに費やしている。世俗の常識には疎いのだ。

 ぶすっと黙りこんでいるが、言葉を探しているように見えた。兄者をどうにか説き伏せて祭りの参加を促したい思いがそこに垣間見えた。


「いやほら、まぁ別にやらんとはいってないぜ?だからよ……」

「ほぉ~珍しい。コタロウ君が創世記に興味をお持ちとは」


 コタロウの言葉を断ち切るように眼鏡の奥で目を光らせながら女の声がした。

 振り返ると、薬師のハスミが後ろに立っていた。


 


今回は前後編です。ちょっとした世界観説明。

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