第一話
なんだかロボットもの(?)を書きたくなりまして……
大体1000字くらいのをまめに更新してくスタイルにしようかなと……
編集しまくるかもしれません。
何卒、よろしくお願いします。
深山幽谷。
霧一つない透徹した山脈。
薄暗い藍色と朝日の小麦色とが混じりあった光が湖畔に投影されていた。
未だ影を帯びた森。
白く光りだしたガレ場。
疾駆する鎧姿の巨人。
それら全てを湖畔はうっすら写し込んで、大きく波立っていた。
湖畔を揺らしたのは巨人の大きな足だった。
踏み込んで、水面を凹ませるとまた踏み込んで、絶え間なく水面を蹴る。
頭のない寸胴の巨人は器用に体重移動をして、懸命に足を振り続ける。
巨人の足は地上を走るヒョウよりも素早かった。
否、この世の何者よりも速かった。
これに並ぶモノといえば……音の速さくらいのものだ。
そして水面を駆け回っている巨人は一体だけではなかった。
黒い甲冑を着込んだ巨人と鈍い銀色の甲冑を着込んだ巨人。
何度も行き交い、間合いを測っていた二体の巨人はついに正面から対峙した。
剣戟の音が鳴り響くと、枝に留まっていた野鳥たちが一斉に羽ばたいた。
打ち合い、たたらすらも高速に踏んで大袈裟に巨人達は進んだり退いたりした。
もう一度仕切り直しとばかりに銀の巨人は太刀を担いで相手を正面に捉えた。
互いの甲冑は擦り傷が無数に刻まれていて、太刀もぼろぼろに刃毀れしていた。
「打てて一合か?オミがもう保たぬ」
「応よ。太刀もべっこべこに曲がってら」
ほんの数秒、静止して見合った彼らは湖畔を爆裂させるほどの踏み込みで吶喊した。
互いの首を取るために。
銀の巨人が大上段に構えた太刀を落雷の如く振り下ろす。
巨岩すらも一刀のもとに真っ二つにするであろう、重さと速さを兼ね備えた一撃。
対する黒の巨人は腰に下げた小太刀に左手を当てたまま、ひたすらに加速した。
蹴って蹴って蹴って_________________________。
銀の巨人の一太刀が鎧を切り裂くよりも速く、黒の巨人は懐に密着した。
零距離の刹那。右足を踏み込む直前に右肩を前に出す。
全ての圧力が右足へと落ちる寸前、全ての圧力が右肩に乗る。
黒の巨人の肩が銀の巨人の大太刀を握る両手と重なる。
瞬間、すべての力は経を通り抜けた。
銀の巨人の両腕は粉砕骨折し、固めた脇ごと胸骨が割れた。
銀の巨人は後ろへ大きく倒れ込んだ。
巨体は湖畔に沈まない。
何故なら、溶け始めているからだ。
強靭かつ堅牢な巨人の体は液状化して、湖畔と一つになろうとしていた。
溶けなかった中身が姿を見せた。
巨人を操っていた装者だ。
栗毛の逞しい偉丈夫だったが、顔面蒼白でひどく衰弱していた。
「おい、おっさん死ぬなよ」
黒の巨人の肚が開かれると、鞭毛のような蒼い筋繊維を掻き分けて若い男が現れた。
湖畔に飛び込むとばしゃばしゃと音を立てて、大男の身柄を抱える。
大男もまた何かに応えるように、溶けて消えそうなほど濁った瞳で仇の姿を捉えようとしていた。
「捕虜になってもらうぞ。儲かるからな」
「生憎だがもう死ぬ」
引き上げて巨人の腕に大男を寝かせる頃には、大男の顔面に黄疸が浮かび上がっていた。
血液の体循環がまともに機能しておらず、体液が全身から漏れ出ている。
血で喉を詰まらせているわけではないが呼吸は吸って吐くごとに浅くなり戻る気配がない。
助からないと思った。体を満たしていた魂魄が、抜けようとしているのだ。
「なんだよ。チクショウ」
男は舌打ちして、天を仰ぎ見た。
「……卿の名を、聞かせてくれ」
「俺の名前なんて気になるのか?」
血を吐きながら、大男はふっと笑った。
「なに、冥土の土産よ」
「……まぁいいか」
力無く項垂れている大男を抱き起こして聞こえるように耳元で言った。
「コタロウ。姓はねえし字も当てられてねぇ。ただのコタロウだ」
大男は満足そうに笑った。どうやら耳に届いたようだ。
「良い名だ。だが、ただのコタロウでは不憫だな。うむ……せっかくだから、俺が字をつけてやろう」
「いいよ。いらねぇよ別に」
「そう云うな。俺の首を換金したときにただのコタロウでは格好がつかんだろう?」
「……そうかねぇ」
「貰えるものは貰っておけ」
大男はゆらゆらと右手で山を指した。
朝日に照らされた山肌が燦然と光輝いていた。
「この山は頂点を2つ持つ双耳峰というやつでな。随分ひん曲がっていて都では三日月山と名付けられておる。そうさな……三日月は俺の字に習って……うむ。あとはコタロウであれば虎が良いな……うむ」
大男は胸元に忍ばせていた手ぬぐいを取り出した。真っ白い布はまだ幾らか濡れていなかった。
血だらけの口に手を突っ込むと真っ赤な指で手ぬぐいに字を書いた。
「書けたぞ。これからは三一木虎太郎と名乗れ」
渾身の力で手ぬぐいを虎太郎の胸に当てると、大男は事切れた。
虎太郎はしばらく大男の顔を見ていたが、やがて巨人の肚の中に潜り込んだ。
黒の巨人は大男を抱えて、湖畔を揺らして駆動を始める。
俊敏な足運びで瞬く間に河を超え、森の中を矢の如く疾駆する。
朝の木漏れ日は未だに巨人を照らさぬまま、水面を揺らしていた。