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願いの果ての後始末

作者: 水白ウミウ

 先端科学が発達した現代において、世の中大抵の事は理論で説明がつくのは素晴らしい事ではある。だがどれだけ科学が発達しようとも、末恐ろしき現象が突如目の前に起こりうると人間と言うヤツは自信を確かな事を理性を忘れる。

 

 地方の田舎の住宅がまばらなこの地域。僅かな街灯の明かりも寄って来るは、羽虫共に暗闇で怪しく目映く決起盛るは野良猫たちの鳴き声。熱気立つ短い夏の夜の不快さに潜む影、さも不気味なのだが目の前に光る画面に気付かぬ制服姿の少女が一人歩く。


「ちゃんと前見てあるか無いとダメです……よぉ。お嬢さん」


 歩く人間より、田園をついばむカラスが多いこの街。長い夏の日が落ちた夕闇に染まる時間、少女はつい油断した。母親からクラスの担任教師から、言われて居たこと。ただつい心の隙間、ココなら大丈夫だろうと。


 だが気を付けてほしい。

 子供心の隙間に付け入るのは悪い大人だけとは限らない。


 願いのなれの果て、欲に喰われ欲の塊へと化す人よ、闇夜に紛れ新たな欲へと誘われ君の前へと現れる油断するな。聞く勿れ、吸う勿れ、触れる勿れ、見る勿れ。一心不乱、振り返らずに走り抜けさもなくば――。

 

「キャアァァァァッ」


 少女の耳をつんざく黄色い悲鳴が夜の帳がおりた田園に響き渡る。だが夕食時人は歩いておらず、家々は戸を閉め夕食を楽しむこの時刻。少女の悲鳴は慌てて飛び去るカラスの鳴き声に直ぐさまかき消され消える。  

 驚いた拍子に手から放り投げられた携帯電話は繁る青い稲田の中へと消える。助けを、誰か来てと願う少女。だがにじり寄ってくるのは目の前の道の真ん中……。

 

「うぁッ、びっくしたじゃ……はぁはあ。ないですか。どう、したんです?」

「やッ、やめて!! こないでッ、キモい……な、ななんですか」

 

願いの果ての姿、人である事さえ忘れただ己の望みを叶えたいという妄執に取り憑かれ形を変えた存在。


 地面をリズミカルに踏みしめ動きを止めない目の前のそれ。この人だった者は『速く走る』そんな子供の時多くの童達が一度は思い叶えた者、叶わないが思い続ける者、捨てた者がいるだろう願いの一つ。だがもは純粋たる願いからは道を道理を外れ『誰かを蹴落としてでも』『ズルをしてでも』『どんな事を力を使ってでも』と行き着いた結末。

 

「ッッはぁはは。そう、だよ。そうだ追いかけっこしよう? お嬢さんその……っとっても早そうだ。僕に、僕が勝ったそのおみ足…………ちょうだい?」


 黒く焼け焦げた膝までの足が七本。湯気が上がるように汗なのかはたまた別のガスなのか。夕闇でも青白く立ち上がる光で照らしだし全容が目に飛び込む、全ての足が一つに繋がり僅かに形や大きさ肉付きが違う、きっとそれは別人の生足。異様なのは見た目だけでない、足はそれぞれ左右に上下に地面を蹴り振り蠢く姿で。唯一人だったと思わせるのは、正面のか細い足に退化した穴とかした口、くすんだ瞳の目玉が一つ。


 とうの昔に人から外れ、願いの果ての化け物に成り果てた者。


「い、や。いやッ、うわあああああー」


 少女は意を決し走り出す、一目散に来た道を引き返し手に持っていた通学カバンを投げ捨て全力疾走。農道の砂利道、地面は軽トラや雨風の浸食で泥濘み荒れる道で足は縺れ転びそうになりながら。


 だが少女は決して後ろを振り返らない。「まっーーてぇ~~待っておくれ~~~」としゃがれた声で怪しく喚く化け物に惑わされることなく。普段部活で鍛えたその足腰、自信を失って練習をサボっていた夏の初め。でもそれが嘘の様に自分の足が動き速く走れる。


「ひいひひい。お嬢さんとーっても早い、早いね。でもね」


 願いに取り憑かれ願いのためならどんな手段にも罪悪感も躊躇いの無い。足の化け物は願う欲する『ライバルが転びますように』と。

願いの力、叶えておくれ――

 

「えっ? いあッああ」


突然何が起こったのか分からない、ただ足を繰り出す目の前の地面の感触が消えた。それだけは分かったし、転んで膝を打って足首を捻った強い痛み。もう走れない事、それに反比例して蠢く足音、鼻を刺す腐った臭い。

 

「ひいやッ」



 背中に感じる冷たく濡れる感触。

絶対にダメだと言われたこと、しかし恐怖感はもう自分で止めることはできない。体が勝手に動く。目の前に迫り来るだろう化け物の気配、少女の首はゆっくりと引っ張られている化のように背後に動きーー。

(お願い助けて!!) 

『叶えた願い、叶わない願い、また他人の願いに巻き込まれた貴方。願った願いでお困りの際は、当神社で後始末いたします』墨で殴り書きされた和紙の切れ端、拾ったそれを握りしめて半信半疑それでも必死で助けを求めた少女の願い。

 

「つーかまえーたっ……じゃないんだよ!! ほら離れろよッ!!」

 

 ゴロゴロッ。足の化け物は少女に覆い被さろうとする瞬間、横の暗闇から突然現れた草履を履く足に蹴飛ばされ田んぼの稲の中に落ちされる。少女は何が起こった分から無いまま震えて両手を地面に握りしめ震えてへたり込んでいる。


「もう目を開けていいぞ?」

「だッ大丈夫ですか? 本当に……怖くないですか!」

「ああ。もう大丈夫だよ、後始末に俺が来たから」

  

 少女は少しずつ瞼を開き暗闇で良く見合えない中、いつの間にか差し込んできた月明かりを頼りに周囲を左右に見渡すと、最後に視線を自分の直ぐ上に上げた。

 どこからともなく現れた黒髪を赤い髪留めの紐で結い、水色の袴と白の白衣に身を包んだ気の強そうな年上の少年。白い肌が際立。差し伸べられた手を取り

、体を起こす少女。本当は少し疑っていた、本当に助けに来てくれるのかと。


「ほんとに間一髪、よく間に合ったな。別に現れた時点で呼び出せって……俺ちゃんと言ったよな?」

「それにその呼び出しの札、確かに契約発動に体液が必要だって言ったが……血で呼び出すってな。転んで擦りむいて血がでたからいいけど。普通は唾液、ああキスで勿論良くて――」

 

 リンリン、頭の中から鳴り響く様に荘厳な鈴の音。 


「馬鹿な事を言っておらんで、早く連れてこんか眷属めがッ!!」


化け物が落っこちた田んぼとは道を挟んだ反対側、自分の背丈より倍ぐらい高い位置に穏やかに淡く光る朱色の鳥居とその先に写り見えるのは神社の社。その神社は町外れにある集落を見渡せる小高い丘の上に建ち遥か以前、ココに住み着いた農民が祀り上げたのが由来とされる小さな神社。


 御利益は家内安全、無病息災の他、とりわけ厄除けと縁切りで信仰為る人達には知られている神社。しかし少女はついこの間までは御利益は愚か神社の祭り、名前までおぼろげだった。足の化け物が現れるまでは……。


 怖い、気持ちが悪い、嫌だ。

 でも化け物になった人が願った願いは……。


「あ、あの……その化け物……その人は一体どうなるんですか?」


「なんじゃ娘よ、まだそんな化け物に成り果てた者の心配か?」


 言葉を返す本人の姿は見えないが女性、言葉遣いに年齢を感じるが確かに透明感のある澄んだ若い声。少女とそれほど変わらないように聞こえる。

 回答を求めたが答えを返したのは先ほど助けてくれた黒髪の少年、声の為る方に跪き顏を向けながら少女に声だけを差し向ける。

 

「ここまで願いと一体化が進めばもうひと思いに殺す……浄化するか」


「そんな! でもこの人だって、私と同じ願いといえば同じでッ」


 少女は悲しみの涙から冷たくあしらおうとする少年に僅かながら怒りを込めて言葉をぶつける。今にも自分に襲いかかろうとするかのような鋭い獣のような目つきに、少年は驚きと困り果てて頭を掻きむしる。


「…………ったく。あとは主が神様と交渉して、叶えてくれた願いを帳消しにしてもらって、願いも今までのことも無かった事にする。それしかない」

「同じ願いは二度と叶わない、でも命は助かる。全員、他の足の奴等もな」 


 少年はばつが悪そうにひれ伏すように俯く。主の手を煩わせたくないけれど。

   

「最善じゃない……けど、それで」

「ふッくく。眷族めカッコよく決めようとして……ふっく。……ゲフン。いいじゃろ、それがお前の願い、その程度でればこの魔女である我が叶えてしんぜよう」


 魔女と名乗る声の主。姿は見せないが眷族と呼ぶ少年とはただならぬ関係、それと現実離れした行動や力、単なる仲良しではなくどこか強い絆や規律を感じさせる。それは二人に出会った先月の初めの日曜日、その時に感じた掛け合いではあまり感じることは出来なかったが今なら分かる。普通の日常では必要の無い現実に身を置く人達に求められる何か。


 一体この二人はなんなのだろうか?


 でも深く知ればきっと自分には良くない事が起こる。神域で触れてはならない場所、祖母に言われた街の噂話を思い出し二人はそこに居る人達なのだろうと、心の中で好奇心を抑え黙っておいた。


「さて。そこでこっそい逃げようとしてる化け物、無駄だからな。あとお前も、気をつけろよな。今回は上手くいったからって、欲望は人を変える、不幸にすることもある。覚えておけ?」

「なんで君ってそんなに上から目線なの? 歳も私と一歳、たぶん二歳位しか変わらないよね?」

  

 必死で笑いを堪えている息が漏れ出る音は少年と少女にも分かった。少年はそっぽを向いて、路面に這い上がってくる化け物をいつの間にか手に持っていた荒縄で縛り上げ所々に自分の吐息を吹きかけ光を放ち始める札を貼る。

 それは今度は青白く輝き、空にひっかる星空のようにでもあった。


「なんだよ?」


 帰り支度を始める少年に向かって少女は仁王立ちして。


「ありがとうございました」


先ほどとは打って変わって礼儀正しい少女だった。

 

 丁寧にぺこりと大きくお辞儀。放り投げ泥汚れがついたジャージが入った通学カバンを手ではたき、背中に背負うように持つ爽やでにこやかな笑みを浮かべ空いた左手で小さく手を振り家へと軽快に走り出し深まる夜の闇へと消えていった。その余りの素早さに、少年はやめるタイミングを失い姿が消えるまで手を振っていた。

 

「ふむ。では戻って来い眷族よ。お前の仕事はまだこれからだぞ?」

「はい、承知しております魔女様。いま戻ります」

 

 見えなくなった少女の姿。化け物との縁が切れ何時もの女子高生としての生活に戻り、何時か今日の事もわすれて何気ない日常に戻る事。それに少しばかりの羨ましさを感じるのは嘘ではない。 だがそれでも先祖代々の理とはいえ単なる主と眷族であるだけでない秘めた心を持って、魔女様の寵愛を独り占め出来る自分はどんなに幸せなのかと。

 たとえ辛く時に命を落としかねない危険な命令でも、少しばかりは化け物を祓い人からも感謝させるこの家業。人々が願いそれが欲望へと変わることがなくならない限り、ずっとずっと続いていく、続いて欲しい。それは俺の願い――。


 化け物を引きずり帰るべき社へ。主の魔法で形作られた参道と石段を登り、一刻も早く主の元へと。焦る気持ちを抑え平常心で少年は歩み鳥居の中へと消える。また終わらぬ願いの悪夢に終止符を打つため、助けを求める人々がくるその時まで。

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