ほっとするお客さん
梗子視点になります。
十二月の風に晒された梗子の身体の震えはなかなか収まらず……?
どうぞお楽しみください。
「全くもう! 何で上着着ないで外に出たりしたの!」
「ご、ごご、ごめんなさい……!」
「とにかくあったまって! あやかちゃんが間を繋いでくれてるから!」
「あ、ああ、ありがとう、ごご、ございます……!」
あぁ、私って駄目駄目だ……。
うっかりでお店に迷惑かけて、あやかさんにも代わってもらって、お客さんにも悪い事したよなぁ……。
……! 泣いちゃ駄目だ!
折角してもらったお化粧が崩れちゃう!
落ち込んでる場合じゃない!
何としてもお客さんに楽しんでもらわないと!
「ま、ママさん、わわ、私、いい行きます!」
「そんな震えたままでお客さんの前に出られるわけないでしょ? とにかくこれ飲んで」
「……あったかい」
グラスに入った暖かい烏龍茶。
持つ手と飲む口に、喉に、お腹に、暖かさが広がっていく。
震えが止まってきた!
「あの、だいぶ落ち着いてきました!」
「そぉ? うーん、あのお客さん、初めてっぽいから、きーちゃん出さないと帰っちゃいそうなのはそうなんだけど……」
「え、そうなんですか?」
優しく声かけてくれたから、てっきり慣れてる人だと思ったのに……。
……どうしよう、初めて同士でうまく行くのかな……?
「でも無理しないでね。女の子用のドリンクは薄めにしてあるから、飲み過ぎると身体冷えちゃうのよ」
「わかりました!」
お腹に力を入れて、気合い十分!
行くぞー!
「お待たせしました! きーちゃんです!」
「あ、どうも。……あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「いや、上着とか……」
うううー! お言葉に甘えたい!
でも女の子がセクシーな格好をして、お酒と会話を楽しんでもらうのがガールズバー。
ここで厚着をするわけには!
「あ、じゃあお客さんの上着借りてもいいですかー?」
「えっ!? 僕の、ですか……?」
「彼氏彼女っぽくて良くないですかー?」
「……」
あ、あやかさーん!?
そんな事言って、お客さんが怒ったりしたら……!
「……それで、きーちゃんさんが、あったかくなるなら……、その、どうぞ……」
「えぇっ!?」
い、いいの?
「わかりましたー」
あやかさんはウキウキで、お預かりした上着を取りに行っちゃうし!
「……」
「……」
な、何か喋らないと!」
「……あの、優しいん、ですね……」
「……え、そう、かな……。ありがとう……」
「こ、こちらこそ……」
駄目だ駄目だ!
もっと楽しく、盛り上がる話題を……!
「お待たせー。はいきーちゃん」
「わっ」
ばさりと肩にかけられるお客さんの上着。
ちょっと重たくて、じんわり暖かい。
そして、少し癖のある匂いが鼻に届く。
でも嫌な感じじゃない。
人の体温や体臭を感じるなんて、いつ以来だろう。
何か、落ち着く……。
「さ、じゃあ乾杯しましょー! きーちゃん何飲みたい?」
「え、えっと……」
あったかい烏龍茶……。
ってそんなの駄目だよね……。
身体が少しでもあったまりそうなお酒って……。
「あの、温かいお酒ってありますか?」
「え?」
「その、梅酒とか焼酎をお湯で割るものとか、温めた烏龍茶でのウーロンハイとか……」
……この人、そんなに私を心配して……?
自分の駄目さ加減が突き付けられてるみたい……。
「ぼ、僕も温かいものが飲みたくて、その……」
「あー、それならお出しできるんですけど、女の子のドリンクは基本冷たいのなんですよー」
「そ、そうですか……」
……恥ずかしそうに下向いちゃった……。
ガールズバー初めてっていうのも本当みたい。
「ただ、それって量の問題でー、ホットドリンクは氷がない分女の子が飲む量が多くなっちゃうからなんですよー。だからー」
あやかさんが私に目配せ?
「きーちゃんが飲みたいって言うならー、Mサイズでキングサイズのお値段で作りますよー」
「キング、サイズ……」
二千八百円のあれ!?
そんな、悪い!
私を心配してくれた人からあんな高いの飲ませてもらうなんて……!
「ほらきーちゃん、可愛くおねだりしてー」
「……!」
……そう、だよね。
ここはそういうお店だ。
私にできるのは、それだけ払っても楽しかったと思ってもらえるようにもてなす事だ!
「……あの、いただけたら、嬉しいです」
「……じゃあそれ、お願いします……」
「はーい! キングのお値段でホットウーロンハイ入りまーす!」
『ありがとうございまーす!』
「!?」
あ! そうだ!
キングサイズのご注文の時は、お店全員で唱和するんだった!
乗り遅れた!
「あ、ありがとうございます……!」
「う、うん、どういたしまして……」
店全体の声に驚いたのか、それとも照れているのか、曖昧な笑みを浮かべて目を逸らすお客さん。
もっと堂々としてもいいと思うのに……。
「あの、今日は楽しい時間になるように頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
「あ、うん、よ、よろしく……」
優しいような、弱々しいような笑顔を見ていると、何だか私にもできる事がありそうな気がしてくる!
「はいお待たせー! キングのホットウーロンハーイ!」
「ありがとうございます!」
温かいグラスを受け取って、お客さんに笑顔を向ける。
あやかさんも残り少ないグラスを手に取った。
「今日はありがとうございます! かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「か、かんぱーい……」
押され気味に乾杯するお客さん。
この人を心からの笑顔にするにはどんな話をしたらいいんだろう。
お酒かな? 食べ物かな? ファッションは……、あんまりこだわりなさそう……。
……て、手がかりがほしい!
「じゃあ私はこれでー。ご馳走様でしたー」
あぁ! あやかさんが空にしたグラスをお客さんと合わせて、奥に行っちゃう!
「あ、あやかさん……!」
何か引き継ぎありませんか……!
目で訴える私に、あやかさんはにっこり微笑む。
「……頑張ってー」
「……!」
あ、あやかさんをもってしても、会話に繋がる話題を引き出せなかったって事!?
ど、どどど、どうしたら……!
「あ、あの、お酒とかよく飲まれます……!?」
「あ、いや、誘われないとそんなには……」
「そう、ですか……。あはは……」
「……何かすみません……」
「あ、いえ、そんな事は……。あはは……。あ、じゃあ最近気になる食べ物とかあります……?」
「えっと……」
愛想笑いをしながらも、次の話題を探る……!
そう思いながらも、これまでお店で感じていた緊張とは違う何かが私の中に広がっていった……。
読了ありがとうございます。
女の子へのホットドリンクは、作中で書いた氷の有無による量の問題の他にも、温める手間とかもあって「No」な店も少なくないですよね。
……多分。おそらく。メイビー。
次回は公英視点になります。
きょどっていた公英は、果たして楽しめたのか……?
どうぞよろしくお願いいたします。