VS忍者
目が覚めると、そこは発光する白い箱の中だった。
20畳ほどの部屋。
僕に記憶はない。
この部屋で昨日目覚めたことが記憶の始まりで、
やたら好戦的な知らない忍者と戦って勝つことだけが、
どういうわけか宿命付けられていた。
“君の生まれは?”
白衣の医者にそう尋ねられて、僕はうまく答えられなかった。
そうこうしている内に5年が経って、医者からも貴方と呼ばれる歳になった。
鬼がいるなら、きっと僕の首を刈りに来るだろう。
そう思うのに、実際に僕の部屋にやって来るのは
得体の知れない忍者だけだった。
「3秒で参上…!」
まただ。
今日も忍者が現れた。どこからともなく。
白い部屋が、白熱球の内側よりも発光して
次の瞬間僕と忍者は電車の上にいた。
「死ね」
ごおおおおおおおお
「ぐぁっ…」
時速140キロで夜の都市をぐるぐると巡るモノレールの上で、
忍者の必殺手裏剣が僕の右肩を深くえぐった。
まばゆかった。
言い訳するならそれが敗因だった。
次々に投てきされる手裏剣が僕の身体を突き刺して、背中から暗闇へと鮮血を撒き散らして
ぶちゅりとくるくる飛び抜けていく。
うずくまって、なんとか振り落とされないように屋根の縁へとしがみつく右手が踏みにじられて、
ぐりぐりで、忍者の背中に背負った大太刀がキラリと僕を突き刺した。
ーー
目が覚めた。
心臓を撫でても、右肩に触れても、傷も穴もない。
塞がってる。痛くない。
…………
……
どうして生きてるんだろう…
まただ。
僕がつとそう思うと、白壁に急に男の顔が現れた。
白い壁が、魔法かガムか何かのようにグニュグニュと蠢き出して、
髭を生やした大顔の男の顔を模した。石膏みたいに。
FON度社製のモルピルを使った防寒性のないことで有名な壁。
「おまえは生かされている。
私は“Father”だ」
変な喋り方で男が喋った。
本当はどこか別の部屋にいる男をまるで投影したかのような石膏の口がモゾモゾと動く。
唇の端から、モルピルの白い壁カスがポロポロと床を汚すけど、男はいつものように気に留めなかった。
「この都市は強い肉体を求めている」
「奴に勝て」
「さもなくば、死よりも虚しい長い生だ」
顔、顔、顔。
壁のあちこちからトマトかなにかのように男の顔が生えてきて、
その中の一体が、口から忍者を生み出した。
「君のような生き遅れの無用の長物に、
喜ばしい生は保証されていない__」
声が響いて、忍者が僕の喉笛をかっぴいた。
@@@
そうだ。
この部屋の外に、僕は友達の一人すらいない。
@@@@@
真っ赤な紅葉が散っていた。
僕は、見覚えのあるような、ないような街路にいた。
沢山のお洒落な店が立ち並んでいて、
凱旋門みたいなアーケードがあってその上に忍者がいて、
大勢の人々が忍者なんかには関心も示さずに、
それぞれの人生を冬のブーツや革靴で、ゴム質の歩道に押し付けて歩いていた。
道だ。
ここにいる人たちは皆んなどこかに誰か知り合いがいて、
僕にはいない。
地球が反転するみたいに、僕の身体がぐらついた。
最近、よくこうなる。
「ゴミがぁ!」
忍者が凱旋門の上で大口を開けて、あざけっていた。
ゲラゲラと笑っていた。
僕はまたなす術もなく殺された。
ーーーー
グリとグラ。
僕は、白い部屋で本を読んでいた。
意味のない日々。分かっていた。
でも、多分昔からの癖だった。
他に方法を知らなかった。
僕の無価値は進展していく。
忍者は実は僕の念力を合図に現れるのかもしれないと最近気付いた。
僕に記憶はない。
ーー
『忍者よ来たれ』
僕がそう念じると、今日は忍者が現れなかった。
赤い紅葉の街路も今では発電所になって、蒸気を蒸したタービンがぐるぐると回っているだろう。
人生とは歩む者の為にあるのだ。
白い壁の部屋が取り壊される日、壁から現れる男はそう言った。
男は、さようならと言って消えた。
直接会ったこともない、古い材質の壁が消えた。
それからの僕は、目が覚めるとまだ身体があって、そして生きているだけだった。