姫と説明
「ねぇ~お姫様~?まだできてないの?」
「……まだ時間がかかる。もうしばらく待っていろ……」
部屋の中では、炉に火が灯っているだけの部屋に一匹の巨大なメスゴブリンと鍛治をするとは思えないような体型の少女がいた。
巨大なメスゴブリンは、巨大なだけでなく、筋骨隆々とまでは行かないがゴブリンアーマーナイトよりも筋肉質な身体をしていて、肌の色も黒色と普通のゴブリンとは何もかもが違っている。
少女は、炎のような真っ赤な髪と赤い瞳を持ち、顔立ちも整っていて、見た目幼いながらもかなりの美少女だ。
だが、言動からその見た目通りの年齢ではないことが伺えた。
「まだできないのかしら?もうあなたがここに来て一週間も経つのに……手は抜いてないでしょうね?」
「抜かせ……妾はそんなことはせぬ」
そう少女が視線を向けると向けた先には巨大な金属の板のようなモノが置いてあった。
ただ、その金属の板のようなモノはただの板ではなく、剣、それも幅広の大剣のような形をしている。
「ふぅん……ならいいんだけど。さすがにこれ以上待たされると私も手下達を抑えるのにも限界があるから……ね?」
そう言って、巨大なメスゴブリンは醜悪な笑みを浮かべた。
「……」
「わかってるみたいでよかったわ。それじゃあ、頑張ってね」
そう言い残して、巨大なメスゴブリンは重厚な扉をやすやすと開けると、そのままどこかへ去って行った。
「……」
残された少女は無言のまま大剣のような金属の板を睨むように見つめている。
しかし、次第に表情が悲痛なものへと変わっていった。
「エスカリアちゃん……リカちゃん……みんな……」
少女はそう呟きながら涙を流すのだった。
***
あの後、『ゴブリンエンプレスの巣』から帰ってきた俺は家に着いたら、すぐに寝てしまったようで目が覚めたら次の日の朝になっていた。
……そんなに自分でも気づかないぐらい疲れていたのかな?
まあ、それはともかく。
エスカリアさん達にダンジョンの事を聞かなきゃな。
ついでに異世界の常識も。
……まあ、まずは朝食を食べてからだけど。
俺はベッドから起きリビングに向かう。
するとそこには最近の日常になりつつある光景が広がっていた。
エスカリアさんが椅子に座り、アーニャさんとアイカさんが、作った朝食を運んでいる。
ユキもファムもそれぞれの餌皿の前にいて、既に食べ始めている。
「あ!ソラさんおはようございます!」
「おはようございます。ソラ様」
「おはようございます」
「うん、おはよう。今日もいい天気だね」
挨拶を交わした後俺はいつものように席に着く。
そしてアーニャさんとアイカさんが椅子に座ったのを確認して皆で一緒に朝ごはんを食べ始める。
「それで、昨日の『ゴブリンエンプレスの巣』なんですけど……」
昨日、帰ってきてからすぐに寝てしまったから話せなかった俺が『ゴブリンエンプレスの巣』に行った時の事を話す。
……ガンツさん達と出会った事を隠して。
「……そんなことがあったんですか。でも、ソラさんの実力があれば問題なさそうですね」
「そうなんだけど……ごめんね。さすがにあそこはエスカリアさん達を庇いながら戦うのは厳しそうだから……」
「いえ!気にしないでください。私達の事を考えての行動ですから」
「そうですよ。確かに、万が一の事があったら大変ですからね」
「……ありがとう」
……助かった……
こればっかりは何を言われても止めるつもりだったしな。
それに、忘れてるかもしれないけどエスカリアさんは父親である国王に殺されそうになったんだ。
指名手配みたいのをされててもおかしくない。
だからガンツさん達と出会ったのもあってこれから『ゴブリンエンプレスの巣』にも頻繁に人が来るだろうし、エスカリアさんは連れていけないな。
「そういえば、エスカリアさん達に教えてほしい事があるんだけど……」
エスカリアさんとアーニャさんに視線を向けて言う。
「はい?なにをですか?」
「えっと……エスカリアさん達が暮らしてた世界の常識とかについてかな……」
俺は言葉を濁して頬を掻きながら答える。
ガンツさん達に会った事を隠しているからなぜ?って聞かれたら困るけど……まあ、なんとかなるだろ。
「……?わかりました。ですが、常識となると私も本で読んだ事やアーニャに教えてもらった事ぐらいしか知らないのでアーニャに教えてもらうのが一番だとは思いますが……」
「うーん……そうなのか。わかったよ。じゃあアーニャさんお願いできるかな?」
「はい。もちろん構いませんよ」
こうして、俺は朝食中に異世界の常識を教えてもらったんだけど……
まあ、一つの世界の常識がそんなに簡単に説明が終わるわけがないからとんでもない量教えられたのは言うまでもないだろう。
……ダンジョンについてはガンツさん達に教えられた通りで助かったけど……
要点を纏めると。
・お金の単位は当然ながら円ではなく、ゴルドという単位らしい。
そして、青銅貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨があってそれぞれ100枚ごとに上の貨幣と同じ価値になるようだ。
ちなみに1ゴルド青銅貨一枚の価値があるらしい。
・俺みたいなステータスを見れるステータスカードというものが冒険者ギルドに登録する時にもらえる。
・魔王軍は人間、獣人、ドワーフ、エルフ、他多数の種族を相手に戦争をしている。
と、纏めるとこんな感じかな?
他にも細かいところまで色々あるみたいだけど……
とりあえず、この世界で生きていくのなら最低限必要な知識ではあるみたいだし、覚えておかないとな。
で、当然これだけ教えられたら朝食は食べ終えてるから、片付けは俺も手伝って皿を台所に持っていく。
台所には皿を洗っているアーニャさんと皿を運んできた俺の二人だけだ。
「アーニャさん皿はどこに置けばいいですか?」
「ソラ様ありがとうございます。お皿はそこに置いておいてください」
俺はアーニャさんの指示通りに皿を台に置く。
すると、アーニャさんは布巾で濡れた手を拭きながらこちらを振り向いた。
「……ソラ様、実は後一つ魔王軍についてお話していない事があります」
「え?まだあったんですか?」
「……申し訳ありません。エスカリア様がいる前では話しづらくて……」
「あぁ……そういうことか。それなら仕方ないですね。それで、どんな話なんですか?」
「はい。実はエスカリア様のご友人にドワーフの王国の王女がいらっしゃるのですが……」
アーニャさんはそこまで話すと口を閉ざす。
……どうしたんだ?
「その王女がどうかしましたか?」
「……まだ私達が王城にいたころ、ドワーフの王国が魔王軍に襲われてしまい、エスカリア様のご友人の王女殿下を含めた多くの職人の方が行方不明に……」
「っ!?それは拐われたということですか?」
「……はい、行方不明だった方達の血痕や遺体などは発見されていませんでしたのでおそらくですが……」
「……」
「ですのでソラ様、あちらの世界でそれらしき方々を見つけることがありましたら……よろしくお願いします……」
アーニャさんはそう言って頭を下げてきた。
「……わかりました。その時は必ず助け出します」
俺はそう言いながら力強く拳を握りしめる。
絶対に見捨てたりなんかしない!
俺はそう心に誓いながらアーニャさんと一緒にリビングに戻るのであった。
……こんなこと言うのもなんだけど見つかったときアーニャさん黙ってたことについて怒られない?
……その時はその時か。