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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第1章 自立編「東三河の鈴木家」
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第7話 1514-15年「阿寺と吉田」

 熊谷家の前当主・重長との談義で、熊谷家と目標を共有し、協力を取り付けることに成功した甚三郎は、いよいよ勢力拡大に向けて下地づくりとして内治に励んでいた。


「父いわく、しばらく前の上方での大地揺れと遠淡海(とおつおうみ)が海に繫がるほどの大波のために、気の毒ながら未だに困窮する者おりて、商人どもはうまく人手を集めてくれたとのこと。」


 微妙な表情で鳥居源右衛門が報告した。


「うむ、喜んでよい話ではないが、我らにできるのは、苦労したかの者らに少しなりとも良い暮らしをさせてやることだろう。」

「左様にございまするな。」


 源右衛門は深く頷き、そばでそれを聞いていた平七と平八も神妙な顔でうんうんとやっていた。


「熊谷様から人手を借り申して急ぎ小屋を建て、ひとまず集めた者らを住み分けさせ申した。見込みのある者は小弓衆に引き入れるつもりにござりまする。」

「うむ、頼りにしておるぞ。」


 源右衛門は農地以外の土木作業と軍備を一手に引き受けており、よく働いていた。

 今は村人を動員して、父の源七郎がうまい具合に縄張りを終えた城の建築予定地に、伐採した材木を集め、建材に加工させていた。

 一方、穀物の蓄えが心もとなく、村人を含め家中の者らが食べているのは主に平七たちが山で集めてくる肉や果実・山菜類であり、小弓の若衆は八面六臂の働きだった。

 彼ら小弓衆は気立ての良い若者たちであり、山の民と接触してもうまくやっているらしい。


 甚三郎は引き続いて源右衛門に彼らの統率を任せると、自身は鷹見弥次郎と二手に分かれて新たな住民も加えて開墾に勤しんだ。

 自らと源七郎の乗馬に曳かせるべく足助で用意しておいた犂を用いて、小阿寺川沿いを耕させ、水を引くのに溜池をつくって少しずつ水田を増やしていた。

 「とにもかくにも食料を」ということで、それ以外の土地には粟でも稗でも蕎麦でも麦でも何でもいいから急いで作付けさせていた。


 ◇


 永正12 (1515)年。

 三河国八名郡吉田郷阿寺。


小原(おばら)(すずき)の兄上から紙漉き工を寄こしていただいて本当によかった。」

「まことに。」

「材木も切り出したら切り出しただけ売れてくれて、実によかった。」

「まことに。」


 出来上がったばかりの居城でたそがれているのは、甚三郎と鳥居源七郎である。


「職人衆のための小屋や長屋も十分揃い、かの者らも仕事がはかどると申しておりました。」

「左様か。彼らには、少しなりとも(いとま)あらば弟子を育てるようよろしく頼み置いてくれ。あとは……獣除けの柵はいかがか。」

「柵も大方よかろうとのこと。平七・平八らがよく見回っておるほどに、獣の害はさほどでもないそうにございまする。」

「うむうむ。平七・平八はまことに働き者よ。この者らが励むのを見れば、農民らも怠けてはおられぬな。」


 それを聞いて源七郎は苦笑しながら言った。


「いやいや、殿が惜しみなく農民どもにも食い物を与えておるがゆえでござるよ。かの者らは『食わせてもらうからには』と働くのです。……とはいえ、これではいつまで経っても蓄えが増えませぬが。」

「まあそうかもしれぬが、今は蓄えておらるるような時ではあるまい。」

「わかってはおり申すが、殿が農地が増えたら増えただけ人を呼ぶものでござるから……。」


 甚三郎は、源七郎の恨みがましい視線に顔をそむけるも、頭を搔いて開き直った。


「人がおらねば何もできぬでな。それに、しばらく前に様子を見に来られた熊谷殿とご家中の方々もこの活気ある様に驚きてござって、『ぜひとも吉田郷全部で頑張ってほしい』ときたものだ。」

「ううむ、確かにそのことは儂も誇らしく思うたものでござり申す。ましてや、そのお言葉を真に受けて本当に吉田郷で殿が采配を振りだしたほどに、我らも熊谷ご家中も驚きひとしおでござった。」

「そのう、なんというべきか、熊谷ご家中は目立った御仁がおらぬで、これでは作事の奉行に手が回らぬは道理よ。それに、それがしは水田の扱いに心得あれども、阿寺では水田は少なかろう?吉田にてこそできることもあるというものよ。」

「足助でやっておられたことでございますな。苗を行儀よく植え、コイやフナを泳がせておくだけで、少なくとも一分(いちぶ)は米が増えよるとぞ聞き申した。いやはや、今や殿は『吉田のお奉行』などと言われておるそうにござる。」


 甚三郎はそれを聞いて嬉しそうにはにかんだ。


「それよ、『お奉行』。それがしはすっかり熊谷家中に収まってしまったかのごとくであるな。とはいえ、隣り合う我らが昵懇なのはまこと良きこと。」

「その通りにござり申す。宇利からは『家中でもないのに、こうまでしてもろうては』と禄までいただいて。おかげで城の倉も少しは潤い申した。」

「それはよきかな。」


 うむうむと納得している風の甚三郎に、源七郎は苦笑した。


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