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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第1章 自立編「東三河の鈴木家」
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第6話 1514年「東三河」

 重実の問いかけに、甚三郎は身震いした。

 長年苦悩を抱えそれを飲み下してきた重実の、腹の底から湧き出た気迫に圧倒されたのである。

 しばらく考えた甚三郎は重実と視線を合わせて力強く言った。


「熊谷様はすでに防ぐためのはかりごとをなされ申した。」


 重実は目でその先を促した。


「『さて次は』と問うに、一つはさらにあまた国衆と誼を通ずる手がありまする。されども、はたしてそれはよいことなのかどうか……。」

「どういうことじゃ。」


 重実は身を乗り出して理由を問うてきた。


「奥三河は平らかなる地も狭く、民の数も少なくてござる。かような地にて家々の分かれ立ちてあるは、各々がそれぞれ守備兵を置き合わするほどに、思うように兵は動かせませぬ。

 されば、一帯を糾合し、(よう)の地に兵を置くにとどめ、ある限りを以て敵方に当たらねばまことの力を振るうこと能わずとそれがし思案いたしまする。

 かてて加えて松平は寡兵にて中条様や今川様を追い返し申した。けだし、寄り合いはときどき数のままの力を示すこと能わざるものにてございまする。」


 重実はしばらく考え込み、「おぬしの言、いかにものようじゃ。されど熊谷の力にては……。」とため息をつくように答えた。

 それに頷いて甚三郎はさらに言葉を続けた。


「ひとまず『ことをなす』と定め、これからのことを考えてみましょうぞ。さすれば、まず八名郡の南か、西の設楽郡を片端なりとも領したきところにござる。」

「設楽郡……。なれど、乱るるというても野田を押さうる菅沼は今川方ぞ。南の西郷はやってやれぬこともないが、松平と縁者ゆえ厄介であろう。」


 西郷氏は守護代の家系で、元は岡崎城を領していたが、大草松平氏を婿に迎えて城を乗っ取られ、一族が八名郡に流れ着いていた。

 とはいえ、野田の押領も西郷氏の移住も数年前のことであり、今動くのは時機を逃した感が否めなかった。


「いかにも松平が出張りてきては、我らには抗い切るは難しくてございましょう。何にしても、まずは山方を熊谷の旗下に集め力を付けてから。山へ出づればやがて鈴木に繫がり、後顧の憂いはなくなり申す。さすれば、まずは野田、次に長篠、そして田峯。」

「ううむ。されど野田は厄介ぞ。長篠・田峯の菅沼一族の総出で襲いかからば、我らはひとたまりもなし。さのみにあらず野田を落としたとて修理大夫様がいかに思うか……。」

「菅沼は今川様に従うように見ゆるところ、勘気をこうむるやもしれませぬ。されど、一気呵成に落として仕置を疾く済まさば、間に遠江の挟まる今川様はたやすく手を出すことはできますまい。それがし、遠江の引馬は未だ安らかならずと聞いており申す。」


 遠江では引馬城一帯で尾張の斯波氏とその支持勢力が頑強に抵抗しており、今川方はこれまで度々軍勢を派遣していた。


「さらにも短兵急に野田を打ち破らば、長篠らの援軍は支障とはならず。むしろ、今を逃さばこの策は二度となりますまい。

 お家乗っ取りが後を引くのか、野田にては新城を築くにずいぶん時をかけたというのに、されども未だ完成せずと伝え聞きまする。作りかけの城にまとまりなき家中、『攻め来よ』と言うがごとし。そして、今川様は遠江より来られず。今こそ狙い目。

 なおもご懸念ござらば、田峯は足助の父上に頼みて引き付けさせましょう。それがし吉田より長篠に出でてこれを押さえ申す。そのうえで野田に攻め寄せては山麓を押さえ、作手の奥平氏を塞ぎましょう。かくあっては野田は定めて孤立しましょう。」

「……おぬし、なんともまあ詳しいのう。」


 重実は甚三郎の詳しい知識と立て板に水がごとき話しぶりに驚いていた。


「それがし、子飼いの者らにあたりを巡らせて地勢とお家事情を探らせており申した。この者らは心(なお)くてよく働くゆえ重宝しており申す。」

「はあ。儂にはおぬしという者のことがわからなくなってきよったわ。」

「それがしは常に『できる限り』で動いており申す。それ以上でもそれ以下でもござりませぬ。」


 重実は瞑目してしばし考える。

 甚三郎の言を聞いているうちに、なにやら自分にもできるのではないかと思えてきた。

 彼が「できる限り」というときは、その「できる」にどこまでの範囲を含めるのかという根本的なところから、自分とは見えているものが違うようだとつくづく思った。


「……泰平の世をただ願うはもはや甲斐無きことなのか。されど道理に反してはおるまいか。」

「菅沼のやり様は冨永家臣の反感を買ったのではありますまいか?さにあらば、()にし家臣を後押しするなり、誰ぞ冨永のご親類を代官にでも据えるなりなさいませ。

 事を正すのです。責められることはありますまい。しかして冨永旧臣をいくらか熊谷家の直臣に召し取り申さば、冨永家は独りにては必ず立ち行かないことでしょう。」

「……やあら(なんとまあ)、あくどきことを考えよるなあ。おぬしの文よりは思いも寄らぬ悪辣さよ。されどもまこと──」


 そこで言葉を切った重実はしみじみと言った。


「まことに心ぞ惹かれてける。」


 重実は大きく三度頷いた。


「よし!建策、大儀なり。せがれに伝え家中で審議せん。おぬしは長篠に打ち出づべくまずは疾く吉田を治めよ。そはためにも我らより助けを出そう。」

「ははっ!」


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[良い点] 古文調は読みにくいが、雰囲気があって読んでいて楽しい。 こういう作風の物語を探してました。実によき。
[気になる点] わざわざ理解しにくい読みにくい言葉にする必要はないと思う 戦国時代の人間がなんで現代の言葉で話しているんだなんてつっこむやぼな人はいないよ 読み物は読者が読みやすく書いてこそ
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