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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第5章 今川連合編「海の路」
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第59話 1525年「伊奈城」◆

 西から東に向かって鈴木・今川・北条が横並びに連合する帯状の地域においては、この連合による支配が揺るがないとなれば、比較的大きくて独立的な勢力を保っている諸家は、身の振り方を考えねばならない状況になっていた。

 三河に限っても、鈴木家は陸では東海道を押さえ、海では伊勢湾の出口を塞ぐように紀伊・志摩・三河を繫ぐ東西交易路を確保している。それによる経済的な影響を受ける三河周囲の勢力にとっては、鈴木家との関係をどうするかは深刻な問題だった。

 三河内では、今川家に直属する鵜殿家は別としても、吉良氏・牧野氏・戸田氏が自立したまま残っていた。三河のすぐ隣の知多半島には佐治氏・水野氏・久松氏がいた。いずれも海沿い・街道沿いの勢力である。


「当家は三河旗頭となった。有事には一国に号令をかけて外に出征することもあるだろう。そうなれば三河の内に隠れた敵を抱えるは危うし。敵を炙り出すのも兼ねて、国内の諸家に合力を誓約させるのがよいと思うが、いかがか?」


 重勝は審議事項を抱えた奉行が集まる定例の評定で諸将に問いかけた。

 答えるは家老・鳥居伊賀守である。


「松平家を追い出したことで当家の武威は高まり申した。とはいえ和議がなったは全き独力にあらず、今川・織田・吉良の力添えあってこそなれば、いま誓紙を出させるのは不要に敵を増やすやもしれませぬ。」

「今川と付き合いのある諸家は、駿府の家々が鈴木を下に見ておるのに倣って、当家の風下に立つを内心でよしとしておらぬやも。時の経るうちに我らの勢威に自ずと服するようになればよいのでござるがなあ。」


 家老・熊谷備中守はこのように言って鳥居に同調した。

 鷹見修理亮は鳥居と熊谷の意見を認めつつ、ではどうするのかと問いかけた。


「仰せの通りなれど、三河の外に攻め出づるはさほど遠き未来のことではありませぬゆえ、いざそうなったときに、では国衆や土豪を自立したまま、あるいは面従腹背のままにしておってよいかと問えば、否でございましょう。」

「修理殿の言うとおりにござる。今なお武威が足らぬと言うならば武威を見せ、それとともに徳や利も示して自ら素直に従うよう仕向けるが最上なり。」

「源右衛門は何やら存念ある様子。試してみるか?」

「お許しいただけますれば。」


 重勝は自信ありげに言った鳥居源右衛門に兵を与えて任せてみることにした。


 ◇


 鳥居源右衛門は、もとは松平方だった西三河の土豪の安藤太郎左衛門(家重)と米津左馬助(勝政)を物頭とする500の兵を用意した。念のため、後詰としてさらに200が動員できるようになっている。

 なぜか尾張国境を守っているはずの石川又四郎の手勢も合流していた。又四郎は松平宗家暗殺とその後の手柄首の功を以て指揮権の独立を認められており、その特権を濫用していたのである。


「おい、又四郎。なぜおぬしがここにおる。」

「西に備えておるだけでは退屈ゆえ致し方なし。」

「いくら『戦、勝手のこと』とされておるからといって、万一を考えると……。」

「一切の障りなし。後事は多田のやつに任せてある。」

「ううむ、それならまあよいか……。伊奈を攻めるぞ、ついて来い。」


 鳥居隊は、東三河の豊川下流の伊奈を取り囲んだ。

 伊奈城主の本多縫殿助正忠は、一向衆を率いて鈴木家を苦しめた本多平八郎の同族であるが、伊奈本多氏は先の一向一揆には加担しなかった。

 それゆえに見逃されていたが、豊川の河口にこの独立勢力がいるせいで、商業上の問題が時折生じていた。荷留(にどめ)があったり、「すでに本多に関銭を払った」と言ってごねる商人がいたりするのだ。

 そのため、父子で鈴木家の倉を預かる鳥居源右衛門は、伊奈本多氏の存在を前々から鬱陶しく思っており、これを滅ぼして近くの牧野氏・戸田氏・鵜殿氏に武威を見せつけようと考えたのだった。


「伊奈城主・本多縫殿助殿に告ぐ。貴家は先ごろ当家の御用船を不当に検め、100貫文相当の絹布を隠した。現物を返し、それと同じだけの贖い金を当家に納めねば、武を以て懲罰いたす。」


 鳥居が告げたのは、城攻めの口実であり、嘘だった。

 心当たりがないというよりは、これまで度々鈴木家の荷を運ぶ商船から上前をはねてきたために心当たりは多すぎるものの、兵を向けられるほどのことはした覚えがない本多正忠は、この居丈高な物言いに憤慨して当然抵抗した。


 伊奈城は深田や湿地に囲まれており攻めにくかったが、この地を事前に調べていた鳥居隊は木板を多く持ち込んでおり、湿地に板を並べて足場を作って城を取り囲み、火矢を射かけた。

 城兵がこれに応戦したり小火を消したりしている隙に、米津率いる一隊が馬出(うまだし)に攻め寄せた。馬出を囲む浅い堀の底には逆茂木があって入るわけにはいかなかったため、水に浸かっていない細い道を近づかねばならず厄介であった。

 矢除けの大楯を構えた一団がのろのろと進み、なんとか馬出の出入り口に到達すると、その中に匿われていた石川又四郎とその手勢が大槌を振り回して門を破壊して切り込んだ。

 馬出が鈴木方に制圧されると、所詮は多勢に無勢であり、本丸の陥落は時間の問題だった。


「これは明日には落とせそうか。」

「鳥居様、東より武者の一団が!」

「なに?東というと牧野か?」


 鳥居源右衛門が独り言ちていたところに、見張りが接近する一団の存在を知らせた。

 鳥居は直ちに手勢をまとめ、城攻め中の味方と接近する者たちの間に移動して警戒態勢をとった。

 その一団からは牧野の旗を指した鎧武者が歩み寄ってきた。使者である。


「それがし疋田と申す。今橋城主・牧野田蔵様よりの使者でござる。主君のお言葉お伝えいたしたく。」

「うむ、聞こう。」

「我が主君は、『本多家との間に何やら行き違いがあったに相違なく、間を取り持つはやぶさかでない』とのこと。」

「いや、それには及ばず。本多殿は再三の警告にもかかわらず、当家の船から荷を抜き取るなどの悪行をやめなかった。我が主君は、『もはや滅ぼすしかなし』と仰せだ。」


 源右衛門は、経験を積んだからか主君に似てきたからか、堂々と口から出まかせを言えるようになっていた。

 使者の疋田は、鈴木家が本多を滅ぼそうとしていることも想定して別の伝言も預かっていた。


「さにあらば、もひとつ伝言あり。本多殿のお身柄につきて『かの方、婚姻により当家と縁あるゆえ牧野で引き取りたい』とのこと。」

「ううむ、それにつきては考えよう。本多殿が大人しく城を明け渡し退去するならばな。」

「では我らが呼びかけてみましょう。」

「よかろう。明日まで待つ。」


 疋田の説得は成功し、本多は武装を解除して城を退去し、牧野のもとに身を寄せることとなった。

 一方の源右衛門は、牧野家との関係が悪化しなかったことに心底安堵していた。というのも、彼は重勝から「万一牧野と小競り合いになった場合は素直に詫びて撤退するように」と言い含められていたからだ。

 重勝は牧野の松平への内通を疑ってぶつくさ言い続けてきたくせに、西三河への共同出兵で関係が改善した今では、その牧野を懐柔して味方にしたいと思っていた。三河一国を差配するのに人材が不足しがちな鈴木家に、牧野が抱える大規模な家臣団を取り込みたかったからだ。


 本多氏を滅ぼして武威を示すという目的に照らせば、伊奈城攻めは中途半端な結果になった。

 しかしこの出来事は、周囲の諸家には「姻族の本多氏が言いがかりで攻められても牧野氏は黙って引き下がった」という風に見えており、牧野が鈴木の勢威を認めたように受け取られたため、おおよそ目的は果たされたと言ってよいだろう。

 鈴木重勝は、弱腰にも見える牧野の姿勢を見て、畳みかけるように交渉を進め、三河における今川家の旗頭の地位を理由に、牧野家に対して商業上の特権を認める代わりに従属を呼びかけた。


 今橋城の牧野田蔵信成は、やむなく鈴木家に対して従属的な同盟を結ぶことを受け容れたが、その背後には牧野成種(鷹見修理亮の舅)の尽力があった。

 成種は長年、自家と婿の鈴木家との間を取り持ち、板挟みに苦しんできた。

 そのせいで胃潰瘍になってついには下血し、それを見た彼は「このままでは死ぬ」と焦り、とりわけ今回は両家の和合に尽力した。自らの牛久保の土地を返上してまで、独立を失うという牧野家の大きな不利益を補填する覚悟を見せ、今橋の牧野氏を説得したのである。


 こうして根無し草になった牧野成種は、その働きに深く感謝した鈴木重勝のたっての希望で彼に仕えることになり、「勝」の字をもらって名を「成勝」と改めた。

【史実】この頃の牧野氏の系図は不明瞭ですが、今橋城系の牧野氏とは別に成種と成勝という人が牛久保にいたようです。今橋城は松平清康に攻められますが、牛久保の牧野氏は服従しました。

 牛久保城主・牧野貞成が成種の子、成勝の養子とされるのですが、詳細不明の牧野氏が多くて困ったため、作中ではこじつけて成種が改名して成勝になったことにしています。

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