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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第4章 西三河編「三河の一向宗」
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第49話 1523年「又四郎」

 合戦の後、信定は自らの陣に戻ってきた。

 そろそろ篝火(かがりび)をたかねばならぬほど薄暗くなってきたころ、毒見の者が体調を崩していないのを確認したうえで、晩飯が出された。

 「石川左近大夫の方から送られてきた」という石川の親族を頭目とする一隊も護衛に加わって守備は増強されており、安全確認は万全だった。


「よしよし、このまま程よく門徒が減ってくれれば、戦は再び我らの手に戻ってくる。疲弊した鈴木勢をそれがしの指揮のもと粉砕するのだっ!」


 信定は冷めて微妙な感じの汁物をすすりながら元気いっぱいに宣言した。

 この考え方は多くの松平家臣の武将も抱いており、それゆえに彼らは門徒を積極的に削っていくかのような戦い方をしていた。そして、主君と同じく、彼らは兵数が減っても敗勢であるとは全く思っていなかった。

 林藤助もこれに同意して「まさにその様が閉じた瞼の裏に見えるようにて」と応じた。

 しかしそのときである。


「ぐはぁあっ!」

「なんだっ!何ごとぞっ!」


 突如、陣幕のそばにいた兵が鮮血をまき散らして死に、そちらに目をとられると、今度は篝火が蹴倒され、あたりは急に暗くなった。

 急に明暗の差が生じたことであたりがよく見えない信定は、とりあえず刀を抜いたが、肩に鋭い痛みを覚えた。触ってみると矢が突き立っている。


「むぐぅっ!賊がまぎれこんでおるぞ!応戦せよ!」


 信定は護衛の兵を焚きつけつつ、刺客を寄せ付けないよう、しばらく闇雲に刀を振っていた。

 ようやく目も暗闇に慣れてきて、足元に転がっている者らの姿もおぼろげに見えるようになった。

 護衛の兵は、最初は救援を求める叫び声をあげていたが、声を上げた者の数は護衛の数全体に比べて不思議と少なく、しかも声を出した途端に居場所が割れてしまい、賊に押し倒されてすぐさま殺されていった。


 目は見えるようになってきたが、信定は今度は手足に痺れを感じ始めた。

 口も痺れてきている信定は、痺れる舌を使って林藤助に呼びかけた。


「いかん!どくやだったか、とうすけ、とうすけ、ぶじか!だめだ、からだが、しびれ――」

「よくも一向衆を呼び込みおって、そのせいで親父殿は死んだんだ。あの世で詫びろ。」


 物陰からぬっと近寄ってきた男はこう言って、痺れて動きの鈍くなった信定の首を短刀で切り裂き、首級も取らずにすぐさま再び夜闇(よやみ)に姿を消した。

 弱りゆく心臓の脈動に合わせてどぷどぷと首から血を吹き出しながら倒れた信定の隣には、喉に毒矢が突き立って呼吸不全を起こした林藤助が喉をかきむしるような格好で死んでいた。


 ◇


 信定暗殺の下手人たちは、松平方の陣を南に向けて一目散に駆け抜けた。

 松平方から追手がかけられたが、彼らは途上で出くわした者たちを無作為に斬り捨てており、混乱が著しく逃げおおせていた。

 それでもこの一団は走るのをやめず、さらに南へと進んでいた。


「又四郎よう、あんだけ暴け(あばれ)て、次はいずくへ行こうってんだあ?」

「黙れうすのろ。俺はまだ親父殿のかたきを成敗せねばならんのだ。黙ってついてくるんじゃないならどっか行っちまえ。」

「又四郎のおっとさんなら、俺らあのおっとうも同じだに。」

「……ほんなら無駄口たたかんと、はよう走れ。」


 毛むくじゃらの大男に話しかけられたまだ幼さの残る若武者は、大男の言葉に少し照れたのか、顔を背けて言い捨てると、走る速度を上げた。

 この若武者は石川又四郎重政だった。まだ元服したばかりであるが、武芸というよりは喧嘩殺法に長けており、仲間内で猪助と呼ばれるこの大男をぶちのめして手下にしていた。又四郎本人には猪助を手下にしたつもりはなかったが、勝手についてきたのである。

 

 石川一族の又四郎は、安祥城で石川忠輔が離反した際に、松平清孝によって父を連座で誅されていた。辛くも逃れた彼は、それ以後は東海道の宿場で辻斬り兼追い剥ぎをしていた。

 それを捕縛したのが街道管理をしていた鈴木重勝だった。重勝は又四郎の出自を知って謀に使うべく、父の仇の清孝(清定)を攻める手勢を貸す代わりに、間者として安祥に潜入し、機会をうかがって信定を暗殺するよう求めた。

 又四郎は血の気が多いのみならず冒険心もあったため了承し、「清孝に父を殺されて信定・一向衆方に転向した者」を演じて同族の石川氏を頼って信定の陣営に潜伏していた。

 とはいえ演じるも何も、身の上は全てが真実そのとおりであり、信定陣営の中にあっても特に取り繕うこともせず、気に喰わなかった門徒連中と刃傷沙汰を起こすなどしていただけである。

 その振る舞いから、かえって「潜伏先で刃傷沙汰を起こすような間者がいるわけがない」と信用され、乱暴者を押さえつけられる喧嘩上手として、不良の兵をいくらか任されたほどだった。猪助はその破落戸(ごろつき)の頭目である。


 又四郎は1日通しの戦が終わった頃合いを好機と見てとり、護衛の兵を装ってあっさりと信定本陣に紛れ込んだ。というよりも彼らは正規の松平方の兵であり、装うまでもなかった。

 そして事に及んだわけである。


「のお、せめていずくへ行くんか()ってくれよう。」

「それを聞いてどうするんだか。……本證寺だよ。」


 言い募る猪助はじゃれているだけだが、又四郎は結局それにわざわざ答えた。猪助はこの若武者のそういうところも気に入っていた。

 本證寺には、松平宗家の祖父・道閲と孫・三郎清定(清孝)が幽閉されている。この寺は合戦の地からだいぶ後方で、鈴木家の拠点である鴛鴨城からはもとより、安祥城からも離れていて、重要拠点とは認識されていなかった。そのため、守備しているのは一向門徒が少数だけだった。

 本来は松平信定の暗殺後に鈴木家の軍勢と合流して清定(清孝)を攻める予定だったが、又四郎は途中から鈴木家との連絡を絶っており、信定暗殺もこの急襲も独断だった。


「見えてきたで、あれがほうやの。なんだん、たいした数もおらんみたいやな。ちゃっとすませまい(よう)。」

「清孝(清定)さえやればそれでいい。」

「ふうん、ほなら俺らあは、見張りやら寝とるやつらあやって回って、寺燃やかい()とくでな、好きにやりなあ。」


 又四郎は抜き身の刀を片手に寺に入っていった。猪助は3人ばかり腕の立つ者を又四郎に付けて送り、自らは残る10人ほどで見張りを殺して回り、寺に火をかけた。

 その火を見て、本證寺の矢作川を挟んだ対岸を守っていた鈴木家の兵50が急いで渡河してきた。率いるのは夜戦上手の多田三八郎である。多田は本證寺方面を見張りつつ、矢作以東のすでに降伏した門徒が再蜂起しないよう警備の任に当たっていた。


 又四郎は、向かってくる門徒を適当に切り捨てながら、さしたる抵抗も受けずに建物に入り、老僧と自分と同じくらいの歳の若者を見つけた。

 彼らは騒動が起きてすぐに目覚めてはいたが、幽閉の身であり武器は手元になく、寝装束の無防備な姿だった。


「三郎殿とその祖父上とお見受けいたす。」


 又四郎の声に、三郎清定は気丈に振る舞って答えた。


「いかにも、それがし松平家の次なる当主・三郎清定なり。太刀を引っ提げて押し込むとは、その方は賊か?無礼なやつめ。そこに直れい。」

「この顔に見覚えはないか?いや暗くて見えぬか。まあそのうち火が回って嫌でも明るくなろうがな。」


 すでに日没後であり、いくらか燭台はあるも、顔をはっきり見れるほどの明るさではなかった。しかし、すでに建物には火が回り始めており、この場にも焦げ臭いにおいが漂ってきていた。


「ふむ、見知りの者か?とはいえ、それがしを助けに来たというわけでもなかろう?すまぬが心当たりがない。名を名乗れ。」

「石川又四郎なり。」


 それに反応したのは道閲入道が先だった。


「石川又四郎?そうか、重康の子か……。そうか……。」

「重康?すると、あのとき討ち漏らしたのがその方か……。」


 祖父と孫は、自らの命を狙ってきたのが何者かを理解すると、「これも因果か」と悟った様子で観念した。


「しばし待て。おのれの最期くらいはきちんと始末をつけたい。」

「……孫を一人残して先に逝くは心苦しく、せめて儂自ら送ってやりたい。そののちはどうとでもするがよかろう。」


 祖父と孫は辞世の句を又四郎に託し、装束を改め化粧をして身なりを整えた。

 そして、燃え崩れ始めた寺の中で、清定は道閲によって首を落とされた。老いた道閲の懇願には又四郎も憐れみを覚え、手下の刀を貸してやったのだ。

 老人は念仏を唱えた後、又四郎の介錯で孫の後をすぐに追った。


 ◇


「本證寺が燃えており申す!」


 「信定暗殺」の報がもたらされてから、本多平八郎のもとには伝令がひっきりなしに出入りしていたが、ひときわ焦った様子の使番が報告した。


「なにっ!攻められたというのかっ!?三郎様(清定)をお迎えすべく兵も送ってあったというのに、破られたのか?いかんぞっ!!道閲様と三郎様はいかがしたっ!?」

「わかりませぬ!抜け出しておられればよいのですが……。」


 「信定暗殺」の報が入ると、本多は即座に虚報かどうかを確認し、次に当主となるべき三郎清定を本證寺から呼び寄せるために兵を送ってあった。その対応は実に迅速で、手抜かりは全くなかった。

 しかし「信定暗殺」の報せが本多に届いたのは、事が起きた直後ではなかった。又四郎たちは逃げる道中あちこちで混乱を引き起こしており、松平方の陣では追っ手を送り出したり被害の確認をしたりしていて、信定の遺体の発見がそもそも遅れたのだ。

 そのせいで石川又四郎は仕事を全うし、多田三八郎とともに矢作川を渡って鈴木領に脱出していたのである。


 現状はおよそ考えられる限り最悪の状況だったが、本多はすぐさま次の対応を考え、鬼の形相で唾を飛ばしながら大声で指示を出した。


「三郎様(清定)を探せっ!それから殿のご嫡男も保護せよ!鈴木め、松平の御宗家を絶えさせる気ぞっ!!」


 殿のご嫡男とは、元服後には「孝定」を名乗る予定の、次郎三郎信定の唯一の男児のことである。

 本多は万一を考えて大浜にいるはずの太雲入道(松平信忠)も探させたが、彼も攫われていなくなっていたのが後になってわかると、これらがいよいよ鈴木家の陰謀であると確信した。

 しかし問題は今をどう乗り切るかである。信定を暗殺した下手人についてすでに様々な「噂」が出回っており、家中のみならず、松平家と教団の間でも疑心暗鬼がひどいことになっていた。


「一部の門徒らは、殿によって誅されたご舎弟・甚太郎殿のかたき討ちに違いないと騒ぎ、甚太郎殿のご遺族や他のご兄弟殿まで襲撃したとか。」


 甚太郎とは次郎三郎信定と仲が悪くて見せしめに殺された弟である。

 榊原七郎右衛門が本多の剣幕にびくびくしながら話しかけると、本多は「まったくけしからん」という風にふんすと鼻から息を吐きだして言う。


「ふんっ!阿部大蔵は『下手人は青山か酒井の残党に違いない』と言って、匿う者を探してあちこちの陣を荒らしまわっておる。植村新六郎は『一日で兵を損じた本願寺の坊官が松平に軍配を奪われぬよう仕出かした』と決めつけ、兵を引いてしまった!なんということだっ!!」

「他にも根も葉もない噂にて『下手人は本證寺の三郎様の刺客だったがゆえに、次郎三郎様の今わの際のお言葉で兵らが本證寺を焼いた』とも聞き申した。」

「そんな馬鹿な!いやしかし、殿(信定)の陣から飛び出した者が本證寺を焼いたのを傍から見ると、そう思えなくもないのか?いやいや、世迷言(よまいごと)ごときをなに真に受けておるのやら。下手人は鈴木の手の者に決まっておろうに。はぁ……。」


 本多は疲れた様子で大きなため息をつき、これからどうやって立て直すかを考え始めた。

 石川左近大夫は本願寺側に立って教団内部の不信感を抑えるべく尽力しているが、このまま松平家の側がうまくまとまれなければ、教団に完全に兵権を奪われてしまいかねない。本多はそれが不安だった。

 榊原も、松平宗家という核がなくなってしまえば諸将が分裂してしまうのではないかと心配していた。


「もし御宗家が絶えるなどあらば、いかにやいかに(どうしたものだろうか)。」

「それはなかろう。亡き殿(信定)にはご嫡男もおられる。幸い殿の末弟・彦四郎殿はけがもなく無事だ。当分は彦四郎殿をいただいてまとめ直し、やがて次郎三郎様(信定)の流れに戻すがよかろう。」


 それを聞いてだいぶ安心した様子の榊原を脇に置いておいて、本多は思案に暮れた。

 土地は失っても取り戻せるが、当主一族は替えがなく、なんとか松平の家を守らねばならぬ。そのためには家中一丸となる必要があるが、その点では本願寺教団との協力は失敗である。

 松平宗家への忠節を第一とする本多平八郎からすれば、宗門は大事ではあれど、これ以上教団をのさばらせておくことは認めがたかった。

 教団が松平家を侵食するのを防ぎ、宗家の血筋を絶やさぬためには、業腹だが一番は鈴木家と停戦して自力で立て直すことである。復讐は次代の当主が育ってから。

 その場合、三河に居座る気満々の教団を排除するのに同盟諸家の力を借りねばならぬだろうが、彼らに教団を敵にする覚悟があるだろうか。

 負けるにしても負け方が、勝つにしても勝ち方がある。いずれにしても、松平家の力を損なわぬよう教団の力を削ぐことが第一。その上で織田・水野・吉良を呼び込むことできれば、あるいは。

 本多は頭を抱えた。



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