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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第4章 西三河編「三河の一向宗」
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第48話 1523年「三つ盛り洲浜」◇

 両鈴木家と松平・一向門徒連合軍の戦は、渡河から始まった。

 岡崎に集結した東三河鈴木家の軍勢は、西三河鈴木家がたびたび攻勢を仕掛けている上野上村・下村城の方面に進出するために、まず矢作川を越えねばならなったのである。


 渡河中に松平勢から受けるであろう攻撃を軽減するために、西三河鈴木家には示し合わせて上野を攻めてもらった。その隙に汚名返上を誓う長篠下野守の一番隊が、近藤乗直を失った三番隊を糾合して矢作川渡河を強行。

 長篠下野守の隊は橋頭保を守って、寄せてきた本多氏や夏目氏の率いる一向門徒と死闘を繰り広げた。この戦で島田孫大夫が重傷を負って後送された。彼はこの傷がもとで後に死去した。


 後続の兵は次々と渡河し、陣形を整えながら門徒の突撃を受け止めた。

 岡崎側の兵を指揮して渡河とその後の集結先を指示するのは、留守居の小笠原長高だった。


「敵は数のみ!腹巻すらなき者ばかり!列を乱すな!一人で相手するな!組頭の指図に従え!組にて一人を討ち取れ!さすれば、自ずと勝ちは我らのものぞっ!」


 重勝は物頭たちにこう叫ばせて、組頭を中心とする規律を乱さぬよう、軍勢の掌握に努めた。

 鈴木勢は正面で長篠隊が踏ん張っている後ろで、どうにか魚鱗型に隊を配置した。


「門徒は烏合の衆とはいえ、さすがに松平の勇将に率いられれば勝手は違うか。」

「いかにもそのようにて。松平の将は、門徒はいくら討ち取られても構わぬといった様子。門徒も死を恐れぬようにて、尋常なれば被害が出て怖気づくところが、これではらちがあきませぬ。」

「なんとか将と兵を引き離せればよいが。」


 本陣にて重勝が東三河から呼び寄せた鳥居源七郎と話していると、軍師役を任されていた宇津忠茂が進言した。


「松平勢は、将がひとたび突撃の合図をすれば、門徒はただ前に突進するのみ。いったん将の手を離れた門徒は、戻るとか次の手とかいうものはないようでござる。さすれば、将の手を離れた兵の攻める先をこちらで誘導できれば。」

「将の周りが薄くなり、そこを狙えるか。」

「いかにも。」

「おとり役も突撃の隊も、難しき働きが求められよう。」

「おとりには酒井殿がよろしいでしょう。突撃は騎馬隊に任せましょう。」


 宇津の進言通りに、酒井信誉率いる酒井勢が門徒を誘引する役割を引き受けた。

 信誉はたくみな用兵で敵陣の側面へじわりじわりと動いていき、敵を目指してまっすぐ突撃しているつもりの門徒たちは、いつの間にか横の方にそれていった。

 正面は正面で菅沼の隊が敵兵を引き付けたままであり、その状態で端の方の門徒が横方向に逸れていけば、その隙間はあたかも本陣に向けてくさびが撃ち込まれたかのようになった。


「いざ!宇利の借りを返すぞ!」


 このように叫んで熊谷直安率いる騎馬隊はその隙間に向かって突撃した。

 見せかけばかりは馬も乗り手も完全武装の騎馬武者たちは、その見た目に反した速さで門徒の群れに乗り入り、彼らを押しのけて敵方の旗指物を目印に進むと、騎馬を含む武士の一団の姿をみつけて、一気に突き崩した。

 この一団は左翼の指揮をとっていた夏目吉秀の郎党である。

 熊谷直安たちは体当たりも辞さない勢いで接近し、夏目方の騎馬武者はその勢いに気圧されて思わずよけたところを、後続の熊谷騎馬隊に槍で叩かれて落命・落馬した。夏目家当主の吉秀も落馬したところを運悪く馬に踏み抜かれて絶命した。

 熊谷隊は一撃してそのまま敵勢を突き抜けて転進し、素早く帰陣した。


 夏目氏の混乱で左翼の門徒兵の動きが鈍くなると、本多平八郎はこれを切り捨てる決断をし、そちら側にたまっていた門徒に、ひたすら敵に突撃するよう最後の命令を出した。

 そして、その混乱の隙に中央と右翼をまとめて撤退に入った。

 鈴木家は戦場にわざと取り残された門徒の残党を処理するのに手間取り、またそもそも敵陣から放たれる門徒の波状攻撃に疲弊していたため、追撃はできなかった。


 ◇


「上野は落ちたか。」

「はっ。東より攻め寄せた敵軍勢はそのまま北上して上野の後方より迫り、西の鈴木家の軍勢と上野上村・下村の2城を挟み撃ちしたとのこと。内藤殿、阿部四郎五郎(定次)殿お討ち死に。」


 上野の2城は度重なる西三河鈴木家の攻勢により城自体が傷んでおり、特に上野上村城は松平清孝(清定)が無理攻めした時からの破損が修繕しきれておらず、今回の大軍勢の城攻めを受けて呆気なく陥落した。

 これまでは、城に取り付いてしばらくすると安祥から増援が来て満足に城攻めができなかったが、挟み撃ちによりその増援を防ぐ壁ができたため、まともに城攻めができたのだった。

 ようやく合流した東西の鈴木家は、破損のひどい上野上村城を破却し、その物資を以て上野下村城を修繕して偵察のための兵を置き、これまで前哨基地にしていた鴛鴨城(上野の少し北)を本拠点と定めて入城した。


 松平信定にこう報告したのは、榊原七郎右衛門清長だった。

 今や松平家中では、石川氏・本多氏・阿部氏・内藤氏・天野氏・渡辺氏など浄土教系の一族は実恵ら本願寺教団の指揮下に組み込まれてしまっていた。信定の側にいて彼の命令を聞くのは、榊原氏・植村氏・林氏くらいだった。

 その榊原はその後もあれこれ報告すると、使いの者に呼び出しを受けて忙しなく離席した。


「このまま置いておけば、鈴木は安祥に攻め寄せるであろうな。」

「兵力はこちらが上なれば、野戦でしょうか。」

「むしろこの数は安祥城には収まらぬゆえな。間違いなく野戦であろう。とはいえ、もはやそれがしは全軍に下知を発する能わずして、いかんともしがたい。」


 植村新六郎氏義は確認の問いを発した。

 それに答えた信定の自虐的な物言いに、林藤助忠長はいたわし気な視線をやった。

 以前の信定であれば、そのような憐憫の視線には敏感に反応して、下手をすれば手討ちにしているところだったが、今は苦笑するだけだった。


「出陣とのことでござり申す。」


 使いが来て少し席を外していた榊原が戻ってきて伝えた。

 榊原の一党は信定と親しいながらも、石川氏に従う門徒系の戦士団と認識されており、教団と信定の間を取り持つ立場にあった。

 信定は膝を打って立ち上がり、言った。


「かような事態を招いたは、それがしの不明と認めねばならぬな。されども、今こそ松平宗家の意地の見せ所よ。者ども支度せいっ!」


 ◇


 松平と門徒の軍勢は7000を数え、対する東西鈴木家の軍勢は3000と数百だった。

 とはいえ、一度に全軍がぶつかるわけではない。確かに松平方は替えの兵力が豊富であることから有利だが、門徒は多すぎてしばしば将の指揮が行き届かず、しかも一度突撃すると自らの位置を見失って指揮が及ばなくなるため、部隊としてまとまっている鈴木家にも有利な点はあった。


「敵は魚鱗の隊形の左右にさらに隊を配置しておるようだ。」

「総大将は東の鈴木でしょうか。」

「わからぬが、上野での戦でも見た洲浜紋三つの旗が目立つ。こやつよい働きをしよるぞ。」


 松平信定本陣の守りについている林藤助が問いかけると、信定は答えた。

 信定は、「三つ盛り洲浜」の紋をつけた旗指物が忙しなく動いていることから、おそらく命令伝達を担っているのだろうと目を付けた。

 この紋は伊庭家のもので、全軍の指揮は伊庭出羽守貞説に任されていたため、信定の戦場を見る目は確かであった。


 ◇


 鈴木家の陣立てを協議する場では、次のように鈴木重勝が口火を切って、伊庭貞説が総大将となることが決まった。


「伊庭出羽、そなたは足助の鈴木家に合力してよく戦い、その動きを知ったことだろう。ゆえに、そなたを大将に任じ、全軍の指揮を任せることとする。」


 それを聞いた伊庭は驚いて言葉もなかったが(もともと口数は少ないが)、この人事は事前の話し合いですでに決まっていたことだった。


 総大将を置かずにいては手強い松平と一向宗の連合軍に勝てるはずもないが、「誰がなるか」という問題は不和の種であるから、最初、東西の鈴木家の大将は互いに指揮権を遠慮していた。

 重勝は指揮に関しては全く自信がなかった。岡目八目で、人がやっているのを見てどうすべきかは判断できるが、自分がやるとなるとからっきしなのである。

 一方の重直は、指揮能力で言えば重勝より優れていたが、東の鈴木家の方が供出兵力が大きいため、指揮権を主張するのがはばかられた。


 そうしてお互いに様子を見る中で、伊庭が候補に挙がったのである。

 そもそも数千規模の軍勢の扱いに心得があるのは、両家でも彼しかいなかった。

 あるいは小笠原長高ならばまだ指揮を任せられたかもしれないが、彼は交代の兵の手配や後備を一手に引き受けており、ここにはいなかった。

 また、伊庭は西三河勢を手伝って戦った際に、戦場をよく見渡して兵の出し入れを丁寧に行っていると評判が高かった。そのため、どちらの軍勢の動きも知っている者として両家から推薦された。

 貞説は言葉少なにしか指図を出せないが、それゆえに九里の手の者はその短い指示を適切に読みとることに熟達しており、連携が巧みだったのだ。

 彼は新参者で客将であるとはいえ重勝とは様々な秘密を共有する仲で、東の鈴木家では重臣扱いされており、西三河勢にとっても近江守護代だった伊庭氏が国人の上に立つのは角が立たず、適任だったのである。


 ◇


「ふむう、どうも先陣は力押しでいくようだが、いなされておるな。」


 信定は、戦場を見渡すために、本願寺教団からの指示を無視して、指定の場所ではなく少し離れた小高い丘に陣取っていた。

 横陣の松平方から門徒勢が突撃してくると、鈴木勢の左右の遊兵がこまめに横撃に出て牽制し、門徒の突進の勢いをそいでいるのが彼の目にはよく見えた。


「榊原殿はどのあたりでしたか。」

「左翼の中ごろであったと思うが動きはなさそうだ。こちらは将の旗がほとんど動かぬゆえ、動きがわかりにくい。門徒連中は集まると途端に動けなくなるゆえ、『進め』と『守れ』くらいの指示しかないのであろう。石川と本多の建策であろうが、正しき采配なり。」


 信定は自由に動けない現状に不満を覚えながらも、松平の兵を温存しつつ、門徒をひたすら突撃させるというのは、全体の采配としては正しいことを認めていた。

 一向門徒の集団は兵数のわりに指揮官が不足していたため、伊勢長島の服部宗政の手の者や、石川氏の郎党、本多正定・清重、渡辺氏綱、坂崎城から退去してきた天野遠房、そしてすっかり教団に取り込まれた阿部大蔵定吉らが物頭として兵を指揮していた。

 とはいえ、彼らも付き合いの浅い連中を動かすのに難儀しており、本多平八郎と石川左近大夫で協議して、陣も横陣にして、簡単な指示を出すだけにしたのだった。


「時はいずれの味方か。こちらの兵が尽きるまでにあちらの兵が疲れれば、こちらの勝ち。逆もしかり。なんとも面白くないが――あなや、動きがあるぞ!」


 すっかり観戦気分の信定は、鈴木家の戦列の奥で動きがあるのを見てとった。

 やがて鈴木勢の魚鱗陣・左翼の後ろから、100かそこらの騎兵が弧を描いて突撃してくると、信定は手を叩いて喜んだ。


「騎馬の突撃か!なんとも横着な手を打ったことよ。とはいえ、馬も長槍も十分でない門徒の群れを攻むるには良い手である。」


 門徒兵は物資不足で武装が貧弱であり、騎馬突撃の圧力には弱かった。

 また、騎兵のみの突撃というのはなかなか見られない戦法であるため、信定は「珍しいものを見た」と喜んだのだった。

 林藤助は信定の解説を聞いて主君の軍略の確かなる様に感心もしたが、目の前の戦が他人事かのような振る舞いには密かに眉を顰めた。実際、この突撃で隊の前線が崩壊した本多正定が討ち取られており、軽く見てよいものではなかった。

 あれこれ言っているうちに、信定の目から見て松平方の右翼が騎兵の突撃を受けて混乱し、軍勢の一部がぶわりと外に広がった。引き下がる騎馬を迎え入れるように鈴木方の左翼がぐいと前進し、まばらになって統制の取れなくなった松平方右翼の兵を個別に討ち取っていった。


「こちらは先陣の門徒を一気に押し出して軍勢を整理するようだ。将が下がるぞ。ここまでは鈴木が優勢か。」


 松平方は、戦列の最も前の門徒の集団に突撃を命令した後、それによって稼いだ時間と空間を使って、第二列目以降の隊は態勢を整えた。

 するとそのとき、本多氏から観戦していた信定の陣に伝令がやって来て、戦列の一部を担ってほしいと頼んだ。


「よし、いよいよそれがしの出番である。前に出るぞ!」


 松平家に元から従属している武士と古参農民からなる信定勢は有力だった。

 彼らが中央部から前に出ると、雑兵を狩るつもりで戦っていた鳥居源右衛門と寺部鈴木家の一隊は、予期せぬ圧力を受けて崩れた。重勝配下では松下長尹・林光衡が負傷し、後送された。

 信定の勢いに勇気づけられて、左翼の榊原氏と、崩壊した右翼に補充された阿部氏は前に出て、東三河勢の鵜殿氏と西三河勢の三宅氏に損害を与えた。


 これに対して、鈴木勢は中央部の戦列を大きく下げた。

 信定勢はよく統制されていて釣り出されずに踏みとどまったが、門徒勢は敵の後退につられて誘い出され、信定勢の周りを追い越して前に出てしまい、信定勢の動きを阻害した。


「くそっ!味方が邪魔だっ!なんとかならんのかっ!」

「無理に踏みとどまるは危うくてござる!殿、ともかく一旦下がりましょうぞ!」


 林藤助が信定をなだめて退却させようとしていると、近くで一隊を指揮していた植村新六郎が寄せてきて壁をつくり、そのおかげで信定勢は崩れた戦列を立て直すことができた。


「植村か、助かったわ。しかし、そろそろ日が暮れてくるな。下がるしかないか。」


 信定は植村隊に伝令を送って合同で下がることを打診し、安全に退却した。

 結局、無秩序に前に出た門徒衆はほとんどが討ち取られ、この日の損害は松平・一向衆側が多かった。とはいえ、鈴木方の疲労は大きく、痛み分けの感があった。

挿絵(By みてみん)

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