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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第1章 自立編「東三河の鈴木家」
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第3話 1514年「年嵩」◆

 竹丸について回っているのは鷹見弥次郎久政と鳥居源右衛門忠吉(ただよし)という者だった。


 鷹見氏は鷹見城に住む三宅氏に親しい土豪。

 三宅氏は矢作川上流東岸の広瀬城を中心に、鈴木氏の西に勢力を持っていた。

 鷹見城は松平の動きを監視するのによい立地にあるため、三宅氏はこれを支配下に置くことを望んでいだ。そこを突いて、甚三郎の父・鈴木忠親は弥次郎の引き抜きに当たって協力を持ち掛けた。

 つまり、圧をかけたのである。

 結局、鷹見氏は折れて弥次郎を甚三郎の家臣として引き渡し、一族は三宅氏の被官となった。

 もともと親分だったようなものである三宅氏は、ある意味で人材を融通したわけで、その恩に対し、忠親は三宅氏が矢作川西岸に進出するのを支援するという約束を結んだ。


 一方の鳥居氏については、彼らの住む矢作川中流の渡村は松平の勢力下にある上に、鈴木氏とは家同士のつながりがないため、引き抜きは難しいように思われた。

 しかし、甚三郎はこれまでひそかに川沿いに遊びに出てしばしば彼らの村を訪れており、一家の面々と互いをよく知っていた。

 そのため、甚三郎が家臣取り立ての話を切り出した際の感触は悪くなかった。


「父上、それがしは甚三郎殿の下でこそ鳥居の家運は開けると確信しており申す。かの方は才気あふれ、必ずや一廉の御仁となるに違いありませぬ。」


 そしてなによりも、忠吉自身がこのように熱心に父の源七郎忠明を説得したことで、思いの外、事はすんなりと進んだ。

 忠親も鳥居忠明を甚三郎の一の臣にしたいと使者を送って頼み込み、結局、渡村は鳥居の親族に任せて父子で甚三郎に同行することになった。


「文を拝読し申した。かようにご期待のお言葉賜りましたからには、お断りするはありえませぬ。せがれも甚三郎殿に当家の未来を見ておる様子。かくなるは儂もこの身を捧げてご奉公いたしたく。」

「父の申す通りにて。甚三郎殿を盛り立てれば自ずと鳥居の家はよき道へ進まんと信ずるところにござり申す。」

「よくぞ申してくれた!我が息をよくよく支えてやってほしい。」


 彼らがそろって足助にやってきて挨拶をすると、忠親は彼らの思いに感激し、一族の娘を自らの養女として忠吉に嫁がせた。

 甚三郎は父がわざわざ文を送って頼んでいてくれたことや、婚姻により鳥居家を甚三郎のもとにつなぎとめようと取り計らってくれたことをいたく感謝した。


 とはいえ、忠親と小民部丞との内々の話し合いでは、嫡男・重政の庶出の娘を鳥居家に嫁がせ次代の足助鈴木本家と甚三郎家との繋がりを保たせる予定だった。

 ところが当の重政がこれを渋り、婚姻話は流れてしまった。兄弟間の不和がゆえである。将来に影を落としかねないこの出来事は家中には秘され、知るのは僅かに忠親・小民部丞・重政のみ。


 ◇


 甚三郎は、今川に向かうまでの間に、成瀬城を拠点に、矢作川を使う商人に頼んで領外から職人や農具、種などを集めさせ、出立の用意を整えていた。

 向かう先は荒れ地と聞いていたため、開墾の準備を予め始めていたのだ。

 また、彼は寺の和尚から読経を習った際に、漢籍を読むのに難儀したことから、商人にしきりに漢字の字書の入手を頼んでいた。

 しかし、これはなかなか容易ではない。結局は出発までに字書を入手することはできず、継続して探してもらうよう頼むしかなかった。


 そうこうするうちに、次兄の市場城主・鱸親信が訪ねてきた。

 彼は甚三郎をかわいがってくれており、今日は小原(おばら)谷の特産である和紙をつくる職人の弟子を一人伴ってきていた。


「竹丸、いやもう元服して甚三郎だったな。今日はおぬしに土産だ。こやつは紙漉きの次男なのだが、家を分けたいそうなのでな。おぬしが連れて行くがよいぞ。」

「兄上!かたじけのうござる!」

「なんの。聞けば、吉田は段戸山(だんどさん)を挟んで向こうというではないか。されば、紙づくりによい木が育っていよう。荒れ地というからには、なかなかすぐには収穫も得られぬだろうよ。紙を売り、米を買うがよかろう。」


 鱸親信は甚三郎の頭をガシガシとつかんでにこやかにそう言った。

 親信は何かあれば頼ってくるように言い含めると、成瀬城をあとにした。

 甚三郎は当面の商いの種を得たことをことのほか喜んだ。

 そして、これまで緊急時のためにこっそりため込んでいた銭を放出することに決め、鳥居父子にその銭を使って岡崎から鍛冶を引き抜くよう頼んだ。


 こうしてしばらくの時をかけて随行する者らを集め荷物を用意し終えると、成瀬城の管理を後任に引き継ぎ、甚三郎たちは真弓山城の門前に集まった。

 いよいよ出立である。


「これが見納めになるやもしれませぬな。」


 鷹見弥次郎が足助の城や山々を見ながらしみじみと言った。


「いや弥次郎、我らは東三河の果てから西へ進み、矢作の足助とひとつになるのよ。ゆえにこれはしばしの別れにすぎぬのだ。」


 笑顔でそう言い切った甚三郎を見返して、鷹見弥次郎は、まぶしいものを見るかのように目を細めた。

 平七と平八は、故郷を離れることに寂しさを覚えるだけで、甚三郎の言うことをよく理解できていなかったが、年長者ゆえに一団のまとめ役となっている鳥居源七郎が説明してやると「そうよ!しばし、しばし!」とはしゃいでいた。

 平七と平八は若衆の頭として農事に狩りにと一団の中でも重要な任務を担う存在であるが、なによりそのまっすぐな心根が人々を繋ぎとめている。


「ではな、甚三郎。」

「甚三郎兄者!」


 兄の雅楽助重政がぶっきらぼうに、そして、その子の千代丸が甲高い幼な声で呼びかける。

 千代丸はすでに泣きべそをかいていた。彼は甚三郎を兄と慕って仲良くしていたので、別れをことさらつらく思っているのだ。


「千代丸。雅楽助兄上の言うことをよく聞き、兵法を学び、村を富ませるのだ。おぬしは足助で、それがしは東三河で力をつける。次に会うたときに互いに恥ずかしくないよう励もうぞ。」


 千代丸は大きくかぶりを振り、ほとんど泣きながら、去りゆく甚三郎の背を見送った。


【史実】鷹見城は実在し、城主は「久」が通字のようですが、鷹見弥次郎久政は架空人物です。鷹見氏は鷹見泉石につながるのでしょうか。

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