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戦国の鈴木さん  作者: capellini
第9章 決裂編「やたけ心は張り詰めて」
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第109話 1534年「将を射んとせば」◆

 天文3 (1534)年。

 永正年間から四半世紀も続く管領・細川京兆家の家督争いは、様々なしがらみが絡みつき、最終的に細川六郎晴元を受け入れるか、受け入れないかという形で近畿周辺の大名を二分することになった。

 今のところ受け入れる側に立つのは近江守護・六角定頼を中心とする足利義晴の近江幕府。

 受け入れない側に立つのは三河・紀伊・和泉・阿波の諸大名家で、堺に集まっている。


 この構図に重なって、目下、上方諸勢力の注目を集めるのが、将軍家に連なる名門にして遠駿甲3か国の守護を兼ねる今川氏輝と、三河を中心に強力な水軍を擁する新興の鈴木重勝との対立である。

 今川家は将軍を動かして堺方をいわば「公の敵」とみなす書状を各所にばらまかせたため、傍から見れば、両者の対立はもはや後戻りできず、行き着くところまで来たかのようだ。

 しかし、それでもなお今川家と鈴木家はためらいがちにしばらく睨み合っていたが、その膠着状況を打ち破ったのは、意外なことに美濃国での騒動だった。


 ◇


「おお、新九郎!おぬしのことは、新左衛門(新九郎の父)同様、頼りにしておるでな。まあ、こたびの戦はおぬしが出るまでもないがのう。」

「御屋形様、そのことにございまするが、幕府か今川の手の者が先に動くのを待つのがよろしいかと。あるいは、せめてそれらの後詰の約束を得てからの方が……。」


 美濃国守護所・枝広館では、長井新九郎が主君・土岐頼芸から声をかけられていた。

 新九郎の父・長井新左衛門尉は先年に死去し、後を継いだ新九郎は守護又代の地位についている。

 彼がこの地位を得たのは、前又代の長井長弘・景広父子を順々に謀殺したからだった。

 そのことはうまく隠してあるものの、土岐家中では外様から成り上がった新左衛門尉・新九郎の父子に対する嫉妬心が強く、新九郎が父の死の後始末で館を去っていた間に敵国への出兵が決まってしまっていた。彼抜きで手柄を立てようというのだ。


「おぬしも明智の娘(小見の方)を娶っておるのだから、東美濃を何とかせねばならぬのは身近にわかっておろう。こたび大樹(足利義晴)より治罰勝手の文が届いておれば、気兼ねなく滅ぼしてくれようというもの。それともおぬし、よもや己が明智らをまとめるのでなくば気に食わぬと申すか?」

「いえ、左様なことはございませぬが。すでに清洲織田と三河鈴木は犬山まで至っておりますれば、敵方の後詰は速く、しかも多いでしょう。攻めあぐねて戦が長引けば、またぞろ頼純めが……。」

「であればこそよ、おぬしをここに置いておくのは。東美濃のことは国人に任せておけばよい。」


 新九郎はそれを聞いて、主君の真意を理解した。

 頼芸の支持母体である長井家に残っている有力者は今や新九郎だけである。

 頼芸としては自分の足元が不確かであることは重々承知しているから、幕府、いや、いざというときの援軍を頼む先の六角家の歓心を買っておきたい一方で、自前の戦力を損ねたくないのだ。

 だから新九郎を手元に留め置きながら、国衆を送っていち早く将軍の呼びかけに応える。そういうつもりなのだ。


「ははあ、左様でございましたか。でありますれば、それがしは頼純めに備えておきまする。」

「うむ、よしなに。」


 ◇


 東美濃・小里城。

 小里川沿いの細い河原には、美濃国人衆の1000を超えるかと思われる軍勢が集まってきていた。


「肥田の報せでは、攻め手の大将は各務(盛正)だそうだ」と大桑定雄が僚友の小里頼連に話しかける。肥田氏は小里城の西方に住む配下の土豪である。

「各務か。あそこは頼芸の妹が嫁いでおったな。犬山まで我らの軍勢が来たゆえ、定めし『いつ美濃まで攻め込んでくるか』と気にかかって堪え切れず、かえって先に攻めてきよったのであろう。」


 各務郡というのは美濃国南部、木曽川北岸にあって、川向かいには犬山城がある。

 犬山城は、少し前に鈴木家が城将・織田信定の身柄と引き換えに織田信秀から獲得した。

 そして、焦土となった熱田を鈴木家の管理下に置くという条件で、彼らの西進に何かと文句を言ってくる清洲織田家に譲渡されていた。今の城将は尾張守護被官・佐々成宗である。


「明智はともかく、妻木や多治見の旗もあるとか」と大桑は憤りを隠せずに言う。妻木も多治見も鈴木家と同盟関係にあるからだ。

「まあそんなものであろう。とはいえ、これまでの付き合いがある。強めにつつけば、無理してまで戦わぬであろう。アレもあることであるし。」


 頼連がそう言って振り返ると、息子の光忠が大事そうに抱える銃なるものを見やった。

 この銃は、轟音とともに鉛弾をはじき出す火薬兵器で、小里には3丁が配備されていた。

 弾薬は全部で100発分。何発か撃ったら掃除がいるとかで、鈴木家中の諸将も扱いあぐねている。

 しかし小里父子は、三河・東尾張・東美濃の交点で鈴木家本拠地への侵入口になるこの小里を死守することを使命と自負し、籠城戦の研究に熱心であった。

 使えるものは何でも使おうと父子が銃の貸し出しを希望すると、この新兵器の魅力に取りつかれている鉄炮奉行・犬童重安が直々に乗り込んできて指南した結果、父子は今や銃の価値を高く評価するに至っていた。


「コレのう……。寡兵で守るには何でも使わねばならぬが、どれほど役に立つのか。」

「何を言う、治部(大桑)!さんざん試しをしてきて、城壁の上から撃ち下ろす分には40間(72m)も先の的を貫いたであろう!これほどとなれば、弓でもたやすくはない!のう、せがれよ!」

「はい、父上!殿(鈴木重勝)もいかにこの銃をうまく使うか思案なされて、櫓門のほかに2つの大櫓まで据えつけたのでござる。端から信じぬならば、力は引き出せませぬぞ!」


 大桑は「わかった、わかった」とでも言うように片手で小里父子を制すると、物見たちの様子を見に兵の集まるところへと向かった。


 ◇


「いつの間にこれほど堅くなっておったのやら。これは骨が折れそうだ。じきに鈴木方の後詰もやってくるであろうし、ここは少し様子を見ておくべきか。……多治見勢も似たり寄ったりか。」


 妻木範煕は近くの味方を見遣りながら馬上でつぶやいた。

 彼は何年か前に、東美濃で急速に勢力を伸ばした伊那小笠原家・三河鈴木家から圧力をかけられ、従属的な同盟を結ばされていた。

 とはいえ、彼は美濃守護に服しているつもりもあったから、懇意の明智家から参陣を呼びかけられると、「鈴木を打ち払うのだ」と気勢を上げる大将・各務盛正に乗せられて何とはなしに従軍していた。


 小里城の奥は鈴木家の本拠地で兵糧の運び入れはそう難しくはないし、大手は土や漆喰で固められていて火攻めは功をなさない。そうなると結局、力攻めしかなかった。

 城方は小勢という見立てであったが、先鋒の佐藤勢は攻めあぐねるようで、神山勢が加勢に向かったところである。


 すると、耳慣れない大きな乾いた音が晴天に高く響いた。

 音が何度か続くと、やにわに先鋒の兵たちが騒がしくなった。


「何ごとであろうか。大事ないとよいが。」


 疑問に思う妻木のもとに、近くの明智家当主・光綱が小勢を連れて馬を寄せてきた。


「勘解由左衛門殿(妻木)、なにやら向こうで変事があった様子。それがし、少し前に出てみようと思うが。」


 光綱は妹を長井新九郎に嫁がせていて、わかりやすく土岐頼芸方に属しているから、こういうときにはきちんと仕事をせねばならない。

 一方、そもそも出兵に乗り気でない妻木は「危うきに近づかず」の心でいたから、これ幸いと内心を隠して「遠江守殿(光綱)にお任せいたそう」と深刻そうな声音で答えた。


 ◇


 がっちり守られた大手を攻めてくる武者の中には、徒歩で先駆けする者もいるが、一番の大物は兵の後ろで騎乗している者である。

 普通ならば矢もそこまでは届かないため、将は己の位置を知らせるのもお構いなしに、鞍上高くから自軍の様子を見渡して指示を出すわけだが。


「大将首、もろうたぞ!」


 ぺろりと舌なめずりした小里光忠は騎馬武者に鉛玉を撃ち込んだ。

 なるほど相手は数十間も先。しかも甲冑を着込んでいる。命を奪う一撃を食らわせるのは難しい。

 だが、馬は別である。図体が大きい馬は将よりもはるかに狙いやすく、上に重い甲冑武者を乗せているから、弾を避けるなどということもない。

 体の大きな馬は一発の銃撃で致命傷に至ることは稀だが、突然体に痛みが走れば当然、驚き怖がり、結果、棹立ちになったり急に駆け出したりする。

 かくなっては百戦錬磨の武者であれ落馬待ったなし。

 落馬した将は運が悪ければ死に、痛みと恐怖で暴れまわる馬はあたりの兵をなぎ倒し、あっという間に敵軍は混乱に陥った。

 こうなっては城攻めどころではない。


「まずは一人!おい、次を寄こせ!」


 小里は手下に手伝わせて3丁の銃を順繰りに使い、次々騎馬武者を狙っていく。

 事情は分からないものの騎馬武者が狙われているとわかった敵将たちはみな下馬したが、結果、もはや戦場を見渡して指示を出すこともなくなった。


 そこへ現れたのが、明智軍である。

 大将・明智光綱は、小里川と城山の間に広がる混乱にすぐさま危機を悟って、残余の兵を少しでも多くまとめるべく慎重に戦場に近づいていった。


「攻め手の将はなかなかの器量と見えるが、残念、丸見えでござる!」


 しかし、その様は城から丸見えであった。

 城下の兵はもはや脅威とならないと見た小里光忠は、城を出て単騎で山中を西に進み、山腹から明智軍を見下ろせる位置に移った――

 

 ◇


「ガハハハハッ!よもやよもや、これほど痛快なことになろうとはな!わしのせがれに銃使いの才がかようにあったとは驚いた!」

「父上、そう言うてくれますな。図に乗りまするぞ!」


 小里頼連は生涯でもこれほど大口を開けたことはないというほどに豪快に笑った。

 その子・光忠もいまだに鼻息荒く、興奮を隠しきれていない。

 それに対し、驚きすぎて呆れたような口調で大桑定雄が感想を述べる。


「なるほど、銃の放つ玉はさながら矢の見えぬ矢。馬が弱点なるは弓と同じか。」

さなるべし(そうに違いない)!いやはや、これにて小里の守りは確かなものとなった。ようやっと貴殿の婿殿(遠山景行)も合流したところ、どうでござろう、いっそ前に出ては?」

「いかにも、今の我らに向かうところ敵なし!」


 完全に調子に乗っている小里父子を見やる大桑は、一方でスッと心が醒めるような気分であり、彼らを慎重に窘める。


「これこれ、今は敵方も驚きうろたえておるも、当方の数倍の兵を集めておることは変わらぬ。それに、貴殿らの大事の銃であるが、もうほとんど使い物にならぬと聞くが?」

「なに?そうなのか、せがれよ。」

「いやその……」と小里光忠は言いよどんだが、大桑の胡乱なものを見るまなざしに観念して「はい……、銃そのものも2丁がだめになり申して、玉薬も残るはあと何発かしか……。」

「……それではだめではないか」と小里頼連は鼻白んだ様子。

「当家の主敵は今川。いたずらに美濃攻めを始めては、どっちつかずとなるであろう。」


 大桑の言に頼連も頭が少し冷えたようで、

「討って出る云々はさておき、降伏武将の扱いは決めておかねば。美濃国衆の扱いは殿より任されておるから、済ませてしまってよいであろう」と普段の思慮深さを取り戻しつつ言った。


 ◇


 小里城を攻めた美濃守護軍先鋒は、未知の攻撃を前にあっという間に瓦解した。

 明智氏の援軍として送り出された妻木氏・多治見氏・田原氏は、大桑の娘婿・遠山景行が小里のさらに奥山から後詰に来たのを見ると、流れを読んで戦わずに降伏した。

 こうなってはどうしようもなく、佐藤・神山残党のほか、先陣に属した地元の高山光吉や小栗重則といった土豪も抵抗を諦めた。


 とはいえ、小里方も望外の戦果に受け入れ準備が整っておらず、小栗を中心に佐藤・神山の兵が再び武器を取って立ち上がっても、鈴木方は彼らが守護方本陣へ帰参するのを黙って見送るしかなかった。

 一方で、美濃国南部の妻木・多治見に尾張国瀬戸から鈴木方の三宅氏が攻め入ると、これは東美濃攻め中の守護軍と西美濃の本拠地の間に食い込む形になったため、動揺が残る守護方は西方の明智長山城に撤退した。


 妻木氏らは正式に降伏し、妻木煕子や多治見国清といった人質が小里に届けられた。

 妻木氏の仲介で当主・光綱を失った明智軍残党も降伏したが、本家は守護軍の滞在先になっており、その立場は危ういものだった。そのため、当主にして長兄の光綱が狙撃された際に側にいて負傷した三弟・明智次左衛門光久は、自ら人質になることを申し入れた。

 そして、小里・妻木・多治見の中間にあって明智長山城の敵軍を迎え撃つのによい位置にある高山光吉の高山城が接収され、鈴木方の諸将はここに集結し、防備を整えることになった。


【史実】長井新九郎(規秀)は後の斎藤道三です。このころは土岐頼芸の腹心として家中での地位・権力を上昇させている段階です。

【史実】佐々成宗は織田信長重臣・佐々成政の父です。明智光綱は、本作では明智光秀の父親ということにしています。実在したとすると、このくらいの時期に亡くなったそうです。

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