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途中で視点が変わります。
と、意気込んだのが一週間前。学校になれてきた、そろそろ行動を起こさなくては。
王様が亡くなるまでの2年間に、王太子を廃嫡させる。
まず同級生の王太子と接触しなくてはならない。
…あれ、どうすればいいんだろう。
だってさ、一国の王子様だよ?
何百万という国民を束ねて、千の貴族の上に立つお方だよ?
たかが地方男爵令嬢なんかが、お近づきになれるわけがないじゃない!
頭をひねって、ようやく思いついたのがペンを忘れる、ということ。
王子様なんだからきっと貸してくれるだろう。失敗したらそのときはそのとき。
次の日のことである。
王子様が近くにきたタイミングで息をのみ、少し大げさに言った。
「あら、ペンを忘れてしまったわ」
王子様はこちらをちらりと一瞥して、視線を目の前の婚約者に戻した。
あ、あらら。
「ど、どうしましょう…。困った、わぁ…」
ちらちらとそちらに視線をやって、鞄の中を探るふり。王子、無視だよ。関わらないつもりだよ。
いや、本当に困った。だって持ってきてないもの、ペン。授業どうしましょう。
ちっ、と舌打ちが聞こえてひやりとする。王子様が、舌打ち! なんて下品な!
悲しくなって手を膝の上にのせて顔をうつむかせる。
本当、どうしよ。
「大丈夫? 僕のペン一つかそうか?」
話しかけてくれたのは王子様の側にいた男の子。
「え、えっと…。た、助かります。…けど、あなたは大丈夫ですか?」
舌打ちされた悲しさでまだドキドキしている胸を抑えて、顔を上げる。
目の前には完璧なスマイルを浮かべるイケメンがいた。別の意味でドキッとする。
「うん、いくつか持ってきているし。あ、赤インク持ってる?」
「いえ…。筆記具を丸ごと机においてきてしまって」
「じゃあ隣に座ろう。一緒に使えばいい」
「ええ!? そんな、悪いです」
「いいからいいから」
そう言って彼は私の隣に鞄をおいた。
はなしたところでは、彼-イーライ様は、王子様の幼なじみらしい。
もう二年も前なので覚えていないが、もしかするとあの夢にこの子もいたのかな?
少ししかはなしていないが、滅茶苦茶いい人そう。
「ふうん、えらい人なんですねぇ」
「ふふ、そうだよ。伯爵家だからね」
この国には公爵家が30、侯爵家が30、大公家が5くらいしかない。その下につく伯爵家は、うちなんかと比べものにならないくらい高位の貴族だ。
すこし身分差を感じたが、これはいい機会かもしれない。
だってさっきの様子では私、王子様に嫌われたよね。直接接触するの、たぶん無理だとおもう。
だからこの人経由で王子様になにか大きな失敗をさせれば、王子を廃嫡させられるかもしれない…。
「なんて呼べばいい?」
「は?」
そんなことを考えていたせいで、彼の話を全く聞いていなかった。
「名前。えっと、セーラ・シュタイン男爵令嬢?」
「は、はい」
「うーん、サル、サリーン、サラ…。サラ、だとうちの母親と同じなんだよなぁ。愛称はなに?」
「家族にはサ、サリィと呼ばれています…」
「じゃあ、サリィ。そう呼んでもいいかい?」
そこまで聞いて、ようやく彼が自分の呼び方で悩んでくれていたのだと気づいた。
「そ、そんな! 私なんかを愛称で呼ぶなんて…。恐れ多いです」
「いいじゃないか。友達なんだし」
と
と
と
と
ともだち?
え、ともだちってあの?
一緒にお菓子食べたり、すごろくしたり、休暇の日には待ち合わせしてショッピングの友達?
うそ、友達になったの? 私たち。
…友達かあ。いいなあ。今までいなかったもんなぁ。
ともだち、ともだち、ともだち。うん、いい響きだ。
こんな私と友達になろうとしてくれたのかぁ。やだ、この子滅茶苦茶いい子だな。お菓子作ってあげよう。
…イーライ様を経由して王子に失敗させたら、きっとイーライ様本人にも責任は行くよね。
じゃあだめだ。やめた。
よく考えると、今はまだ何も悪いことをしていない王子たちを罠にはめて廃嫡なんて、私の方がひどい人だ。
よし、計画はプランBに移行しよう。
一人で頷く私を不思議そうに眺めて、イーライは一時限目の用意をした。
[イーライ]
危険人物、セーラ・シュタイン。
彼女のことは学園に来る前からしっていた。
幼なじみの王太子、ジョージの婚約者であるアメリア様がやけに警戒していたからである。話を聞くと、ジョージやその側近をたぶらかして国を乗っ取ろうとしている可能性があるらしい。
どこ情報だよ、とは思ったけれど、彼女は昔から僕らの危機を言い当てて回避していた。
それに初めてあったセーラ嬢も、僕らの方をちらちらみてきてやけに怪しい。
これは、本当におかしな子なのかもしれないな。
そんな彼女と知り合ってから一週間。僕は気づいた。
この子、チョロい。
というか、世間なれしていない。
こんなのが僕らをたぶらかす? 冗談だろう?
友達だって言ったら、目を輝かせて浮かれていた。
ちょっと勉強を教えてあげただけなのに、こっちが参っちゃうくらい感謝してくれる。
すこしあわただしいところがとてもキュートで、いつまででも眺めていられる。
もしかしたら、こちらが警戒するように危険な人間ではないのかもしれない。
思えば初めてあったときからおかしかった。
そのとき彼女はペンを忘れたと言っていたが、僕らと仲良くなるための口実ではなく、本当に忘れていたらしい。
忘れた振りであればもってこれば良いだけの話なのに、仕込みだとすれば彼女は相当まぬけだ。
はなしている最中にぽーっと何かを考える仕草をすることがある。
アメリア様の言うところではもっと抜け目なくて計算高い女といったイメージだったため、ここはギャップがある。
最初は王子の身代わりに少し仲良くする振りをしてあげるつもりだったのに、いつの間にか不思議な彼女との時間が楽しみになっていた。
そんな彼女と放課後図書室で勉強していたときのこと。
「イーライ様、今の王子様ってどんな方ですか」
「ジョージのこと? 別に、ふつうのやつじゃないかな、身分をのぞけば」
「そういうことじゃなくて、王としての能力は、きちんと備わっているんですか」
まじめ腐った顔をする彼女をまじまじと見つめる。
まつげ長いな。
「さあ。特にボンクラってわけじゃないよ。二年くらい前まですごく厳しくて有名だったけど、最近は優しくなったなあ」
二年前、アメリア様とジョージが心を通わせ始めた頃から、急にやつは感性がある人間になった気がする。
「どうしてそんなこと気にするの?」
「え、いや、まあ、はい」
濁された。
何となくサリィがジョージの話をするのが気にくわなくて、頬をつねる。
柔らかい。
「ひ、ひたひれふ」
…かわいいかもしれない。
「おまえさ、最近なんかおかしくないか」
ジョージの部屋で言われた。
「…そう?」
「そうだよ! おまえらだって、そう思うだろ?」
「ん、まあ。ちょっと雰囲気変わったな、とは思いましたが」
「毎日幸せそうだよね」
「あれじゃない? 髪型変えたでしょ」
「まあ、変えた」
「やっぱりー!」
「でもおまえ今までセルフカットだっだじゃん! なに生意気にも美容室なんていってるんだよ」
「…特に、理由はないよ」
僕の答えにジョージは納得しなかったらしい。
「お前、好きな子できただろ」
「………は?」
「ぜーったい、できただろ!」
「いや、できてないよ。ジョージの気のせいでしょ」
「できたできたできた! 相手は誰だよ」
「だからできてないって」
「じゃ、放課後はどこで何してるんだよ」
「それは…」
図書室で、サリィと勉強をしている。しかし、僕はなんとなくそのことを言いたくなかった。
何もいわなくなった僕に他の奴らもつられる。
「ええ、まじで!?」
「イーライにもようやく春がきたのか…」
「春がイーライにトーライってか!」
「………………。」
「ごめんって」
「相手、誰かな」
「かけようぜー! 俺マラッカ先生! 10ギガ」
「メィビィ先輩、7ギガ」
「フミィ辺境伯令嬢は?」
「あ! 忘れてた…。やっぱりそっちで」
みんなでわいわいしているが、残念ながら恋なんてしていない。サリィとはただの友人関係。
…あれ、なんで僕はここでサリィを思い浮かべたんだ?
「ねえ、イーライ」
話に混ざっていなかったアメリア様が顔をこちらに向けた。
「ひょっとして、あの男爵令嬢じゃないでしょうね」
「…」
答えに窮した僕に何かを察したのか、血相を変えて言ってきた。
「ほんとに、あの子と仲良くなるのだけはやめて! もしあなたがあの子に攻略されたら…」
「攻略?」
「あ、いや、あの子はみんなをたぶらかす痴女で、だから…」
友人のはずの彼女が急に憎らしくなって、つい怒った口を聞いてしまう。
「アメリア様、ここではっきり言っておきます。僕はセーラ嬢のことを知っている。たぶらかされてもいないし、彼女は危険な人間ではない。逆に僕は、なぜあなたがあったこともないセーラ嬢のことをそこまで否定するのかがわからない」
「それは…」
「アメリア様は発言の根拠もいわないのに、僕が友人と親しくすることを制限されなくてはいけない理由がわからない」
そこまでいうと、アメリア様はしおしおとうなだれた。
「ごめんなさい、過剰に警戒しすぎていたわ」
基本的に彼女は素直だ。ジョージはそこが好きだと言っていた。
「それに、事情もはなさないのに押しつけるのも、よくなかったわ…。珍しくイーライが友達って自分から認めた相手なのにね」
「アメリア、はなすの?」
「ええジョージ。このまま隠し続けるのもよくないわ」
どうやらジョージも、アメリアの事情について知っているようだ。
それからのアメリアの話はどうにも信じられることではなかった。
彼女には異世界にいた記憶があるという。そこでやっていた[乙女ゲーム]というものとこの世界がリンクしているそうなのだ。だから、ある程度はこれから起こることもわかる、と。
「そのゲームの中で、くだんの男爵令嬢セーラ様は、王子や他のみんなを虜にして私を追い込むのです。最終的にはジョージまで骨抜きにされてしまって、私は婚約破棄をされてしまいます」
「「「…」」」
「俺も最初は信じてなかったさ。でも、ほんとだったんだよ、今までも俺はたくさん助けられてきたし」
信じていない僕らの様子にジョージが焦ったように言い始める。
「だいたいおまえらだって、アメリアの予言に助けられてきただろ? ノアの父親が死なずにすんだのはどうしてだ? エリスをだまそうとしていたやつを返り討ちにできたのは誰のおかげだ?」
「まあ、確かに」
「アメリア様が嘘をついているとは思いにくいしなぁ」
ジョージのいうとおりだ。彼女が言っていることに嘘はなかった気がする。前世、とかも、信じられないわけではない。
ただ、彼女が言っているのが本当のことだとしても、僕にはあのサリィがあくどいことをしようとしているとは思えない。
結局その後は、アメリア様もサリィについてなにか言うことはなくお開きになった。
アメリアはいわゆる悪役令嬢に転生した女の子です。
王子がもしサリィに奪われたらと思って焦っています。