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シルキー・ブルースは撃たれない

作者: 理不尽な猫

 草原を愛車で駆け抜けていると、白い線が浮かんでくる。アクセルを踏み込むと薄汚れたシャツの襟を思い出させるような城壁が段々と大きくなっていく。

 門の前に着くと俺は車を停め、さっそく入国審査官の男に声をかける。


「入国希望のシルキー・ブルースだ。手早く頼むぜ」


 俺は滞在日数や入国目的などを告げると、三十代半ばに見えるその男は別に急ぐようすもなく、俺から聞いたことを書類に写していく。


「これで手続きは終わりだが、入国する前に話しておくことが二つある。」

 そう言うと男は俺の目の前で人差し指を立てる。

「一つは、この国で流行っている新しい感染症についてだ。まぁ新しいと言ってもピークは一年前で今は落ち着いている。だが念の為人混みを避け、マスクを付けて過ごすように」


 男は滞在日数分、三つのマスクを俺に渡してくる。


「まぁそいつは了解したが、もう一つは何なんだよ?」


「あぁ、二つ目は国を騒がしている殺人鬼だ」

 そう言うと今度は手配書を渡してくる。


「殺人鬼ねぇ、凶器は銃器であとは……って何だこりゃなんにも書かれてねえぞ」

 ほとんど手配書の役を果たしていないが、下の方には申し訳程度に『有力な情報提供、もしくは犯人を捕らえた場合には多大な謝礼を出す』という文と連絡先が書いてあった。


「犯人について未だ捜索中だ。三日程度なら大丈夫だろうが、むやみに夜道や路地裏を出歩かないようにしてくれ」


「こっちは対策なしか。わかったよ」

 俺は男に見送られながら、門を抜けた。



「ねぇ、そこのキミ。そうロングヘアの彼女」

 今俺が何をしているかというと、決してナンパなどではなく現地の人に道を聞くという、旅人ならありふれた行為である。声をかけた先が、たまたま俺好みの美人だっただけだ。


「なんですか?」

 振り向くと長い茶髪が彼女の腰を撫でるように流れる。狙い通りの美……地理に詳しそうな人だ。


「実はさっきこの国に入ったところでさ、宿を探してるんだけど、どこかいい場所知らない?」


「もしかして旅人?」


「まぁね、こいつとかれこれ一年くらい」

 道端に止めてある、S・Bと横に大きく書かれた車を指す。


「なら、ちょうどいいわ! 私の家に泊まっていかない?」


「え、キミの家に? ほんとに! 俺としちゃあ大歓迎だけど……」


「私だってもちろん大歓迎よ。ほら案内するわ、さっさと行きましょう」

 グイグイと俺を車に押し付けるように、背中を押す彼女。

 まさかの食いつきに面を食らったが、歓迎されるなら遠慮なく誘いに乗ろうじゃないか。俺は彼女を助手席に乗せると、気分良くアクセルを踏み込んだ。




「私の家に泊まるって、そういうことかよ……」

 彼女の家に着いた俺の気分は出発したときとは打って変わって、三日間放置したサンドイッチのように萎んでいた。


 別に、彼女が実家住みで頑固親父が出迎えだったわけじゃない。

 彼女の家はお金を払えば、一日二食の食事と風呂やふかふかのベッドを提供してくれる便利な場所だった。つまりは宿屋だ。この宿は彼女だけで経営していて、年老いた両親から引き継いだものだそうだ。小さいながらも客もそこそこ入っているようすだ。


「どういう意味だと思ったの?」

 俺の心の内を知ってか知らずかキョトンとした顔で聞いてくる。俺は、いや別に……。と顔をそらす。ここまで来た以上、断りようも無く俺はチェックインの手続きを済ませる。


 車の中で聞いた話だが、彼女の名前はジェシーというらしい。年は二十歳ぐらいだろうか、腰まで伸びた夕焼けのような少し赤が混ざった茶髪が特徴的だ。明るい性格で親しみやすく、笑った顔が可愛らしい。


「それじゃあこれが部屋の鍵ね、階段を登った突き当りよ。夕食のときは呼びに行くわね」

 屈託のない笑顔で言われると、とてもじゃないが部屋に誘う気にもなれず、俺は礼を言って鍵を受け取り部屋に向かった。


 その後、何をするでもなくベッドに寝転がっているとジェシーが呼びに来た。

 その日の夕食はシチューで、彼女の手作りだった。

 べらぼうにうまかった。



 次の朝、早くから目を覚ますと、俺は手短にそれでも不潔にならないように身支度を終わらせる。さっそくジェシーに会いに一階まで降りて、彼女を探すとキッチンで朝食の準備をしているようだった。エプロン姿もなかなかそそる。


「おはようジェシー。何か手伝うことはあるかい?」


「おはようシルキーさん。お客さんに手伝わせるわけにはいかないわ、座っていて。もうすぐ用意できるから」

 素直にジェシーの言葉に従って、テーブルに腰を落ち着かせる。しばらくすると彼女が二人分の食事を持ってくる。ハムエッグにきゅうりとレタスのサンドイッチそれとコーヒー、オーソドックスな朝食だった。


「おまたせ、朝早いのね。びっくりしたわ」


「旅人の朝はこんなもんだよ」


「その割には、眠そうね」

 くすりと笑いながら言うジェシーに俺は肩をすくめると、カップに口をつける。寝ぼけていた体に暖かさが広がっていく。まだ早朝の食堂には俺たちしか来ていない、二人きりだった。


「もしよかったら、ジェシー。後でこの国を案内してくれないか? 今日は観光でもしようと思っててさ、案内役がほしいんだよ。こう見えても俺、金だけは結構あるんだよ。お礼に何でも買ってあげるしさ、どうかな?」


「こんな朝から?」


「早いほうがいろいろ回れるだろ」


「まぁ、そうね。でもどっちにしろ私はだめよ。宿に居なきゃ、他のお客さんだっているんだし」

 ジェシーはコーヒーをスプーンで混ぜながら答える。


「なら、昼からはどうだい? 昼間なら泊まってる客はほとんど出払っているし、少しジェシーが居なくても大丈夫さ」


「うーん、ごめんなさい。誘ってくれるのは嬉しいけど、何かと大変なのよ一人で切り盛りしていくのも」

 申し訳無さそうに謝るジェシーに、なら仕方ないさ。と笑顔を向ける。場をつなぐようにカップを口につけたが、もうないことに気づいた。彼女が新しく淹れてくれたカップを受け取り礼を言う。


「そうだ、健康診断はもう受けた? たしか国外の人でも無料で受けられるはずよ」

 昨日、入国審査官がそんなことを言っていたのを思い出した。


「私も一週間前に受けたのよ、ちょっと時間はかかったけど特に悪いところはなかったみたい」

 せっかくの彼女からの提案だから行ってみることにした。まぁどうせ暇だしな。




「特に異常は無いですね」


「そうかい」

 病院についてみると簡単に検査を受けることが出来た、そして検査もトントン拍子で進み、もう結果が出たそうだがあまり実感が無い。


「実に健康な体ですね、何かスポーツでも?」


「まぁ、護身術くらいは」


「なるほど、旅に危険はつきものですからね」


「……言わせてもらうけどよ、こんな検査で本当に大丈夫か? この国じゃ感染症も流行ってんだろ?」

 まだ、病院に来てから三十分も経っていない。いくらなんでも早すぎないか?


「大丈夫ですよ、我が国の医療技術は進んでいますからね。それに感染症についても、もう落ち着いていますから」


「ワクチンでも見つかったのか?」


「いえ、そういうわけでは無いのですが。まぁ皆さんの予防対策のおかげですかね」

 ……本当に大丈夫か。とても医者の発言には思えないが、新規感染が減っているのは本当らしい。


「理由はともかく、感染者が減ったのは本当に良いことですよ。私が言うのもなんですが、今の治療法では時間稼ぎしか出来ていないのにも関わらず、治療費が高額で患者だけでなくその家族にまで負担がかかっていましたから」

 そいつはたしかにいいことだな。まあ今度は殺人鬼が現れたみたいだが。


「ったく感染症といい連続殺人犯といい、大変な時期に来ちまったもんだ」

 悪態をつきながら医者の座っている机に目を向ける。俺の検査に関するものだけじゃなく、別の患者のカルテまで置かれている。俺が言うものなんだが適当な管理だな。


「医療に携わる者としては殺人など悪でしかないのですが、世の中にはいろんな考えの人がいるものですね」


「あぁ、まったくだ」




 女は麻酔ですやすやと眠っている。あとはいつも通りに事を運ぶだけだ。

 あたりには誰も居ない。それもそうだ、この時期のこんな時間に路地裏に来るやつなんて誰も――


「悪いが、ジェシーは返してもらうぜ。殺人鬼!」


「な、だ、誰だ!?」


「朝、あんたに検査してもらった旅人だよ。先生!?

 暗さで正確にはわからないが、見覚えのある金髪の青年だった。


「怪しいとは思ったがまさか今日とはな。宿に戻ったらジェシーが帰ってこなく慌てたぜ、急いで正解だったみたいだな」

 っく、まさかこのタイミングで邪魔が入るとは、だがなぜバレた?


「簡単なことさ、怪しいところはいくつかあった。治療法のない感染症に対する楽観的な態度、机に置かれたジェシーのカルテ。まあ一番はあんたの匂いだだよ」

 匂い? 反射的に匂いをかぐが別段変わったことはない。


「あんた、薬品の匂い以外にも染み付いちまってるのさ、殺人鬼に似つかわしい硝煙の匂いがよ」

 っ!証拠を残さないように気を配っていたが、硝煙の匂いだと。そんなものを嗅ぎ分けられるやつがいるなんて!


「医者のくせして人殺しとはよぉ。まったく救うか殺すかどっちかにしろってんだ」


「お、お前に何が分かる! 一度この病気に罹ってしまったら、金を払わず苦しんで死ぬか、金を払って家族まるごと死ぬしかないんだ! 私はそんな患者たちを何度も見てきた! もうたくさんだ!」


「自分が耐えられないからって殺人とは、いい根性してるな」

 な、な、な、なんだと!


「お前のようなよそ者になにがわかる! たしかに人を殺してはいるが同時に救ってもいるんだ! いわばこれは正義の殺人なんだ!」


「んなもんあるわけねぇだろ!」

 怒鳴るように叫ぶと、コツコツと旅人の足音が近づいてくる。


「く、来るな! それ以上近づいてみろ! 撃つぞ!」

 慌てて、内ポケットから拳銃を取り出す。旅人は拳銃を見て一瞬動きを止めたが、また歩き始める。


「無駄さ、そいつじゃ俺を撃てない」

 当たらないとでも思っているのだろう、馬鹿め。世界的銃器メーカーS・B社の傑作銃、素人でも当たるように機械が自動で補正してくれる、この距離なら当たったも同然だ。


「こいつなら、素人の俺でも使いこなせるぞ! 知らないなら教えて――」


「知っているさ、S36に搭載された照準自動補正システム。皮肉なもんだぜ、俺がこうして気ままに旅が出来るのはそいつのおかげなんだからよ」

 旅?なんのことだ?


「そしてもう一つの機能。対象識別システム。あらかじめ、設定しておいた人物、家族や友人などは絶対に撃てない。こいつで暴発などの事故はほとんど無くなって評判になったのさ」

 な、何だこいつは?一体何を言って――


「さて、ここで問題。S・B社の正式名称はなんでしょう?」

 この状況で何が言いたいんだこいつは、S・B社の正式名称だと?たしか――


「ま、まさかお前!」


「正解」

 旅人が拳銃を抜くのと、銃声はほとんど同時だった。



「本当にもう行ってしまうのですか?」


「あぁ、もてはやされるのは苦手なんでね」

 入国のときとは違い見送りに来たのは若い男で、名残惜しいようすだったが、俺はすでに出国手続きを終え、あとは去るだけの状態だった。


「もう少し滞在していただければ、きちんとお礼ができるのですが」


「別にこいつで十分さ、ちょっと賭けに負けて金欠だったから助かったよ」

 後部座席に積まれている、宝石の詰まった袋の山。これならどこの国でも価値がある。


「それにしても、まさか医者が殺人なんて、驚きましたよ。よく捕まえられましたね」


「偶然、現場に居合わせたんだよ。女の子を追ってたら偶然ね」

 あはは、と若い男は乾いた笑いを漏らす。


「それにしても、こっちの医療機関への多額の寄付は誰なんでしょうね。記事には金額が金額なだけに、個人じゃなくどこかの企業じゃないかって書いてますけど」


「さぁね、どこかのお人好しだろ」

 会話を切り上げ、車の窓を閉めようとしたとき。


「シルキーさぁーん!」


「ジェシー!」

 長い髪をなびかせながら走る彼女を見ると俺はすぐに助手席側の窓を開け、身を乗り出す。


「黙って行こうとするなんて寂しいじゃない」


「わざわざ見送りに来てくれたのかい?」


「もちろんよ! ほらこれ持っていって、さっき作ってきたの」

 そう言うと手に持ったバスケットを渡してくる。中を見るとサンドイッチやサラダがぎっしり詰まっていた。


「嬉しいよ、こんなことまでしてくれるなんて」


「いいのよ、そんなこと。昨日の感謝の意味もあるんだから」

 ちなみに昨日のことは何も伝えていない、道端で疲れて寝てしまった彼女を、俺が見つけて宿まで運んだことになっている。感染症のことは治療費もこれからは安くなるだろうし、あとで通達が行くように根回しもしておいた。

 まぁ、新聞かニュースを見るまではバレないだろう。


「それじゃあ、私は戻るわね」


「おいおい、もう行っちゃうのかよ」


「宿を放っておけないもの。これは餞別ね」

 一瞬頬に柔らかい感触が触れたかと思うと、少し照れ臭そうには微笑んだ。


「あの時、助けてくれてありがとう」

 呆けている俺を置いて彼女はじゃあ、と言って駆け出していく。どうやらあの夜のことをどこかで知ったらしい。


「これじゃあ、かっこつかねぇな」

 賭けは負けだと思っていたが、最後の最後で価値が転がり込んできたみたいだ。


「また来るよ!」

 彼女の後姿にそう叫ぶと、彼女は走りながら手を振って答える。それをサイドミラー越しに確かめると、俺は景気よくアクセルを踏み走り出した。



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