⑨ 防空壕で
「おい!!」
俺はすぐさま雪に合図した。
雪はすぐさま明かりを消す。
「こっちへ。」
俺達は境内裏の森へ走った。
なんの変哲も無い一つの木の下にたどり着き、落ち葉をかき分けると戸があった。
そこは、地下の防空壕へと続いている。
フェリシアに降りるように言った。
「じっとしてて。俺達は他の子らを探してくる。」
来た道を戻ろうとしたら、他の子達がこちらへ走って来るのが見えた。
「こっち!」
なるべく声を落として合図を送る。
子供達が、ミカが居ないと泣きじゃくる。
ミカとは6歳くらいの女の子で一番年下だった。
「あと、おじさんも…。」
おじさんとは伊織の父の事だ。
ここ最近ずっと床に伏せっていて久しく姿を見ていない。
「わかった!探してくるから、お前たちは先に潜ってて。」
子供達は慣れたように地下へ降りていった。
ちゃんと訓練されているようだった。
「俺はおじさんを探してくる。雪はミカを頼めるか?」
雪は何か言おうとしかけた様だったが、頷くだけに留めて駆けて行った。
俺も境内の奥のおじさんの部屋へと走った。
襖を開けると、布団の上におじさんが横たわっていた。
「おじさん?」
「誰や…?」
しわがれた声が聞こえた。
「凛太郎です。お久しぶりです。」
「久し…ぶりやな…」
垂れる蝋が手につかない様に、手ぬぐいをぐるぐる巻いたロウソクを近付けると、おじさんは骨と皮だけの姿に成り果てていた。
話すたびに、肺から空気が抜けていくような、ヒュッとした音が聞こえた。
顔も土気色で、目は真っ黄色だった。
病人特有の据えたような匂いが鼻腔を刺激した。
直感的にもう長くはないと思った。
「もう…歩けんったい…。おいはもうよかぁ…。」
おじさんは防空壕に行く事を拒んだ。
確かにここに寝ているだけであれば、そんなに危険も無いのかもしれない。
それに地下に降りれるだけの体力さえ残って無い様に見えた。
「わかったよ。おじさん。」
「はよ、行きぃ…」
俺は立ち去ろうとした。
「伊織と雪と子供たちば頼む…すまんな…。」
「うん、分かってるよ。俺が皆を守る。」
俺は襖を閉めておじさんの部屋を後にした。
心臓がバクバクする。
おじさんがあんな姿になって居る事を知らずショックを受けたのだ。
だから、さっき雪は何かを言いかけて居たのか…。
俺は、とにかく子供達の元に急いだ。
途中、ミカを抱いた雪を見つけた。
「おい、雪!早く地下に潜るぞ!」
俺は、なるべく声を落として言う。
「ちょっとミカを連れて行ってください。子供達を見てて欲しいんです。僕は、知り合いのおばさんが腰を悪くしてるので、村まで降りてちょっと見て来ます。」
そう言ってミカを押し付けられる。
ミカは着物の袖を仕切りにしゃぶっていたが、落ち着いた様子だった。
元々大人しい子だ。
「早く戻ってこいよ?」
俺はちょっと苛立った声で言ったが、雪は振り返りもせず森の中に消えてしまった。
面倒見が良過ぎると思ったが、それが彼なのだろう。
寺で甲斐甲斐しく子供達の世話をし、家事をする彼の姿が脳裏に浮かんだ。
とりあえず子供達が気になるので、子供達の元へ急いだ。
戻ると、子供達は鼻をすすって泣いていた。
防空壕の中は、十畳くらいはあり、天井には白熱電球が揺れている。
「大丈夫だ。また、すぐにどこか行く。」
だいたい、これまでも戦闘機はこの村を通過するだけだった。
「何もない田舎だからな。きっと大丈夫だ。」
「雪はどこ?」
とフェリシアが不安が張り付いた声音で言う。
「雪は知り合いのばあさんの所に行った。すぐに戻って来ると思う。」
フェリシアの顔が曇る。
「大丈夫だから。この後、美味しいご飯いっぱい食べような。干し柿が俺ん家にある。食べたいか?甘いぞ。」
「うん、食べたか…」
一番食い意地のはっている、マモルがボソリと言う。
「そっか、他に食べたいのあるか?」
「カステラ」
ヨウコが言う。
「いいな!父さんに買ってもらって皆で食べよう。」
実際、手に入るかは怪しいものだった。
軍への食料供給が優先されたため、俺達は店も家庭も節制を余儀なくされている。
肉は勿論の事、魚もこの数カ月食べれていなかった。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
子供達は、防空壕に用意してあった布団の上で眠って寝息を立てている。
父や伊織はどうしてるだろうか。
近くの防空壕にうまく逃げていれば良いが…。
雪のやつ、遅いな。
知り合いのばあちゃんとやらと一緒に別の防空壕に逃げ込んだのだろうか。
それとも、何かあったのだろうか。
心配事が次から次へと頭の中でグルグルまわった。
俺は防空壕を飛び出した。