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最寄り駅の怪  作者: 彩葉
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二、トイレの先

 俺が普段からよく使っている最寄り駅は、やっぱり変な噂が絶えない不思議な場所である。



「あっつ~……」


 ミンミンうるさい蝉の叫びに夏の到来を感じる。

まだ暑さに慣れない体だが、へばってる暇もなく試験にレポートにバイトにと、まるで何かに追われるような毎日の繰り返しだった。


 これ以上シフト減らすのも生活が厳しいし、でも単位は落とせないし……

正直結構ツラい。


「ふぁ……(ねみ)ぃ」


 今日も今日とてどうにもならない現状に焦りを覚えながら、電車に揺られて帰路につく。


 ガタン、ゴトン──


 ガタン、ゴトン──


 この後はバイトかぁ。

面倒だけど一旦ボロアパートに帰ってシャワー浴びてからバイトに行くとするか。


──頭不知(かしらず)~、頭不知~。


 あ、着いた。

ヒョイとホームに降りれば、ムワリとした空気がまとわりつくのを肌で感じた。

うんざりしながらも他の乗客の流れに合わせてホームをドヤドヤと突き進んでいく。


 色褪せたガタガタのベンチに、あちこち剥がれた古めかしい待合室──

夜になるとチカチカ点滅する汚れた蛍光灯──

字が薄いわ汚いわで読みにくい時刻表の案内板──


 ボロい、ボロすぎる。

しかしこの駅がここまでボロいのは実はホームだけだったりする。

この頭不知(かしらず)駅は昔からある駅で、何度も改装工事を繰り返したおかげでボロい場所と新しい場所とが混在する変わった雰囲気の場所なのだ。


 コンコースに出れば壁と床がガラリと変わり、ピカピカに光を反射するお洒落空間に様変わりである。

この綺麗空間は改札まで続き、改札を出るとまた少し古い感じの駅に変わるのだ。


 ちなみにコンコースの外れにあるトイレは普通である。

出来ればもうちょっと頑張ってトイレも新しいものにして欲しかった。


「……っと」


 そうだ、どうせならトイレ寄ってから帰ろう。


 そう思い立つやいなや、俺は改札に向かう人の流れを横切り、コンコースに対して垂直に続くトイレへの脇道に入った。

右側手前が多目的トイレ。

その奥が女子トイレ。

その向かいにある左側奥が男子トイレだ。


 この辺りは未改装だからか少し薄暗くて居心地が悪い。

いや、居心地良くてもトイレに長居する気はないけどさ。



 さっさと用を足し、ちゃっちゃとトイレを後にする。

さて帰ろうと男子トイレの出入り口を出た途端、言い様のない違和感を感じた。


 ?


 あれ、ここの通路こんなだったっけ?

はたと足を止めれば、すぐに違和感の正体に気付く事が出来た。


 正面は普通に女子トイレである。

右斜め前も多目的トイレである。

このまま右に曲がっていけばすぐ綺麗な通りに出るのだが、問題は左側にあった。


 なんと行き止まりだと思っていた場所に道が続いていたのだ。

トイレに入る時は全然気にもしてなかったけど……え、ここ壁無かったっけ?

俺の記憶違い?

それとも最近増築でもしたのかな。


 左側の通路はすぐまた左に直角に曲がっており、その先は電球が切れているのかより一層暗くなっているようだ。

ちょっと気になって覗き込んでみれば、角を曲がってすぐの所に立て看板が置かれていた。

一瞬「トイレ清掃中」とか書かれた看板が放置されてるのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 う~ん、薄暗い上に字が掠れていて読みにくいな。

えーっと何々……「この先、いきどまり」?


 あぁ、関係者以外立ち入り禁止って事かな。

っていうかここ、マジで暗いな。

来た時こんな薄暗かったっけ?


 まぁいっか。

帰ろ……


──ふわり


 突然、嗅ぎなれないような、でもどこか懐かしいような……

とにかく不思議な香りが鼻をつき、俺の足は地に縫い付けられたように動かなくなった。


「なんだ……?」


 どこで嗅いだんだっけ、この匂い。

もの凄く良い匂いで、もの凄く食欲をそそる、もの凄く腹の空く匂いだ。


……あぁそうか、これ、あれだ。

何ヵ月か前に嗅いだ弁当屋の焼き肉の匂いだ、間違いない。

また嗅げるなんて思わなかった。

またこの匂いに出会えるなんて、俺はなんてツイてるんだろう。


──ふわり


 やっべぇ、超良い匂い。

もしかしたらこの道の先にはあの弁当屋のバックヤードがあるのかもしれない。

「この先、いきどまり」だぁ?

知るか。


 スッと看板を避けて角を曲がろうとした瞬間、誰かに服の裾をグイッと引っ張られた。


「っ!?」


 悲鳴こそ出なかったものの完全に油断していた為、心臓がひっくり返る程驚いた。


「ぇ、な、何?」


 バクバクと早鐘を打つ胸を押さえながら振り返る。

そこには見知らぬ少年が俺のシャツの裾を握ったまま、無表情でこちらを見上げていた。

怖っ!


 俺は引きつる表情筋を自覚しつつも「何?」と再度少年に声をかける。

子供でも読めるような看板を無視したのを、よりによってこんな十歳そこらの小学生に見咎められるなんてバツが悪いったらない。


 気まずさからか冷や汗がドッと流れ出す俺に対し、少年は眉一つ動かす事なくポツリと呟いた。


「そっち、ダメ」


「え、あ、うん。そうだね。入っちゃダメってあるもんね」


 いくら子供相手とはいえ、流石に「俺は関係者だから行っても良いんだ」なんて嘘を吐く気にはなれない。

しかし彼はふるふると首を振って「そんなこと書いてない」と看板を見下ろした。


『この先、いきどまり』


 いやまぁ確かに入っちゃダメとは書いてないけども。

そんな揚げ足をとらんでも良くね?

少しムッとすれば、少年はまたクイクイとシャツを引っ張ってきた。

いや伸びるわ!


 そう文句を言うより早く彼は酷く抑揚の無い声でポツポツと言葉を紡いだ。


「ここの字はひらがなだから、行っちゃダメなんだって」


「?」


「何がとまるか分かんないから怖いんだってさ」


 声変わりも程遠い少年の声がぐるぐると頭を駆け巡る。


 ひらがな?

何が止まるか分からない?

何の話だ?


──いきどまり


──いき、どまり


 頭の中で色々な漢字変換が導き出され、背筋がゾッとする。

誘うように漂ってきたあの香りはもうしない。

「いきどまり」だというこの暗い通路の先に、まだあの匂いの元があるのだろうか。


 欲望のままに突き動かされていた先ほどとは違い、確認しに行こうという気は全く起きない。

戻らんとする俺の意思を察したのか、少年はあっさりと手を離してくれた。

もしかしたら俺はこの見ず知らずの少年に助けられたのかもしれない。


「えーっと……」


「じゃあね」


 少年はもう俺に用はないといった様子で踵を返し、そのまま男子トイレに入っていってしまった。

礼を言う為だけにわざわざ出てくるのを待ち構えるのも悪い気がする。


 バイトもあるし、結局俺はそのままその場を後にする他なかった。





「……マジかよ……」


 翌日、あの通路がどうしても気になった俺は、普段より早く家を出て駅に向かった。

そしてトイレの方を覗き見て愕然とする事となる。


 男子トイレと女子トイレの先には薄汚れた壁しか無かったのだ。

曲がり角はおろか、通路のつの字も無い。

嘘だろ。

じゃあ昨日見たあの先の見えない暗い通路は何だったのだろうか。


『この先、いきどまり』


──息止まり


──遺棄留まり


──逝き止まり


──逝き留まり


 果たしてどの字が正解だったのかなんて知るよしもない。

あの少年はこの言葉の意味をどこまで知っていたのだろうか。

彼の聞いた風な口振りからでは判断がつかない。


 もしあの匂いに誘われるまま進んでいたら、俺は今頃どうなっていたのやら──


「……っ、()ぇ~……」


 やはり変な噂が絶えないだけの事はある場所だな。

止まない両腕の鳥肌を擦りながら、俺は弱々しく頭を掻いたのだった。

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