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ポストサピエンス  作者: Aju
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6 ー環境アートー


 明らかに場にそぐわないスーツ姿の男が数人、作品の「通路」の上を行ったり来たりしながらスマホで画像を撮影したりしている。フェスが始まって3日目の午前11時頃のことだった。

 佐々木は、やや不審な面持ちでそれを眺めていた。男たちは、作品を鑑賞しているというより、何か値踏みをしているような雰囲気だった。

 何をしているのだろう?


 佐々木が訝しげに眺めていると、しばらくして年配の男性と中年の女性が近づいてきた。どうやらこの女性もグループの一員らしい。

「こちらの作者の佐々木さんでいらっしゃいますか?」

 年配の男性が、温厚そうな貌に品のいい微笑を浮かべて話しかけてきた。

「そうですが。」

「私はこういう者です。」

と男性が差し出した名刺には「三丸商事常務 山下敏彦」と書かれていた。

「私は、東京都の都市環境部の岸田と申します。」

女性の方も名刺を差し出した。肩書きは部長だった。


 今まで彼の展示会にこういう肩書をくっ付けて訪れた人はいなかったので、佐々木は少々面食らった。

 もちろん、作品を買い上げてくれた人の中には「どこそこの社長」というような人もいたが、それは購入を決めたあと雑談の中でわかったことで、いきなり名刺を見せてアプローチしてきた人は画廊関係者以外にはいなかったのだ。


「よろしければ少しお話を聞いていただけませんか。」

 山下と名乗った年配の紳士は、近くのオープンカフェを片手で指し示しながら言った。

 佐々木が頷いて2人と一緒にカフェの方に歩き出すと、作品の周りにいた若手3人も後をついてきた。どうやらこの紳士の部下であるらしい。


 飲み物を注文すると、年配の紳士は真剣な表情になり、佐々木の目を覗き込むようにして話し始めた。

「実は、うちの高層ビルの足元空間のリニューアルを考えておりまして・・・。それを東京都さんと共同で計画することになりました。」

 三丸ビルというとあれか、と佐々木はその姿を思い浮かべた。

「つきましては、突然のお願いで大変恐縮なのですが、この公園空間全体を先生のオブジェを中心に、栗田先生とお二方でデザインしていだだけないかと。我が社のCEOも強く望んでおりますので。」

「都としても都市景観整備の観点から、予算面での後押しを考えております。」

 岸田と名乗った女性が、間を開けずに続けた。

「本日はその打診に、こうして伺った次第です。先生は必ず展示場にいらっしゃると伺っておりましたし、電話だけでは失礼にあたると存じまして。」

 年配の紳士は、佐々木がまるで大作家でもあるかのように慇懃な態度で言った。


 佐々木は我が耳を疑った。何かの冗談なのでは・・・とさえ思った。彼のような駆け出しの若造にいきなりこんな大きな話が舞い込むなど、普通では考えられない。

 もちろん佐々木自身そういう偉い人にコネがあるわけでもないから、その線も考えづらい。どこかでモニタリングのカメラが撮影しているのではないか?


 確かに、商店街や商業ビルなどで多少の実績は積んだが、まだ国際的な展覧会などで大きな賞さえ取ったことのない佐々木に、なぜこんな大きなプロジェクトの話が突然舞い込むのか。

 そんな怪訝な表情が顔に出たのであろう。山下は破顔して

「いや、佐々木先生は謙虚な方だ。」と、少しくだけた雰囲気になった。

 佐々木は「あ、ひょっとして栗田さんのコネだろうか?」と一瞬思ったが、あの人もそんな大それたコネがありそうには見えなかった。


 山下は佐々木の不審を解くつもりなのだろう、別のことを話し始めた。

「訝しがられるのも当然かと思います。失礼ながら、先生は才能溢れる新進気鋭の作家とはいえ、まだ実績は多くありません。」

と、人懐っこい笑顔のままでずけりと言う。

 このあたり、大企業の経営陣に加わるだけあって、一筋縄でいくような人物ではなさそうだった。

「CEOは、このリニューアルで高層ビル街への若者の流れを呼び込みたいと考えております。低層部分に商業系の尖ったテナントを誘致し、イベント空間も用意してゆく考えです。」

 山下はゆっくりとした手つきでコーヒーを一口飲み、続けた。

「若者を呼び込む空間には、大御所の作品より若い作家のモニュメントがいい。そういうことで、私どものプロジェクトチームのメンバーが探しているうちに、先生のホームページにたどり着き、その場のほぼ全員が推薦したというわけです。」

「私も都市環境の整備の立場から情報を集めている時、偶然にも佐々木先生のホームページに出会いまして、ほとんど直感的に『この人だ!』と感じたのです。」

 岸田がすかさず、そんなふうに言葉を添えた。


「我々のチームのキュレーターも、先生の『閉じない作風』が今回のプロジェクトのコンセプトにぴったりだと太鼓判を押しました。」

 若い男性の一人が、ぺこりと頭を下げた。この人がキュレーターらしい。

「ところが我々が報告に行くと、なんとCEOも先生のページを開いているじゃありませんか。いや、もう奇遇と言うほかありません。」

と山下はまた笑顔を見せた。

「私やプロジェクトチームのメンバー、CEO、都の岸田さん・・・これらの人が、まったく別方向からのアクセスで同じ作家にたどり着いたのです。これはもう、佐々木先生にお願いするしかない、という話になったと。こういうわけです。」


 佐々木は口の中が乾いて、水を一杯飲んだ。

「よろしければ、うちのCEOとも会っていただけませんか。CEOがこちらに伺うことも考えましたが、現地を見ていただくことも兼ねて私どものビルにお越しいただく方が良いと思いますが、いかがでしょう。もちろん、こちらの会期が終わってからで結構ですので。」

 相手はもう、佐々木に依頼すると決めきっているような口ぶりだった。佐々木は水を飲んでも口の中の乾きが治まらなかった。


 こんなビッグチャンスは、望んで来るものじゃない!


 佐々木は2〜3度、舌を湿らすように口の中で前後させてから、ややかすれた声でやっと言った。

「わかりました。私としてはこれほど光栄な話はありませんが、一応、栗田とも相談しなければなりませんので、追ってご返事いたします。」

 それから、慌てて付け加えた。

「できるだけ速やかに。」

 この集団は、この後、お礼の言葉といくつかのリップサービスのようなことを言って辞し去った。が、その内容は佐々木の耳にはほとんど入っていなかった。

 なんとしても栗田さんを説得しなければ・・・。


 もちろん、栗田がこの話を断る理由はなかった。

 佐々木はその日のうちに、山下氏に電話を入れた。


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