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ポストサピエンス  作者: Aju
33/40

33 ー点と線 ー


 翌週、田県はソフトモビルの本社に出かけ、白石克己に面会した。高橋の顔が効いたのか、受付の応対も良く、2階の応接ラウンジの指定テーブルナンバーを案内された。

 そこはビル内であるにもかかわらず、本物の樹木の植え込みがインテリアのように配置された空間だった。天井パネルの一部が明るい照明になっている。あれが太陽光の代わりか・・・と田県は思った。


 ほどなく白石がエレベーターから降りてきた。背が高く、均整のとれた体つきは、若い頃スポーツをやっていたことを思わせる。40代後半くらいだろうか、髪にやや白いものが混じり始めているが、染めたりはせず、ナチュラルで、しかも小ざっぱりとした髪型は、田県に好感を持たせた。

 陰のない人当たりの良さそうな人物——という第一印象だ。

「初めまして。ソフトモビル開発部の白石です。」

 まろやかさのある快活な声で自己紹介しながら、白石は名刺を差し出した。

「どうも、初めまして。フリージャーナリストの田県です。この度はお忙しい中、時間を割いていただきまして。」

 田県も名刺を差し出して自己紹介すると、簡単に取材目的を告げた。

「21世紀の環境技術を取材していまして・・・」

 もちろん、それは表向きの話でしかない。

「ビルの中に本物の木があるんですね。」


 相手が自慢話をしやすそうな話題から入るのは、田県のいつものやり方である。

「ああ、これですね。自動給水には雨水を使ってるんですよ。しかもこれ、太陽光で光合成して生きてるんです。」

と、白石が笑顔で答えた。

「あの天井の光ってるパネルね、あの光は屋上で集めた太陽光を光ダクトというものを使って直接ここまで持ってきているんですよ。だから曇ると暗くなります。」

「光ダクト、ですか・・・」

「ええ、内側が全面鏡の筒みたいなものなんですが・・・」

 田県は、電気で植物のための太陽光を再現しているのだとばかり思っていたので、少し意外だった。

「各フロアのオフィススペースの照明も、昼間はほとんどこれで賄っています。このビル、これでいて電力は全く外からは買っていないんですよ。」

「すごいですね。」

「本社ビル自体、21世紀の環境テクノロジーの見本市ですよ。」

と、白石は屈託のない笑顔を見せた。

 ここまでは、まずまず田県のペースと言っていい。


 白石が簡潔明瞭に説明してゆくビルのシステムについて、田県は熱心にメモをとっていった。これはこれで、必ずどこかに売れる記事がかける。

 その中で発する質問に紛れ込ませて、本筋についてのさりげない質問を重ね、エージェントの存在を探る。

 田県の嗅覚では、どうやら白石自身はそれではなさそうだった。浜中の研究も、ソフトモビルが将来性を買って先行投資している数多くの大学の研究の1つに過ぎなかった。

 その中で突如としてこのプロジェクトが経産省まで絡んで動き出したことに、白石もまた高橋と同じように驚いているようだった。

「実はね・・・」と白石は少し照れくさそうな表情で笑った。

「政治がらみの話だろうか——と、最初の頃は疑ったんですよ。変な罠にでも落ちて、先々会社が世間から叩かれるようなリスクがなければいいが・・・と。そこで、うちでも独自に調査してみたんですよ。でも、何も出てきませんでした。」

 白石はまた、屈託なく笑った。

「こういう流れが、全くつながりのない場所から同時多発的に持ち上がるのは・・・やっぱり、時代の要請ってものなんでしょうかねぇ。」

 このあたりの感想は、三丸の山下のそれに似ている——と田県は思った。

 ただ、単純にそういうものではない——という「証拠」を、田県は握っているのだが・・・。


 結局、1時間近い取材の中ではっきりしたことは、白石はシロだ——ということだけだった。

 そしてもう一つ、高橋のところで名前が上がった3人の政治家が、ここでもソフトモビルに接触してきているということだった。

 これは当然と言えば当然ではあるが、しかし、この3人の政治家は洗ってみなければなるまい。


 だが・・・・とも田県は思う。


 この『実証実験』と、『新宿の眼』と『ヴィータウン』には、それぞれ接点がまるでない。関わっている関係者に、何の接点も存在しないのだ。まるで『Tデータ』のようにバラバラだ。

 点ばかりで、結びつける線が1つも現れてこない・・・・・。野崎の分析では、間違いなく同じようなことが起きているのに・・・だ。

 これは、何を意味しているのだろう?


 とりあえず田県は、浜中を後に回して、この3人の若手政治家の周辺を洗ってみようと考えた。3人に直接会うのは、外堀をある程度埋めてからでいい。

 3人がエージェントだと仮定して、彼らに指示を出している何者かは、その周辺の人間関係の中に潜んでいるはずだ。


 もちろんまだ、白石の周辺で、ソフトモビルの内部に目立たないエージェントがいる可能性はある。が、そういう者がいるならば、この3人の政治家を取材してゆくうちに自然に浮かび上がってくるだろう。

 田県は、そんなふうに取材方針を決めると、まずはNET検索を駆使して、彼らの人間関係の情報を精力的に集め始めた。

 政治家の人脈は広い。ポイントを絞っていかないと、片っ端からの絨毯爆撃では、糸口を掴むだけでも何ヶ月もかかってしまう。


 一方、野崎は期末の忙しい時期であるにもかかわらず、2月に入るとすぐに無理やり時間を作って、羽田と一緒にクリップアーツにやって来た。

 共同研究の契約を結ぶためである。

 岡田が、野崎研究室に「研究費用」の提供をすることを契約書に盛り込んでいたことも、野崎のスケジュール無理やり調整のモチベーションの一つになっているらしかった。


 田県は、その情報を羽田から聞いた時、思わず電話口で笑ってしまった。あのお嬢さんらしいや・・・。良くも悪くも、正直な人だ(笑)。

 野崎のそんなところが、田県は嫌いではなかった。たぶん羽田も、田県と野崎のそんな妙なバランスの良さを感じ取っているから、こんな情報を田県に流してくれるのだろう。

 3人はけっこう良いチームになってきているようだった。この取材は、きっと上手くいく。

 だからこそ——とも田県は思う。

 野崎や羽田を、ある時点から先には巻き込みたくない。この事案は、彼らのような善人が踏み込むには危険すぎる領域にあるように、田県には思えるからだ。


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