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ポストサピエンス  作者: Aju
32/40

32 ーゲームメーカー ー


 いくらなんでも、そんなこと・・・。と、他の皆は思った。

 それでは社会そのものが成り立たなくなるではないか。そんなハッカー、またはハッカー集団がいるとすれば、軍事機密など有って無いに等しい。各国の核のボタンを彼らが握っているところを想像してみよ!


 しかし、そんな重い空気の中で、オブザーバーの少女だけがまったく別のことを言い出した。

「私はなんとなく、ヴィータウンそのものが作り出したような気がするな・・・。」

 その言葉に、皆、一瞬虚を衝かれたような顔をして動きが止まった。

「え? それって・・・どういう意味です?」

 最初に言葉を発したのは羽田だった。それからすぐ、竹内が少女の言った意味を理解したらしかった。

「それはないよ、七海。夢のある話だけど、ヴィータウンのプログラムにそういう機能は含まれていない。作った僕らがいちばん分かっている。どんなによくできていても、プログラムはプログラムなんだ。」

 竹内が、やや苦笑気味に微笑んでから、工藤の方に同意を求める視線を送った。工藤は少し要領を得ないような表情で、こくり、と頷いた。

「とにかく」と羽田が、テーブルの上の資料を片付けながら言った。

「私たちに分析をやらせてください。それをやらないと、すべては想像の話だけになってしまいます。」


 田県と羽田の2人が帰ってから、事務所の中で岡田が竹内に話しかけた。手元には羽田が置いていった画像のプリントがある。

「どう思う? 竹内・・・。本当にハッキングされてると思うか?」


 岡田と竹内は身内だけになると、学生時代のようにお互いを呼び合っている。なんだかその方が、距離が開かなくていいように感じるからだ。

 ただ、いつまでもこのままじゃいけないな——と岡田は思ってはいた。いずれ、会社がもっと大きくなったら、それなりのケジメはつけていかなきゃいけないだろう。そうでないと、岡田——竹内ラインの人間関係だけが他と区別されてしまい、組織に新陳代謝を生む活力が失われて持続性を失ってしまう。

 ただ、もう少し———。もう少しこの居心地のいい空間に居たい・・・。と岡田は思っていた。


 竹内が、少し考えてから、岡田に答えた。

「工藤さんが頑張ってくれてた内容は、僕も逐一報告を受けているんだ。正直、これだけ調べて何も出てこないようなハッキングができるとは思えない。・・・だけど、これがある・・・。」

 竹内は、机の上のプリントの束に目を落とした。

「野崎研究室が集めた生データがあれば、うちのサーバーのものかどうか、すぐにでも検証できるんだがな。」

「特定のキャラクターのデータを丸ごと消そうとしたら、・・・そんなことを外からやったら、必ず何か痕跡が残るはずです。私たちがやるようなレベルのプログラミングをやって、その部分、まるっと差し替えるくらいのことやらないと・・・・。」

工藤が、まだ信じられない——といった面持ちで言った。

「七海。これ、本当にお前が見たシーン?」

「うん。間違いないよ。IPPOタウンのはずれの畑で、声かけられた時のだもん。相手の服装も覚えてる。銀色の短い鎧みたいなの着て、背中に長い剣背負った女の人だった。」

 竹内の問いに七海が答えた。


「さっき、七海ちゃんが言いかかったことさ・・・」と、今度は岡田が七海に質問した。

「あれ、どういうこと?」

「いや、・・・ただの私の想像です。一歩さんもああ言ってるし。」

「その想像を聞いてみたいんだけど・・・。」

 七海は、ちらっと一歩の方を見た。一歩は、苦笑いして一つ頷いた。岡田は技術系は疎いから、七海の空想もきっぱり否定できないんだろう。


 七海はもう一度、一歩の方をちら見してから話しだした。

「えーっとですね・・・。ヴィータウンって、みんながいろんなこと入力して出来ていくじゃないですか。そういう中には入力間違いとか、なにげに入れちゃったものとか、たくさん有ると思うんですね。それをAIが拾って——、それでまたみんながいろんな入力してるうちに、建物や田んぼが出来るみたいにアバターが出来ちゃうってことは・・・」

 竹内が吹き出した。

「あのね。『AI』とか『ディープラーニング』とか言ってもね、入力されたものを認識して結果を出すだけで、何かを創ったりはできないんだよ。認識の方法を進化させていくだけなんだ。それと、田んぼや建物はあらかじめ部品が用意されてるんだ。」

 七海は「ほ〜ら、見てよ」という顔で、岡田の方を見た。岡田は自分が笑われたみたいに、少し嫌な顔をした。


 工藤は相変わらず、要領を得ない表情をしている。岡田はそれに気づいている。

 が、今は踏み込むことをやめておこうと思った。もう少し事実が揃わないと、何を議論してもただの想像にしかならない。

「とりあえず総務に、野崎研究室との契約書の作成をさせるよ。」

 岡田は、この井戸端会議を、そういう言葉で締めくくった。


 この間、工藤鈴音は、少し違うことを考えていた。

 竹内さんはああ言うけど、七海ちゃんは上手く説明できてなかったけど——あり得ない話じゃない。

 何かを創り出す要素なら、ゲーム内にちゃんとある。2万人を超えるプレイヤーこそ、それではないか。『ヴィータウン』はもともと、極めてクリエイティブなゲームだ。なにも、AIやプログラムが創り出す必要はない。

 創作を行う2万を超える要素があり、それを管理運営するAI がある——。全体で大きなアルゴリズムの集合体なのだと考えれば、まったく何も生み出せない——とは言い切れないんじゃないか?

 例えば、たい焼きのはみ出しが少しずつ別の型の中にたまって、たい焼きモドキが出来てしまう——というのは、あり得ないことではないように、正規の手続きだけでやり取りされた情報が、ヴィータウンという、ユーザーの創造性を極限まで活かそうとする特化型AIとのセッションの中で「誰も意図していなかった」何かを生み出してしまう——ということは・・・。

 そう考えれば、「痕跡」が見つからないのも頷ける。


 ただ・・・それにしても・・・・、アバターを作り出すところまで行くだろうか?

第一、ヴィータウンでそんなことが起きるのかどうか——。技術者としての工藤は、それを竹内を前にして言い出すほどの根拠を持っていなかった。

 それに、それだけでは『新宿の眼』や『さいたま市実証実験』で起こったことの説明ができない。

 やはり、野崎研究室のデータを待つしかないんだろう。


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