30 ーゲームメーカー ー
羽田の声はいつもより元気そうだった。
「あ、田県さんですか。今、先生に代わります。」
野崎さん、いるのか。と田県は意外だった。
野崎が代わって電話口に出た。
「大丈夫なの、野崎さん?」
「大丈夫じゃないわよ。目が回りそう!——で、こっちの話は本当に目眩がしてきたわ。」
「何が出たんだ?」
「オバケ。」
「・・・・・?」
「画像データ、見た?」
「いや、まだ・・・。見る前に電話しちゃったから。」
「じゃ、とにかくまず細かいことを羽田クンから話させるわ。認識が共有できたら、また代わって。」
羽田がまた「代わりました。」と言って電話口に出たその向こうで、「あ——、採点間違えそうよぉ!」という野崎の声が電話口にまで聞こえてきた。
羽田は、くすりと笑ってから説明を始めた。
「とにかく凄いんですよ。先生が、粗々でいいからグラフ化してみろって言うんで、グラフにしてみたら・・・」
「ちょっと待ってくれ。何の話かわからない。」
「あ・・・、すみません。つい・・・。『ヴィータウン』ってご存知ですか?」
「いや、知らない。メールにオンラインゲームって書いてあったけど・・・。オレ自身はやったこともないし。」
「実は僕、これやってるんです。」
羽田の声にちょっとはにかんだような響きがあった。
「それで、今回データ抽出が早かった——ってこともあるんですけど・・・。簡単に言うと、プレイヤーがみんなで街を作っていく——っていうゲームで、これまでのゲームとちょっと違うのは、ゲーム内の世界を自分たちの好みでクリエイトできるっていう部分なんですよ。」
田県はオンラインゲームはあまりやらないので、違いがよくわからなかったが、
「それで?」と先を促した。
「この『ヴィータウン』に少し前、ある都市伝説が広がったんですよ。この仮想世界の中に、誰のアバターでもない住人が現れる——って・・・。」
田県は自分の心臓の鼓動が強くなるのを感じた。
「似てるでしょ? 誰のものでもない発信——と。」
「送られた画像データの中にそれがあるのか?」
田県は受話器を持っていない方の手で、パソコンの画面をスクロールしてみた。
「ないんです。」と言いながら、羽田がまた、クスッと笑った。
「?」
「つまりですね、その都市伝説に関する情報に絞り込んで抽出してみたら、・・・出るわ出るわ。Tフィルターに引っかかる画像が・・・。ところがです。そこには何もいないんですよ。明らかに、実際にプレイヤーのいるアバターが話しかけたり対応したりしてるのに。」
「それが、オバケ?」
「ええ。実は僕もそれらしきものに1回遭遇してるんです。気になったんで、バックアップのスクショ撮っておいたんですが、いつの間にかなくなっちゃってたんです。それが今回、Tフィルターに引っかかって出てきたんですよ。送った画像の38番見てもらえます?」
田県はパソコンをスクロールして、38番の画像をモニター中央へ持ってきた。
「僕のアバターが手を差し伸べてる先に、何もいないでしょ? でも、このシーンに僕がいた時にはちゃんといたんですよ。目の前に相手が・・・。もちろんスクショ撮った時にもいたんです。それが、今回Tフィルターに引っかかって出てきた画像では消えちゃってるんですよ。」
それが「画像改編」か・・・と田県は思った。たぶん、羽田や野崎もそう思ったんだろう。それで急遽、羽田が解析を始めたということのようだ。
「それでですね、とにかくこの現象を・・・」
羽田の話では、『ヴィータウン』について、数値化できるものは全て数値化した上で粗っぽくグラフ化してみたということだった。すると、この情報で作ったグラフのノイズは、今までにないほど大きく激しいものになったという。
「ところがですよ、田県さん。引き算しても、ノイズは消えるけどピークはほぼ変わらないんです。」
「それは・・・、つまり?」
「他の2つ、『新宿の眼』と『実証実験』では、ノイズを引いたら現実の事象が大きく変わったでしょう。でも、この『ヴィータウン』では、ノイズを引いても現実は何も変わらないんです。」
少し沈黙してから、田県が口を開こうとすると、先に羽田が電話の向こうで
「あ、先生に代わります。」と言った。
野崎が電話口に出た。
「大丈夫なの? 採点は。」
「一応、終わったわ。後で見直すけど。気が散ってるから・・・。あー、もう。気が狂いそうになるでしょ?」
「・・・で、教授の見解は?」
「准教授よ、まだ・・・。見解は、さっぱりわかんない!——だわね。目眩はこのせいよ。何なの、いったい? 誤差も10%無いし、これほどのノイズが出ていながら、現実には何の影響も出ていないなんて・・・。」
「現実に出ていなくても、仮想空間の方にはどうなの?」
田県は、先ほど口に出し損ねた疑問を言ってみた。
野崎は沈黙した。
「それを確かめるには、ゲームのアーカイヴが要るわね・・・。」
しばらくして野崎がポツリと言うと、電話の向こうで羽田が何か言っている声が聞こえた。
「わかったわ。私が明日、コンタクトとってみるから。・・・田県さん。」
と、野崎が羽田との会話から田県との会話に切り替えた。
「明日、このゲームの運営会社に私から連絡とってみるから、羽田クンと一緒に行ってみてくれない?」
オンラインゲーム『ヴィータウン』の運営会社クリップアーツには、3日後に行くことになった。
野崎はあらかたを正直に話したらしい。するとクリップアーツの方も、社長と技術部門を統括する常務が強く興味を示して、ぜひ会いたいということだった、と野崎は言った。
前日の夜、羽田が上京してきた。田県が取っておいたビジネスホテルの部屋にチェックインだけ済ませると、田県は羽田を夕食に誘った。
「お酒は飲めるほう?」
「あんまし強くはないです。」
「じゃあ飲み放題より、メシが美味いところの方がいいか。オレもここんとこ、ジャンクフードばっかり食べてたからな。」
「僕もです。」と、羽田が笑った。
笑うと、羽田はひどくかわいい顔になる。
田県が羽田を連れていったのは、都心部にある雑居ビルの中の飲食店だった。9階という高さは、東京では低い方だが、前の通りが広いのと、ちょうど窓の前方に当たる部分に運よく高いビルが少ないことから、けっこう遠くまで夜景が見える。遠くにスカイツリーも見えた。
店もそれを意識していて、落ち着いたボックス席の他に、窓に向かって座るカウンター席がある。
田県は、夜景の見えるカウンターの席に座って、肉系の料理を中心としたコースを注文した。
小ジョッキのビールが運ばれてきて、2人で乾杯すると、羽田が感想を漏らした。
「やっぱ、東京ですねぇ——。岐阜の夜景はこれほどゴージャスじゃあないです。」
「いや、金華山から見る夜景もなかなかのもんだよ。」
田県はかつて登ったことのある岐阜城から見た、広々とした濃尾平野の夜景を思い出しながら言った。
「それに・・・」と、田県は続けた。
「東京の夜景は、東京で作られているわけじゃないんだ。」
田県の頭には、あの原発事故のことがあった。
東京って都市は、バケモンだな。——と田県は思う。
はるか彼方から、ありとあらゆるモノを吸い寄せて喰っちまう———。この美しく見える夜景も、地方から富も人も吸い上げることで出来上がっているんだ・・・。
なぜか、田県はふと、そんなことが頭に浮かんだ。




