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ポストサピエンス  作者: Aju
27/40

27 ー新宿の眼ー


 田県は立ち上がって名刺を取り出し、2人と交換した。佐々木の名刺には何か抽象的なイラストがあしらわれている。いかにも現代アートの作家という感じで、イラストは一目で佐々木の作品とわかる。

 栗田の名刺にもイラストが書かれていて、こちらは苗木の入った鞄を持った栗田自身が走っているメルヘンチックなイラストだった。

「こちらの名刺もなんか雰囲気ありますね。」

田県が言うと、栗田は

「そのヘタクソな絵は、僕が自分でかきましたぁ。」

と、羽が風に漂うような喋り方でにこにこしながら答え、それからズボンを少し引っ張って警備員の方を振り返った。

「泥、付いちゃってるけど・・・」

「ああ、気にしなくっていいです。安もんですから。」

 初老の警備員が、手で栗田にソファを促した。佐々木はすでにけろっとした顔で座っている。


 佐々木無文という若い芸術家は、そういう職業の人間によくある、どこか飛び抜けたような純粋さ——別の言葉で言うなら、危なっかしさ——を持った青年だった。栗田もまた、この歳にしてある種のみずみずしい何かを失っていない人物だった。

 この2人では、山下をダマせるほどの仕掛けを仕組むことはできないだろう。

 田県はほぼ一瞬で2人をそう値踏みすると、ハラの中でインタヴューの方向を決めた。


 お茶が運ばれてくる前に、田県は切り出した。

「今日はお忙しいところ、恐れ入ります。早速ですが、お二人の出会いや、その後の協働した作品の出来上がるきっかけなどをお伺いできれば。」

 田県は『新宿の眼』に至るまでの過程の中に、今回のNET情報の「操作」を仕組んだ何者かがこの2人に接触しているのではないか——と考えたのだ。

「いやもう、いきなり電話かかってきましてね。」

と栗田がまず、佐々木との出会いを語り出した。佐々木がすぐにそれを引き取る。

「あはは。そうなんです。もう、すぐ家まで押しかけちゃって・・・。」


 2人が語る出会いとその後の展開は、取り立てて不自然なところはなく、その間に特に不自然な人物の接触も見当たらなかった。ただ『新宿の眼』につながる部分だけが、奇妙に断絶して飛躍しているように田県には感じられた。


 その点をさりげなく聞いてみると、佐々木は自分の作品の連続性の話と受け取ったらしく、別の方に話が流れた。

「アートフェスからの発展形なんですよ。あの時はただ、スマホで地面からの視点をキャッチできるようにしただけですが、今度の『新宿の眼』は、文字通り大地の眼なんですよ。人間が環境を見てるだけじゃなく、環境も人間を見てるんです。あるいは、NETそのものがね。」

 佐々木は、現代アートの作家らしい抽象的な概念を熱っぽく語った。


 田県が聞きたいのはそこではなかったが、興味なさそうなそぶりを少しでも見せれば、インタヴューはそこで途切れてしまうだろう。

「NETはもちろん、個々のユーザーがその情報を見ているわけですが、個々のユーザーはNETの膨大な情報の海を漂いながら、その中のいくつかを捕食しているとも言えるわけです。別の視点でみれば、NETそのものが、日々発信される膨大な情報を呑み込み、その海にユーザーたちを漂わせている——それは第二の自然であり・・・」

 話はほとんど、佐々木が「作品」の概念を語り続け、栗田が時々合いの手を入れるという感じで進んだ。


 田県は辛抱強く話を聴きながら、時おり、不自然に接触してきた人物がいないかどうか、探りを入れてみたが、ついに怪しいと思える関係者には全くたどりつかなかった。

 田県は40分ほどのインタヴューの礼を言って、三丸ビルを後にした。


 体が冷え切ったような感じがしている。それは風が冷たいせいだけではないんだろう、と田県は思った。

 ほとんど得るものは何もなかった。——というより、何もないということが分かった——と言うべきなのかもしれなかった。


 少なくとも、彼らに直接接触してきている関係者の中には、この奇妙なバイアスをかけている何者かとつながりのありそうな人物は見つけられなかった。

 それでいて「それ」は無いわけではない。そのことは、野崎と羽田が「数学的」にあぶり出している。


 羽田に至っては、「それ」は人間の生理や心理に影響を与えるように計算し抜いてNET上に情報をばらまいている、と言うのである。野崎でさえ、そう考えれば現れた結果の説明がつく——と認めた。

 そんなことは個人はもちろん、なまじっかな組織ではできることではない。必ず関係者の周辺にエージェントがいるはずだ。田県はそう考えて、今日のインタヴューに臨んだのだ。

 しかし、空振りだった。彼らの周辺には、わずかでもそういう臭いのする人物や組織は、影も形も見えなかった。


 田県の寒気は、それが見えない、ということにも由来しているのだろう。「それ」は田県のジャーナリスト人生の中でも、桁外れの「敵」のように思える。

 彼がこれまで追ったどんな権力よりも、深い闇に隠れている何者か———。その目的すら、皆目見当のつかない・・・。


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