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ポストサピエンス  作者: Aju
25/40

25 ー新宿の眼ー


 野崎は別のファイルを開いた。

「これ、今のところ私たちが見つけた事象の中では、いちばんノイズが大きいのよ。あまり話題にはなってないようだけど、さいたま市の電磁波低減実証実験。」

「ああ、ちょっと聞いたことあるぞ。どっかの新聞の地方版に、ちらっと載ってたような・・・」

「なんでも、光ケーブルを網の目みたいに張り巡らして、アンテナの数を増やすことで出力を弱くしながら受信状態も改善させるんですって。まあ、その内容はともかくとして・・・」

野崎は1つ目のグラフを指し示した。

「これが、元のグラフ。」

「ノイズが大きいな。」

「さっきのとは全然違う形でしょ?」

 野崎は『新宿の眼』の元グラフを表示させて田県に比較させた。

「これが私の悩みのタネだったのよ。ノイズの説明がつかないばかりか、ノイズの小さいものの方が誤差が大きい。そこに僥倖を持ち込んできてくれたのが、田県さんだったというわけ。だって、Tフィルターでノイズが消せるんですからね。」

 野崎は田県の顔を見た。彼女にとっては、田県は研究の行き詰まりを解決する魔法のツールを持ってきてくれた天使のような存在に見えるのかもしれない。

「ところがここで問題が起きたの。小さなノイズのグラフは、このTデータで消去できて私の理論通りの結果に結びつくんだけど、こういう大きなノイズのグラフはそうはならないわけよ。」


 野崎は次のグラフを示した。

「これが、Tファイルで抽出したデータだけのグラフ。aは文字だけ、bは画像だけね。で、これが引き算して修正かけたもの。」

 それは『新宿の眼』の場合と同じように、元グラフとは大きく形が変わっていた。

「これも、逆算してみたわ。どうなったと思う?」


 ちょっとした沈黙の後、田県は想像を口にした。

「実証実験そのものがなくなった?」

「ご名答! ここに三丸は関わってない。私の調べられる限りでは。」


 また短い沈黙があった。羽田がコーヒーを飲む音が、やたらと大きく部屋に響いたような気がした。羽田自身がそれに気がついて、なんだかきまり悪そうにカップをおいた。

「こっちに関わってるのは、埼玉県と経産省とソフトモビル、それに横浜大学と環境関係のNPOくらい。あ、それと、地元の政治家と工事業者も絡んでるわね。『新宿の眼』とは何も重なってないでしょ?」

「つまり・・・」

と田県は言った。

「どういうこと?」


 田県は、表に出てこない何者か——深い闇の中にいる何者か——が、何がしかの意図を持ってこれらのプロジェクトを後押ししているのではないか、と思ったが、それは口に出さずに野崎の見解を聞こうとした。

 場合によっては、この先生たちは外れてもらった方がいいかもしれない。


「これらのTデータ——と仮に僕たちが名付けたデジタル情報は・・・」

 話し出したのは、意外にも院生の羽田だった。田県はちょっと驚いた顔で羽田の方を見たが、羽田は構わずに続けた。

「直接の言語や意味においてではなく、その情報をNETの中に「追加」することによって、多くの人に心理学的、あるいは生理学的な「反応」を誘発させるような作用を持っているのではないか——と推測できるんです。」

 野崎が小首を傾げるようにして追加した。

「というのが羽田クンの仮説なんだけど・・・私はちょっとぶっ飛びすぎてるかな、と・・・。」


 それから、ひとつ息を吐いて、

「でも、その仮説に基づけば、現在までの少ない実験の結果については説明できるのよね。」


 羽田は、さらに意見を付け加えた。

「でも、それって、心理学や脳生理学の最先端の知見も要るだろうし、何より膨大な実証データが必要なはずです。普通に考えて個人ができるようなことじゃないし、AI にやらせるにしたって、なまじっかな AI にできるとも思えません。」

「というわけで、田県さんの見解はどう?」

 野崎が田県の顔を見た。目の中に、あふれんばかりの好奇心と、わずかな不安が見てとれた。


 田県は少し眉をひそめるような表情で空を睨んでいたが、やがて、つぶやくような低い声で言った。

「先生。その大きなノイズについては、触れない方がいいと思うぞ。そこはスルーして、とりあえず『ノイズを8割がた修正するフィルターを発見した』くらいで止めといた方が・・・」

 野崎はちょっと怯んだようだった。

「危険・・・・ってこと?」


 田県は煮え切らない表情でしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「いや・・・、あまりアラームは鳴ってないんだが・・・。でも、あんたがたは深入りすべきじゃない、と思うな。羽田クンの言うとおりなら、それをやってるのは企業とかのレベルじゃない。」


 しかし、野崎の目から好奇心の光が消えることはなかった。

「研究者としては、ここで止まるわけにはいかないわよ。ギリギリまでは近づいてみたい。田県さんが離れていっても私はやるわよ。」

「僕もやります。ここで止まる手はない。」

 田県は苦虫を噛み潰したような表情になった。しばらくそうして中空を見つめていたが、やがて仕様がない人たちだな、という顔で言った。

「とりあえず、オレの方で少し探りを入れてみる。まずは三丸と佐々木かな。——あんたたちは当面データの分析だけにとどめておいてくれ。」

「ええ、そうするしかないわ。私はこれから、ほとんど手が空かなくなるのよ。ゼミの試験やら成績やら受験やらで・・・。1年間の研究の報告も提出しないと。来年度の研究費の配分にも影響してくるから・・・。」

「たとえ大学に提出するだけの書類でも、一応オレに目を通させてくれ。部外秘なんだろうが、迂闊なことを書いて妙なことになってもマズい。」

 田県は釘を刺した。

「わかってるわ。その代わり、田県さんの取材状況もできる限り教えてよ。」


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