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ポストサピエンス  作者: Aju
18/40

18 ージャーナリストー


 取材をしていると、不快な対応を受けることは多い。田県は慣れているつもりだったが、それにしても矢ケ崎との面会の不快感は、それらとは質が違っている。

 田県は帰り道、ひどく疲労している自分に気がついた。

 どこかで、軽くアルコールでも入れるか。

 誰かを呼ぶのはやめよう。不快ではあったが、とても重要な言葉をいくつも聞いた気がする。飲みながらでも、とりあえず、それらを整理して頭の引き出しに納める必要がある。

 地下は良くない。気が滅入る。ホテルのラウンジかなにか、夜景が見える所の方がいい。


 田県は窓際の席に陣取って、運ばれてきたジントニックと生ハムを口にしながら、思い出すままに矢ケ崎の提供したキーワードをノートパソコンに打ち込んでいった。

 少し気分が落ち着いてきてから考えると、矢ケ崎の提供した視点は、感情に流されやすい人間には見えづらい「巨視的な視点」であるらしいことが、田県にも理解できた。

 たしかにあいつは、ある種の天才なんだろう。それは認めざるを得ない。ただし、どこかのアルゴリズムが欠落した——。

 少し感情的になって、別れ際に悪いことを言った・・・と反省しかかったが、田県は思い直した。あいつは気にしてないだろう。たぶん。


 矢ケ崎は、現代の都市は大きな生き物だと言う。

その中で生きる個人は、もはや、かつての全人的な「人間」ではなく、多かれ少なかれ、アルゴリズムの一部を欠損、またはショートカットした存在だ——というのが、彼の説の論旨だった。たぶん、そう要約していいだろう。

 例の元女子大生も、その極端な例だと矢ケ崎は言った。「生命は試行錯誤するものだから」と。

「じゃあ、彼女は生まれつきそうだって言うのか?」という田県の問いに、矢ケ崎はこう答えた。

「そいつは、分からん。成長の途中でシャットダウンされたか、バイパスができたのかもしれん。人間の細胞だって、初めから表皮細胞と脳細胞に分かれてるわけじゃない。」


 矢ケ崎の視点から見れば、「都市」という生き物の中でその一部として生きる形になった「個人」は、自由意志で生きているように見えて、その実、試行錯誤する役割へと「分化」させられている——ということになる。

 田県にはまだ、俄かには受け入れ難い概念だった。人間は、自分の意思で自分の役割を決めることすらできないのか?


 たしかに・・・と田県は思う。自分の思い通りの立場や職業に就けている人間など、ほとんどいない。ほぼ誰もが、不本意ながらその場所にいて、不本意ながら日々を凌いではいる。

 しかしながら、それは社会の問題であって、人間は少しずつでもそれを変えて、より自由になってゆけるはずではないか。

 それが都市機能の一部として、生体としての全性さえ失ってゆくだって? 生命の進化の必然として?

(都市は一つの生き物・・・か)

 田県は夜景を見下ろしながら、ぼんやりと思った。


 ずいぶんと綺麗な生き物だな・・・。見た目だけかもしれないが・・・。



 田県の取材方法が変わった。

 とにかく「おかしい」と思う書き込みを、あらゆるジャンルから拾ってゆく。細かくは吟味しない。目についたものを片っ端からだ。

 それらをアカウントごとにまとめてみる。さらに、同一人物と思われるアカウントをまとめてみる。


 矢ケ崎の言うとおりだとして、その人物には何が欠けているのか——田県の目で眺め直してみることで、何がしかが見えてくるかもしれない。

 アカウントの持ち主が分れば、取材を申し込んでみてもいい。


 矢ケ崎の言うことは、一応理解はできた。

 しかし、田県はその主張に納得したわけではない。

 それでも人間は、自分の意思で行動を決められるはずだ。その力があるはずだ。と田県は信じたかった。だから取材を続ける。

 最初に設定したテーマは、どこかに消えてしまった。


 納得できない。


 田県がこれまでとは違う取材方法をとり始めたのは、煮詰めれば、ただその一言に言い表わせるのかもしれない。

 たどり着く先が全く見えないまま、田県は取材全体のテーマとなるものを見つけようとしていた。

 そして、それは田県をさらに、これまでは想像もしていなかった世界へと誘うことになった。


 それは初め、小さな違和感として、天井に現れた雨漏りのシミのようにして姿を現し、みるみるうちに大きく拡がっていった。

「これは、いったい何だろう?」



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