15 ー仮想タウンー
一歩は翌日、技術部門全員に召集をかけた。
彼は七海から聞いた情報を詳しく伝えた上で、彼らに指示を出すことにしたのだ。
「これは『都市伝説』と言っていていい内容ではないかもしれません。このような動きを作り出すようなアルゴリズムが含まれていないのは、何度もチェックを繰り返した皆さんが一番知っているはずです。」
スタッフは顔を見合わせた。
「考えられる可能性は2つ。1つは消去漏れのあったテスト版のアバターに、何らかのバグという2つの偶然が重なって、別のプレイヤーの動きの一部をトレースしている可能性。もう1つはハッキングです。」
部屋の中がざわついた。
「後者の方が、深刻です。ゲームのセキュリティに穴があるということですので。」
一歩は厳しい表情で全員を見回した。
「すべてに優先して、やるべきことは2つです。第一はセキュリティのチェック。続いてこの都市伝説のアバターを見つけ出してキャッチ、固定して、その映像に関わっているプログラムをチェックしてバグを発見することです。それが、単なるバグならいいんですが・・・。」
現時点ではこれはまだ、不確実な『都市伝説』でしかないので、技術チームはゲームは止めずにこれらの作業を行うことにした。
問題がはっきりすれば、その状況によっては一時ゲームを中断してメンテナンスをする必要があるかもしれない。岡田もそれには賛成だった。
デメリットを恐れて取り返しのつかない事態を招くより、傷の浅いうちに先手先手で対応する方がいい——ということが分からないほど彼は愚かではないからだ。
一歩は通常メンテチームを最小限残し、残りの人員をセキュリティチームとアバターチームの2つに分けて取りかからせた。
その日は誰も、何も発見することはできなかった。
遅い時間に、一歩が疲れた顔で帰ると、七海はまだ起きていた。
「どうしたの? あれ、そんなにヤバいものなの?」
七海なりに、一歩のただならぬ様子から、何ごとかを感じとっているようだった。
「うん、今度見つけたら、画面からアウトさせないで僕にすぐ知らせて。捕まえてソースをチェックするから。」
「なんなの、あれ?」
「ただの消し忘れのテスト版アバターかもしれない。でも、最悪の可能性は、ゲームがハックされてるかもしれない——ってことだ。」
一歩は七海に隠すこともなく、ため息をひとつついた。
「僕が会社にいても、すぐ携帯に電話をしてほしい。この問題は、今のところ最優先課題なんだ。」
しかし、「捜査」は何の進展も見せなかった。
1ヶ月経っても、2ヶ月経っても、アバターも見つからず、セキュリティの穴も発見できないまま、年が明けた。
「ヴィータウン」の中では、それぞれの街が工夫を凝らしてクリスマスイベントをやり、新年のカウントダウンで盛り上がっていた。
ゲームは、これといった問題も起こらず、順調に進んでいる。
「考え過ぎじゃないんですか? 竹内さん。」
スタッフの一人が仕事始めの日に、アバターに本人と同じ着物を着せて「ヴィータウン」の初詣をさせながら、一歩に話しかけた。
「これだけ探しても、何も出てこないんですよ。本当にただの都市伝説だったんじゃあ・・・。」
「うん・・・。だといいんだけどね・・・。」
一歩は煮え切らない。
しかし、岡田の忠告もあって、年明けからは「捜査チーム」は体制を縮小することにした。
問題がないのなら、あまり拘って通常業務に支障が出るのもまずい。
ゲームにはタイミングよく面白い「イベント」を投入しないと、飽きられてしまう危険性もあるのだから。
その後、七海も「あれ以来、見ない」と言うし、都市伝説もいつの間にか下火になって消えていった。
だからこそ。
と、一歩は思う。
ハッキングの疑いが消せないではないか。「捜査」が始まったとたん、現れなくなるなんて・・・。
「でも、セキュリティの穴は発見できてないんだろ? 侵入の痕跡も。」
たしかに岡田の言うとおりではある。
「社員の誰かのイタズラ、って可能性もあるんじゃないか? 社員IDがあれば、誰でもログインできるんだし。お前がコトを大きくしたから、名乗り出られなくなってしまった・・・ってことは?」
と、岡田は笑った。
その可能性もあるかもしれないが・・・と、一歩は思う。ならば、七海の言う「においがない」とは、どういうことだろう?
それに、もしセキュリティの穴を見落としているとしたら、社員と同じようにシステムに侵入できるということにもなりかねない。
社内は一応、また平穏を取り戻した空気になった。
「私は竹内さんの危機感は妥当だと思います。岡田さんもみんなも、のんびりし過ぎですよ。」
工藤鈴音は、そういう社内の「大丈夫だろう」空気を批判した。彼女はセキュリティ担当部署の若い女性スタッフで、一歩と危機感を共有してくれているただ1人の同志になっている。
「私は、もう少しこっちに専念したいです。構いませんか?」
「うん。いいですよ。——っていうか、お願いします。」
一歩は工藤に「捜査」の継続を頼んだ。原因が判らない——という状態のまま、まぁいっか・・・と流してしまうのは、技術屋の彼としてはどうにも気持ちが悪かったのだ。
工藤は「ハッキング疑惑」を追求する唯一の「捜査員」として、なお粘り強くセキュリティチェックを続けたが、穴を開けた痕跡はついに発見できなかった。
結局、この都市伝説は、一歩になんとも言えない「気味悪さ」を残したまま、ゲームは滞りなく進み、参加者も順調に増えていった。
ときおり、この都市伝説をつぶやくユーザーがいたが、工藤が追跡しても何も見つからなかった。
「私たち、おかしいですかね・・・。」
ひどく暑い夏も過ぎようとする頃、工藤が苦笑いしながら竹内に弱音を漏らした。
秋が過ぎ、また新たな年を迎えた2019年。
正月気分も抜け切らない1月のある日、そんな彼らに別の視点を提供する1人の人物が接触してきた。




