14 ー仮想タウンー
オンラインゲーム「ヴィータウン」は、2016年のクリスマス前にスタートできた。
七海は中学3年生。高校受験を控えている時期に重なった。
「3月にならないのぉ?」という七海の意見は、にべもなく却下された。
クリスマススタートは営業判断としては当前であろう。
「ターゲットは受験生だけじゃないからね。」
「〜〜〜〜〜〜〜」
「受験が終わってから、ゆっくり参加すれば?」
「最初の白い岩、見つけたかったのに〜!」
こればかりは仕方ないよ・・・と、一歩は笑いながら、七海にからかい半分で選択を迫った。
「バーチャルとリアル、好きな方を選んでいいよ。」
「・・・・・・」
七海は恨みがましい目で、ゲーム機の箱を見つめていたが、結局、リボンがかかったままの箱を見えないように戸棚の中に仕舞って、そのまま、2月の試験終了まで耐え抜く意志力を見せた。
「ヴィータウン」は事前にUPされたデモ動画の効果もあって、上々の滑り出しを見せた。
「ヴィー」はヴァーチャルのVではなく、vivereから取った。「生きている街」という意味を込めてある。
あのインスタレーションのイメージを一歩が語ったことからスタートしたこのプロジェクトは、参加者によって街が変化し、成長してゆく、というコンセプトでゲームが開発されている。
これまでのゲームは、与えられた環境の中でプレイヤーがゲームを楽しむ——というものだったが、「ヴィータウン」は、環境そのものを参加者の想像力で作り上げるというゲームだ。
街ごとに、その創造性を競い合うので、デザイン性に富んだ「誰も見たことのない街」ができ始めたりしていた。
実際、プロの建築家やデザイナーらしいプレイヤーも参加していた。
ゲームはまず、七海のアイデアだった「白い岩」のある神聖な杜から始まる。
妖精の助けを借りたり、物の怪の妨害を受けたりしながら、村から街へと発展させてゆくと、神社が大きくなり、神社が大きくなると、物の怪を寄せ付けない力が強くなっていく。
時に怪物が街を襲ってくることがあるので、住民が力を合わせてこれと戦わなければならない。この時、神社に強い呪具(撃退アイテム)があると戦いやすい。
この呪具は、多くの物の怪や怪物を倒してポイントを稼ぐと神社の中に出現させることができるが、手っ取り早く課金しても手に入る。
呪具の中には、課金では手に入らない幻のアイテムもあり、これは大陸の何処かに隠されている。
探したいプレイヤーは「伝説」を頼りに、謎を解く旅に出ることも自由だ。
街の中で仕事を見つけて「街の住人」になることもできるし、街から街へ旅をすることもできる。旅の途中で「白い岩」を見つければ、そこの「開拓者」になることもできる。
「開拓者」は村や街に発展させることができれば、村長や市長になってそこのルールを決めることができるが、街の発展に功績があっても市長選に立候補する権利が得られるので、不定期の選挙を戦わなくてはならない。
さまざまな街が競い合うことで、これまでにないユニークなシステムや施設が出来上がったりするだろうから、先々には、実際の行政機関の参考になるようなものも現れるかもしれない。
「いい感じだね。」
始まって3ヶ月ほど過ぎた頃、岡田が一歩に「やったね!」という表情で声をかけた。
「まだまだ、メンテナンスとバージョンアップに気は抜けないよ。こういうのは一つ間違えば、一気に顧客は離れていくからね。」
一歩は、ここからが気の引き締めどころだと思っている。
「そういえば、七海ちゃんはどう? 高校生になったんだよね?」
「遅れを取り戻すのに、旅ばかりしてるよ。まだ見つかっていない『白い岩』を見つけるんだって。」
「七海ちゃん用に1つ、こっそり仕込んだら?」
「それはズルですよ。バレたら口きいてもらえなくなるよ、確実に。」
一歩は笑った。
「それから、これ。」と、岡田が一歩に押し付けるようにファイルを差し出した。
「気仙沼の子供たちから、お礼のメールが届いたよ。アバターの写真と一緒に。どうせ社内メールチェックしてないだろうから、プリントしておいたよ。」
岡田は、例の「秘密を共有してくれた」子供たちに、ゲームスタートに合わせてクリスマスプレゼントを送るよう、手配してくれていたのだ。
彼らは、七海が受験が終わるまでゲームを封印したことを知ると、一緒に始めよう——と盟約を結んだらしい。
だから今のところ、誰も『開拓者』ではない。
七海が「ヘンだ」と言い出したのは、ゲームがスタートしてからまもなく1年になろうとする頃のことだった。
「ヘン——って、どういうふうに?」
「なんか・・・住民の中にボット混ぜてる?」
「いや・・・・」
プログラムの中に組み込まれてゲームに出現するのは、妖精や物の怪や怪物たちだけで、『住民』にボットは設定されていない。
そのファンタジー要素の『出演者』たちの中にすら、一部、社員が操っているものがあるくらいで、住民は全て、ゲーム参加者のアバターのはずである。
ただ、このところ、ゲーム参加者の間で囁かれるうわさ話に、似たような話があることは一歩も把握していた。
住民に、誰のアバターでもないものが混じっている。
と言うのだ。
バグだろうか?
しかし、ゲームスタートしてしまった後から、運用したままでバグを探すというのは並大抵のことではない。
そもそもバグでそんな複雑な動きをすることは考えられない。
何らかのバグがあるとすれば、それは「消去漏れ」——つまり、試験運用の時に参加してもらった社員(そこには七海も含まれるが)の誰かのアバターが、消去されずに残ってしまった可能性が考えられる。
しかし、消去漏れのアバターがプレイヤー無しで、住民のように動いている——というのは、技術的にはちょっと考えにくい。
もちろん「絶対にない」とは言い切れないのだが・・・。
うわさ話について、一歩は(ただの都市伝説だろう)と思っていたのだが、七海までがそれを言い出したことから、少し不安になってきていた。
「支障が出なければ、放っておけば?」
と、岡田は例によって鷹揚に構えて言った。
「都市伝説があった方が、ゲームは面白いよ。」
それでも一歩は技術者だから、やっぱりその「ヘン」は気になった。営業的には都市伝説もプラス要素なのだろうが、技術畑の彼としては、ゲームはプログラムどおりに動いてくれなければ困るのである。
「ヘン、って、どんなふうに?」
一歩は七海に聞いてみた。
「んー・・・なんて言うか、普通のアバターは『中身の人』いるじゃない?」
七海は少し目を宙に泳がせながら、言葉を探しているようだった。
「でさ、話してるとだいたいその人の年齢とか、リアルではこんな人かな・・・みたいなの、掴めるんだけど・・・。そういう、『におい』みたいなのが全くないアバターがたまにいて・・・・ていうか、私会ったの3回くらいだけど・・・」
七海は「信じてるかな?」という表情で、一歩の顔をちらりと見た。一歩は、目で先を促す。
「ほら、会社の人が操ってる神様とか妖怪とかいるよね。ああいうのとは違って、でもプログラムされた反応をしてるだけ、って感じとも違って・・・。で、そういうアバターって、一旦画面の視界から外れるともういなくなってて・・・・で、二度と会えないの。」
このゲームにそういうアルゴリズムは入っていない。全ての動作をルートごとに確認した一歩は、自信を持ってそう言える。
「ね?・・・ヘンでしょ。」
ハッキングされてる?
一歩の顔色が変わった。
「ちょっと会社に戻るよ。」
これはバグによる「都市伝説」の問題ではなく、ゲームのセキュリティの問題かもしれない。
一歩は車を運転しながら、自分でも表情が険しくなってゆくのが分かった。




