13 ー仮想タウンー
一歩と七海はダイニングテーブルを挟んで向かい合って座っている。
「うん。面白いよ。」
七海はタブレットを前にして、指で操作しながら言った。
「ポケモンGoと比べて、どう思う?」
「絶対、一歩さんのこれの方が面白い!」
七海は今年、中学生になった。ちゃんと「カズホさん」と呼んでくれるようになって、まもなく1年が過ぎようとしている。ゲーム評価のこの一言は、多分に一歩への贔屓があるだろう。
「ただ、さ・・・」と七海は続けた。
「最初にある教会・・・これ、なんかありきたりっぽい。」
こういう、この年代ならではの意見が一歩は聞きたい。
「日本のゲームなんだから、「やしろ」の方がよくない?」
「ああ、神社。・・・・神社でスタートする?」
一歩にはいまいちイメージが掴めなかった。
「そういう立派なんじゃなくて、鎮守の杜みたいな・・・・。神聖な森だけ有ってもいいかも。社は後から建てる——みたいな。」
一歩が今、七海に意見を求めているのは、会社で新しく作るオンラインゲームのデモ版についてだった。アイデアの元になったのは、去年七海が参加した学童保育でのあのインスタレーションだった。
みんなで自分たち好みの「街」を創っていく——というゲームだ。
ゲーム世界には、仮想の大陸があり、その中にいくつもの教会がある。そのうちの好きな教会を選んで、周りに参加者全員で「街」を創っていくという設定だ。
いい街ができれば他所からのお客さんも増え、街も潤うし、後からの参加者も増えて「人口」が増える。規模が大きくなるとボーナスポイントがもらえ、新しい機能も付加される——という設定にしてある。
七海は、この最初の「教会」というのが「ありきたり」だと言うのだ。
「たとえばさ。大陸の中にいくつも神聖な森があってさ。木に囲まれたそこにはただ大きな平たい白い岩だけがあるの。・・・で、最初の村人があたりを開墾して、田んぼや畑を作って、そこで取れたものをお供えすると小っちゃな社が建つ。・・・何度もお供えして、村が街になっていくと、お社もだんだん大きく立派になってくの。」
「それ、いい!」
一歩は思わず親指を立てた。
「そうそう。鎮守の杜っていうのは、もともと何もない空間を祀るものだったって聞いたことあるよ。神様が降りてくる『場所』をね。」
「んで・・・、土地の神様や川の神様とか、いろんな小っちゃな妖怪とかが出てきて助けたり悪さしたり・・・。この方がファンタジーっぽくない?」
七海もノってきている。
「自分好みの『街』を創る最初の開拓者になりたかったら、まず、大陸の中でこの白い岩のある場所を探す旅から始める——って方が面白いよ! 今は教会の場所が分かっちゃってるじゃん?」
一歩はキーボードを打って、七海の貴重な意見を記録していった。贔屓目を抜きにしても、七海にはどうやらクリエイターとしての素質があるように見えた。
「七海。本格的に会社で製作会議に参加してみるか?」
一歩が水を向けると、七海は目を輝かせた。
「いいの!?」
「うん。明日岡田に相談してみてからだけどな。・・・七海の意見は、かなり貴重だと思うよ。実際、ゲームの顧客ターゲットは、七海くらいの年齢からになるだろうしな・・・。」
こういう柔軟な発想が通りやすいのが、一歩たちの会社の良いところだ。しかし、そうはいっても、七海はまだ中学1年生。一歩は釘をさすことも忘れなかった。
「勉強との両立が条件だぞ。」
今度は七海が親指を突き立てて、にかっと笑った。
一緒に暮らしてみると、七海は一歩が驚くほどタフで活発な少女だった。6年生の2学期から、という転入に、ちゃんと学校に馴染めるだろうかと心配したが、一歩の杞憂に終わった。
すぐに友達を作って、一歩のタワマンの景色を自慢しに連れてきた。下手をすれば嫌味になりかねない状況を、わざと東北弁丸出しの田舎者を装ってみんなの笑いをとったりしている。
「おらもこんな景色、初めて見ただあ!」
接待術のセンスは親譲りなんだろうか。
それでも時おり、遠くを見るような目をしているのは、寂しいんだろうか、悲しいんだろうか。
一歩は、七海が明るく振る舞うほど、自分が「吐き出せる場所」にならないと、とそのことをいつも頭の片隅に引っ掛けておいて、できるだけ「保護者くさく」ならないように気をつけていた。
この正月に、一歩は七海を初めてディズニーランドに連れていった。
その時、
「あっちの友達も一度呼ぶかい?」と聞いてみたことがある。
七海はしばらく間をおいてから、
「ううん、私があっちに行く。春休みに・・・」と言った。
「春休みに?」
「うん。みんな卒業だもんな。」
そうか・・・、本当は向こうでみんなと卒業したかったのか・・・。連れてきて良かったのか・・・・。それとも、6年生の間だけ、向こうの源助さんの親戚に頼むという手もあったのだろうか・・・。
「ま、そう言っても同じメンバーで中学校に上がるだけだけどね。」
と七海が笑った。それから一歩の腕にすがりつき、
「それに、今こっちに呼んだら私だけラッキーみたいで悪いじゃん。みんな向こうで頑張ってるのにさ。」
春休みに一歩は1週間休暇を取り、七海と一緒に気仙沼に行った。源助さんと七海の両親の墓参りに行き、そのあと七海は旧友たちと思う存分遊びまわった。
一歩は久しぶりのゆっくりした休暇を、旅館の海の幸と共に楽しんだ。
街はまだ、盛り土がやっと終わったという状況で、これから都市計画が始まるような有様だったが、それでも自力でなんとかできる人たちは、少しずつ日常を取り戻そうと頑張っていた。
帰りに七海は「夏休みにはまた来る!」ことを約束していた。
だから、と七海は言う。
「今度行く時、このゲームのデモアプリを持って行っちゃだめ?」
「デモ版は社外秘だからなぁ。一応、みんなに図ってみるけど・・・。」
「渡すわけじゃなくて、みんなの意見を聞くだけ。絶対秘密は守らせるから。」
「そいつは僕だけじゃ決められないよ。いくら自分が経営者だといっても、公私混同はまずい。」
「いいんじゃない?」
と、岡田は気軽に言った。
「七海ちゃん、うちの企画会議にオブザーバーで参加してくれるんだろ? じゃあ、中学生の事前モニタリングって結構ありがたい話だよ、うちとしては。」
「開発途中のものの秘密が漏れたら・・・」
「大丈夫だって。共有した秘密っていうのは、子どもは滅多なことで漏らしたりはしないもんだよ。秘密を共有してることだけでワクワクできるからね。」
岡田も営業部の面々も、意外にあっさり「やらせよう」という話でまとまった。
「それにもし漏れたら漏れたで、それをネタに前宣伝を展開しちゃえばいいんだよ。かえって良いかも、だよ。」




