12 ー環境運動家ー
経産省とのつながりができたのは、浜中たちがまだ、大学の敷地内で小規模な実験を繰り返している時だった。
ことの進展の早さに高橋は驚いた。
「浜中さん、あんた、どういうコネを持ってるんだ?」
「いや、私のコネじゃないんですよ。向こうから連絡があったんです。」
高橋の問いに、浜中自身が少し怪訝そうな顔で答えた。
「まあ、一応、ソフトモビルの白石さんの紹介とは言っていましたが・・・。でも、白石さんも、そんなに強く押したわけでもなく、雑談の中で話が出たらひどく興味を持たれたんだと言ってましたけどね。」
あまりのトントン拍子に、高橋は少し気味の悪ささえ感じるほどだった。
俺は何かハメられてるのではないか?
高橋は長くこういう世界で生きてきただけに、調子良すぎる話には懐疑的になる癖がついていた。
「私たちは『時代』に後押しされているのかもしれませんね。」
浜中は実験システムの稼働準備を進めながら、嬉しそうに高橋の方を振り返った。
高橋には、このどこか世間甘い若い准教授が、彼を利用しようとしているようには見えなかった。すると、このボンボンを背後で動かしている何者かが、まだ高橋の見えないところにいるのだろうか。
それとも、年をとりすぎた高橋の、単なる思い過ごしだろうか?
「時代は変わったねぇ。俺の若い頃とは——。」
高橋は腹の中を悟られないよう用心しながら、いかにも感慨深げに微笑んだ。
SBN計画は、高橋が訝しむうちにも、文字通りトントン拍子に実際の街での実証実験にまでこぎつけた。浜中もこの年、教授に昇進した。
驚いたことに、国から予算までついた。あの「電磁波に有害性は認められない」と頑固に言い続けてきた国からだ。
一度現場に訪れた経産省の中堅職員は、予算を要求した時、不思議なくらいすんなりと通っていった——と話していた。しかも数人の国会議員の後押しもあったというのだ。
「どなたか上の方の方がご興味をお持ちなんでしょうかね?」と、高橋は念のため聞いてみた。これには、誰かの利権が絡んでいるのではないか、と疑う高橋の探りが含まれている。
もちろん、こういう話に利権が絡まないということはない。この実証実験の実現にも、高橋は意図的に地元の利権を絡ませた。
それはいい。高橋の視野の中にあるからだ。
高橋が気味悪がっているのは、彼に見えないどこか上層部の思惑に彼が利用されているのではないか、という疑問と不安が完全に払拭できないでいるからだった。もちろん、彼の内部で——というだけで、その気配はどこにもないのだが。
しかし彼女は特に言葉を濁すでもなく、ただ首を振って経緯を話した。
「いえ、私が電磁波を気にしていまして・・・。そんな折、ちょうど高橋さんのNPOのホームページに紹介されていたこのシステムの話を見たんです。それで、まず浜中さんに連絡をとりまして・・・良い研究ですから、予算をつけられたら、と思っているところに、ある与党議員の方が『こういう研究があるが知っているか』・・・と。全く別々のアプローチが、同じ場所に重なってきたんですよ。同時多発的って言うんですか? 時代ですかねぇ・・・。」
そう言う中堅職員の表情にも、特に変わった景色は読み取れなかった。高橋は、本当に「時代」なのかもしれない、と思い始めていた。
何かが変わる時というのは、こんなふうに一気に変わってゆくものなのかもしれない。
SBNの実証実験は、その年のハロウィンが終わる頃に始まった。高橋と浜中は毎日現場に通って、通信状況と電磁波の強さの測定を続けた。
まだ光ケーブルのネットは電柱を利用した「仮設」だが、結果がよければこれは電線の地中埋設工事に合わせて「地下NET」として本設されることが決まっている。
結果は今のところ良好だった。この結果次第で、東京の都心部で大々的に工事を行うための予算措置に向けた話が、水面下ですでに進んでいるらしい、と、例の経産省の中堅職員からの裏情報ももらった。
高橋は、あまりの展開の早さに気持ちがついてゆきかねていた。
そんなふうにして、その年は暮れた。
そして、年が開けて間もない小雪の舞う寒い日、高橋をさらなる眩暈の中に引きずりこむような1人の男が高橋のNPOの事務所を訪ねてくる。




