病室にて
「目が覚めたみたいだね。無事で何よりだよ」
にこにこと笑いながら部屋へと入ってくる苗間。
僕は思わぬ来訪者に言葉を失ってしまう。
「うん。その様子なら今日にでも退院できるだろうね。いやー若いというのは体が丈夫でいいねぇ」
外見から僕の健康状態がわかるのか。
ただの研究員だと思っていたが医学にも精通していたのか。
いや、そんなことよりも
「苗間さん、何でここに」
やっと口から出たのは至極当然の疑問だった。
「ん?まぁそれはほら、第一発見者として怪我人の様子が気になるのは人情というものさ。真喜屋君とは知らぬ仲ではないしね」
「えっ・・・」
さらっと言われるが、それは聞き流させなかった。
またしても想像していなかった情報に頭がフリーズしてしまう。
第一発見者?
苗間が?
発見というのはそれは一体何の
「あのまま私が見つけていなかったら君は公園で冷たくなっていたかもねぇ」
ははは、と笑いながら何とも不謹慎な発言である。
ましてここは病院である。
しかしそんなことに突っ込む前に。
「苗間さんが助けてくれたんですか」
公園で倒れていたらしい僕が何故今病院にいるのか。
それは近隣住民からの連絡などではなく、それはどうやら苗間によるものらしい。
「まあ助けたっていうほどのことじゃないよ。たまたま車で来ていたからね。そのままここまで運んできたってだけさ」
苗間はベッドの脇の椅子に腰かける。
「で、一回研究所に帰ったんだけど真喜屋君の容体が気になって戻ってきた私なのだよ」
組んだ足をぷらぷらと揺らしながら誇らしげな様子である。
相変わらず陽気で自由な姿は猫を思わせる。
「さて、真喜屋君。昨日何があったかは思い出せたかな?きっとそれなりに記憶は混乱しているだろうけど」
そんな苗間の目が一瞬、今までに見せたことのない色に変わった気がした。
「昨日のことは、何となくは」
「榛名埜亜と出会ったことまで覚えているかな」
その名を聞いてようやく全てを思い出せた。
というより、何故今まで頭にも浮かんでこなかったのかが不思議な程である。
瞬間的に頭はあの少女のことで満たされる。
「そうだ、あの子は・・・あの子は大丈夫だったんですか」
途端に血の気が引くような焦燥感がわいてくる。
これまで自分のことを理解することにいっぱいで、あの時あの場所にいたあの少女のことをまるで思い出せずにいた。
僕はこうしているが、彼女はどうなったのだろうか。
彼女もここにいるのだろうか。
確か、あの時
僕は僕の腕の中にいた埜亜を見た気がする。
小さくはあったが呼吸もしていた。
何よりその心臓の鼓動が僕をこうして現実まで引き戻してくれたのだ。
だからきっと彼女も・・・
否、もしかしたらそれは全て僕の見た夢だったのか。
「安心しなさい。あの子も無事だよ」
苗間はいつになく静かに短くそれだけを告げる。
それだけの言葉だったが僕の心は僅かながら平静を取り戻した。
「あの子は今は研究所にいるんだ。もう意識も取り戻しているよ。ケガもちょっと腕をすりむいたりしているくらいのものさ」
「そう、ですか・・・」
「真喜屋君には助けられたね」
ありがとう、という感謝の言葉に恥ずかしさと同時に何か込み上げてくるものがある。
「あの、榛名さんはあそこで何をして、あの時一体何が・・・僕は」
なるべく冷静に聞こうとしたが喋りだすとうまくまとめられない。
「答えられるところから答えると、まずあの子が何をしていたのか、あれはあの子の趣味だね。よく夜はどこかに出かけてしまうんだ。一言声をかけてくれれば私も付いていくって言ってるんだけどねぇ」
確かに埜亜自身も昨日は星を見に来たと言っていた。
夜にああやって一人歩きすることはよくあることのようだ。
埜亜は研究所に住んでいるらし苗間とはどのような関係なのだろうか。
少し気になった。
家族なのかとも思ったが苗字が違う。
まあそれは事情があるのかもしれないが、
しかし親子というには流石に年が近く見えるし姉妹というには顔はあまり似ていないように感じる。
2人の関係はまだよくわからなかったが、苗間が埜亜のことを気にかけていることはわかった。
「そして、いったい何があったかだけど、それは真喜屋君がよく知ってるんじゃないかな。あの時何があったのか」
「・・・」
苗間の問いに僕は何も返せない。
あの時何があったか、それについて僕は半分は答えられるが半分は答えられない。
「僕たちは星を見ていて、その時に・・・何かが落ちてきました」
何だか尋問されているような気分になってしまう。
「ぶつかると思って、僕はあの子と逃げようとして・・・」
「そこから先は覚えていないということだね」
口ごもる僕の言葉を苗間が継ぐ。
そう結局のところそこが僕にはわからないのだ。
ここまで来て記憶はかなり鮮明になっている。
あの瞬間。
星が落ちてきたと思った時、僕と埜亜は確かにそれにぶつかった、ように感じた。
しかし現実には僕はこうして生きている。
あれがそもそも何だったのかという疑問もあるが、普通空から落ちてきた何かと激突したならこの程度の負傷ではすまないのではないだろうか。
最悪の場合死んでいても不思議ではない。
それがこうして生還へと至った、その理由が僕にはわからないでいた。
「これは私の考察だけどね」
そう苗間は前置きをして
「真喜屋君の【力】がその窮地からの生き延びたことに繋がったんじゃないかな」
「・・・・」
「ひょっとしてだけど真喜屋君は【空間転移者】なのかな?」
流石研究者なのか、苗間は僕の話だけで状況を判断しそう推論を立てたらしい。
突然空から降ってきた何かを避けるため、僕は【力】を使ったのではないか、ということだ。
しかし
「それは違います。僕は【空間転移者】じゃありません」
それには確信をもって首を横に振れる。
そうなのか、と苗間は自身の読みが外れ何かを考えている様子だ。
「何があったのかは僕にもわかりません。でも多分僕の【力】ではないと思います」
「真喜屋君の【力】がそういったものではないということかな?」
苗間の質問に僕はどう答えようか。
わからないと、それだけ伝えても良いのだろうが、隠すことはやめた。
それは命の恩人である苗間に失礼だと感じたし、それに別に隠したところで意味はないとも思ったからだ。
「僕は【特殊能力者】です。けどその【力】が何なのかは僕自身知りません」
静かな病室には時計の針と僕の声だけが響く。
「僕は【力】が使えないんです」