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光のあとで

 冷たさを感じる。

 硬さを感じる。


 上下の感覚がなく、前後の感覚もない。

 今自分が立っているのか横になっているのかよくわからない。


 硬い感触に痛みを感じながらどこかふわふわとした感覚。


 目の前が真っ暗だがそれは世界が暗いのか、それとも僕の目が開いていないのか。

 思考していると思っているが意識がどこにあるのかわからない。

 

 自分の呼吸も聞こえない。


 そんな暗闇の中で

 とんっ とんっ

 と僕を叩く小さな振動を感じる。


 それが僕のものなのか、僕以外のものなのかはよくわからなかった。

 しかしその鼓動は闇の中にいる僕にとって唯一の目的地となった。


 天から伸びる糸をたどるように。

 その鼓動を感じるたびに僕の意識は少しずつ形を取り戻していく。


 それに合わせて死んでいた他の感覚もゆっくりと目を覚ます。

 

 自分自身の前後がうっすらとわかってくる。

 冷たさと硬さは背中に感じていたらしい。


 どうやら僕は倒れているようだ。

 

 そして冷たい背中とは対照的に腕には暖かなものを感じる。

 それが何かは、

 まだ朧げな意識ではわからなかった。


 ただその暖かさには安心感があった。

 

 感覚が戻ってくるにつれ、鼓動が少しずつ大きく僕の中に響いてくる。

 僕のものと、僕のものではないものと2つの鼓動。

 その存在に気付くとたちまち眠気のような安堵が訪れた。


 不思議なことに意識がはっきりとしてくるにつれ、体からは力が抜けていく。


 この脱力感にはどうにも抗えない。

 立ち上がる力もないが目だけを動かす。


 倒れる僕の腕の中に小さな何かがある。

 その金色の何かが寝息のような呼吸に静かに上下する姿にまた体から力が抜けてしまう。

 

 もうこのまま眠ってしまおうかと、目線を少し横へ動かすと

 そこには鉄の塊があった。


 目が霞んでよく見えないが何か硬い物体が激突したように、その塊は形をぐにゃりと歪めていた。

 それはさっきまではそんな形をしていなかったような気もするが、どうしてそうなってしまったのだったか。


 なんとか・・・


 何があったのだったか、出来事の前後が曖昧で直前の記憶が呼び戻せない。

 目をそのまま上に向ける。

 そこには真っ黒な空が広がっていた。

 今度は目を開けているはずなので本当に真っ暗なのだろう。


 今日はもう少し明るかったと思ったけど・・・


 記憶の端に明るい星空の記憶があるが、それはいつの出来事だっただろうか。

 


 こつこつと大地に倒れる僕の耳が振動を捉える。

 体に響いてくる鼓動とはまた違う。

 何かが地面を叩く音が伝わってくる。


 「――――った。」


 頭上から声が聞こえる。

 

 誰かが・・・


 目を向けようと思ったが、瞼がだんだんと開かなくなってきた。


 「きみ――――。―――――かもね。」

 

 その声はどこかで聞いたような気もするが、それから先は考えられなかった。


 だんだんと世界には僕の呼吸と、彼女の呼吸、そして2つの心臓の音しか聞こえなくなる。


 僕の意識は再び暗闇の中に落ちていった。





 夢を見た。

 空を飛んだ夢を見た。





 再び感覚を取り戻すと今度は柔らかさと温かさに包まれていた。

 空は白く、無機質である。

 

 それが天上であること。

 ここが病室でありこと。

 自分がベッドに横になっていることは何故か直ぐに理解できた。


 覚醒して間もないがすっと鼻をつく消毒液の臭いがそれを連想させたのか。

 頭は冷静に状況を理解できていた。


 筋肉痛のような痛みに耐えながら上半身を起こす。

 腕も何もかも石のように重く感じたが何とか起き上がれた。


 自身の体を見回す。

 全身チューブに繋がれたなか奇跡の復活、ではなく僕の体は包帯の一つもまかれていなかった。

 腕に少しガーゼが張られているが擦り傷を覆う程度のものだ。


 レースのカーテンからは明かりが入り部屋を照らしている。

 朝のようだ。


 「よっ」


 気の抜けた声のほうに振り向くと見慣れた姉が団子を食べていた。

 その顔は三日三晩寝ずに待ち泣きはらした顔、というわけではない。


 「もう何やってるのよ。不良君なんだから」

 ぽんぽんと僕の頭を叩く姉。

 「えっと・・・」

 今の状況は何となく理解できたがこうなった経緯は把握できない。

 

「覚えてないの?いきなり公園で倒れてたって連絡きたときはびっくりしたよ」

 「公園・・・」

 「滑り台から落ちたらしいけどね。お母さん大慌てだったんだから。今は家に戻ってるけどちゃんと謝らないとだめよ」

 母の話題が出ると、さらに加速度的に意識が現実に戻る感じがする。

 どうやら随分と心配をさせてしまったらしい。


 ふと時計に目を向ける。

 時刻は9時を少し回ったところだった。


「別に何日間も眠ってたってわけじゃないけどね。ここに運ばれたのだって昨日11時頃なんだから」

 僕が時間を気にしていたのが分かったのか、そう教えてくれた。

 なんだか長い時間を経た気もしたが現実にはまだ1日も経っていないらしい。

 

 「とりあえず先生呼んでくるから、ちょっと待っててね」

 そういうと姉は部屋を出ていった。

 姉は比較的平静な様子だ。

 しかし変に慌てられるよりありがたかった。

 僕自身状況を掴んでいるようでどこかまだ頭はぼんやりとしているので落ち着く時間が欲しかった。


 9時ということはもう学校は始まっているだろう。

 しかしさすがに今日は登校する気になれない。

 もう一度横になろうかとも思ったがそれも姉に悪い気がする。

 

 僕が起きるまで待っていてくれたのだろう。

 僕は倒れていたらしいが、何があったのだったか。

 何かを忘れている気がする。


 時計の針が進む音を聞きながら思考をまとめていると病室のドアが開いた。

 姉が帰ってきたのかと思っていると。


 「やあっ元気かな?」


 見慣れた顔ではないが、昨日と同じ白衣を羽織り、変わらぬ陽気な調子で笑っている。


 苗間栞里がそこに立っていた。

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