星の少女ーShooting Starー
埜亜と名乗った少女は僕も滑り台の上まで上がってくるように促した。
小さいとはいえ公園なのでベンチなどもあるのに何故さらに狭いところに並ぼうとするのか、とも思ったが誘われるまま滑り台の階段に足をかける。
この滑り台に上るのももう何年ぶりだろうか。
子供のころはよくここで遊んでいた記憶もあるがある時からはそれもなくなった。
記憶ではそれなりに上ることにも苦労していたが、そもそも子供用の遊具なのだ。当然大した苦労もなく、あっという間に頂上に達した。
「ようこそ」
埜亜は演技掛かったように来客を招き入れる。
滑り台の頂上はやはり2人が立つには狭かった。こんな空間で見ず知らずの少女と一緒にいるのも何だか恥ずかしい気もしたが、
「あっ」
それよりも急に目の前に迫ってきた星空に思わず声が出てしまう。
決して背の高い滑り台ではなかった。
しかし地上では遊具や公園を囲う柵などがつい目の端に入っていたがここに上がると視界には星空だけが映る。
先ほどと比べると一気に視界が星に覆われその変化に驚いてしまう。
目線が上がるだけで見えるものはこれほど変わるのか。
確かにこれならベンチに座ってみるよりもずっと良い。
その景色に見とれているとこちらをじっと見る埜亜の視線に気づく。
「えっと、僕は真喜屋 葦人です」
名前を教えてくれ、という意味と受け取りまずは自己紹介。
「葦人・・・綺麗な名前だね」
微笑みながらそう言われる。
自分の名前を綺麗と言われたことはないのでむずがゆく戸惑ってしまう。
「ほら、見てごらん」
と埜亜は空を指さすとそこにはまた流れ星が一つあった。
その横顔はまだ幼さがあり、きっと僕よりも歳は下だろう。
しかし振る舞いや口調はどこか大人びていて、さらにそれに違和感がないのが不思議である。
「君はよくここに来るの?」
消えていく星を眺めながら埜亜に尋ねると彼女は静かに首を振る。
「ここに来るのは初めてだよ。星を見たかったから外に出ていたらここに着いていたんだ」
「家はこの近くなの?実は僕も散歩に来たんだよ」
「ん?私の家はあそこだよ」
「あそこって・・・研究所!?」
僕は思わず驚いてしまう。
否定しないということはそうなのか。しかし、まさかこの少女はあそこから歩いて木田のだろうか。
研究所とここはご近所様ではない。どれくらい離れているかというと僕がバスに乗ってひと眠りできる程には離れているのだ。
こんな時間では帰りのバスなど走っていないのではないだろうか。
しかし近くに自転車等も見当たらない。
この少女のことをいろいろな意味で心配しまうがそんな僕の気持など知らぬように少女は星を眺め続ける。
「葦人は【力】が使えるの?」
と、またしても思わぬ方向から埜亜は僕を驚かせる。
「あそこに来ていたってことは君も【力】を持っているの?」
思わぬ質問に答えに詰まる僕にさらに問いかける埜亜。
何故急にそれを聞いてきたのか、何故知りたいのかと疑問もあったが、それよりも気になることがあった。
「君もって、君もそうなの?」
何とも間抜けな質問をしてしまったが埜亜はそうだよ、と肯定する。
彼女もまた【特殊能力者】だったのか。
「僕も【力】を持ってるよ。でも今日あそこにいたのは別にそういうことじゃなくてただの手伝いだよ」
「手伝い・・・ああ、そういえば今日は何だか賑やかだったね。何かやっていたんだ」
あそこに住んでいるというこの少女は研究員か何かだと思っていたが、今日のイベントのことは知らないようだ。
気になることばかりが積み重なっていくようでもやもやが解消されているのかいないのかよくわからない。
「それに僕は【力】を使えないし」
頭が整理されていなかったせいか、ついそう呟いてしまった。
こんなこと初対面の人間にいうつもりなどなかったのに何故か言葉が口を突いて出ていた。
いきなりこんなことを言われて困らせてしまったかと埜亜を見てみると彼女は少し驚いたような表情をして僕を見ていた。
それは常に大人びた表情で微笑んでいた少女が初めて見せた年相応の姿に見えた。
「そうなんだね」
そう言って視線を空に戻すその横顔が何を思っているのかはわからない。
突然の告白に困惑しているのか、呆れているのか、そんなことを考えていたらどうしようかとも思ったが打ち明けたのは僕だしそれは事実なので今更弁明することもない。
少し空気を悪くしてしまったかと反省しながら僕もぼうっと星を見ていると
わたしも―――
と夜風に紛れるようなか細い音が聞こえた気がした。
それは埜亜の声だったのか。
しかしこの公園には僕たち以外には誰もいない。
今何と言っていたのかと聞こうと思ったがちらりと横目に見ると隣に立つ埜亜は別に変った様子もない。
ただの聞き間違いかと目線を再び空に戻す。
また流れ星が1つ。
それはひと際に明るく瞬いていた。
強く輝いているのか、光の尾も消えることなくよく見える。
星は流れながら少しづつ明りを増している気がする。
いや、まて
星とはどんどん明るくなるものだっただろうか
「何かあの星明るいね」
僕はそう呟く。
埜亜の返事はない。
星はますます明るさを増して見える。
というよりも明るくなっているのではなくそれは
「あれってさ・・・」
徐々に大きくなっているように僕の眼には見えた。
「いけないっ」
埜亜が小さく叫ぶ。
その声には明らかな動揺があった。
物体が大きく見えるとはどういうことか。
答えは2つ。
1つはそれが物理的に面積を大きくしているか。
そしてもう1つは
「落ちてくるっ!」
物体の方がこちらに近づいてきているか。
埜亜が叫ぶ。
星が落ちてきているのだ。
ここへ、まっすぐに。
にわかには信じられない出来事だが直感で理解できた。
あれはここに落ちてくる。
あと何秒後?どれだけの衝撃?今からどこへ逃げる?
様々な情報が瞬間的に脳を駆け巡るが僕の本能は逃げることを選択した。
どこへ逃げればいいかもわからないがとにかく逃げなければならない。
僕が滑り台から飛び降りようと埜亜に手を伸ばす。
たかが滑り台程度の高さだ。
着地姿勢など考えていないが死にはしない。
僕が傍らに立つ少女と共に地上へダイブしようとすると
とんっと彼女は僕を押した。
星が落ちてきていること、埜亜の反応、様々なことが同時に起こり頭が処理しきれていない僕は彼女の軽い力にも踏ん張りがきかずそのまま後ろの階段に体重が傾く。
何故、というのは恐怖ではない。
これは悪意ではなく、僕のためだとわかったからだ。
星の光が強さを増す中、僕を見る彼女は良かった、と言っているようにうっすらと笑っていたからだ。
だから僕は、
どうしてそんな顔を
とにかく手を伸ばし、何とか近くの柱をつかむと
君はどうするつもりだ
腹筋と腕の筋力を全て注いで倒れていく体を無理やりに引き起こすと
君はここままだと
ただがむしゃらに埜亜に抱き着いた。
それでどうにかなるとは思っていなかったが、そうせずにはいられなかった。
星が本当に落ちてきているならこのまま確実に2人に直撃だ。
文字通り目前に迫る死の瞬間に
後悔や恐怖があってもいいのだろうが、そんなことが頭をよぎる前に。
僕と彼女は光に包まれた。