星の少女ーSecondー
賑やかな夜だった。
誰かが騒いでいてうるさいというわけではない。
空が賑やかな夜であった。
流れ星が多い夜だった。
夕飯を食べ風呂にも入り終え自分の部屋で横になるとカーテンを開けた窓から夜空が見える。
別に普段から夜空を眺めるようなおしゃれな趣味を持っているわけではなく、ただ何となく部屋に入ってベッドに横になったときにそれに気づいただけだ。
だから今日は夜の散歩に出ることにした。
先ほどの続きを考えるとしてもせっかくなら部屋に閉じこもっているより外に出たほうがいいような気がしたからだ。
「あれ?どっか行くの?」
居間の隣を通るとまだテレビを見ていた姉に見つかった。
「出かけるならコンビニでアイスでも買ってきてほしいなー」
「コンビニはいかないよ」
「何しに行くの?」
「ちょっと夜風に当たりにね」
「なにそれ?」
僕の知的好奇心による行動は姉には理解されなかったようだが、とりあえずそれ程直ぐには帰ってこないことを告げて簡単に身支度を済ませる。
外に出ると空気は少し冷たく感じる。
もう少し厚着すればよかったかなと思いながら空を見上げると明るい星空が広がっていた。
星のことはよく知らないのだが今日は朝から晴れていたし、今も天気が悪いわけではない。
普段夜空を意識することなどなかったので比べることができないのだが晴れた日の星空とはこんなに輝いているものなのだろうか。
また流れ星が一つあった。
流れ星が消える前に3つ願い事を言えば叶うということは世界中のどれほどの人が知っているのだろうか。
僕な誰に聞いたのだったか、母か祖母かあるいは幼いころの姉か。
誰から聞いたかも覚えていないが何故か知っていることがある。
世界中の誰もが知っていることであればそれは最早【事実】となのだ。
その【事実】を構成する要素が何なのか、それが真実か否かは別にして、
それは確かに【ある】ということなのだ。
【力】に関してもきっとそうだ。
【特殊能力者】について、その発生原因や条件などは今だ全容はつかめていない。
しかし数十年前までは所謂【魔法】や【超能力】と呼ばれ、物語の中にしかなかったそれは既に人々の認知の中にあり、多くの人がそれを受け入れ、当たり前として生きている。
【不思議】だったことも今や【知っている】ことになっているのだ。
確かに不思議なことに胸を躍らせるのもロマンがあるかもしれないが、それに怯えたり悩むよりは理解できるものとして捉えることはいいことなのかもしれない。
ぽつぽつと目的もなく歩いているとまた星が一条の線を引く。
何とか流星群というものが定期的にあるとは知っているが今はそんな時期なのだろうか。ネットの記事でもそういったことは見なかったので違うと思うのだが。
家から数分程歩くと小さな公園に着いた。
滑り台と名前のよくわからない回転する檻のような遊具、それと小さな砂場がある程度の公園。僕が小さいころにはここでよく遊んでいたらしく、今も学校に行く途中にこの前を通ると近所の子供たちが遊んでいる。
だからここは僕の知っている世界であり、いつもの場所だ。
ここは【知っている】ことであり、ここに僕にとって新しいものなどありはしない。
そうしていつものように通り過ぎる。
いつも横目で見る公園、いつもの場所、いつもの景色
そんな僕の日常の中にあの少女が立っていた。
滑り台の上、階段を上った先に少女が立っていた。
昼間は遠目だったので顔など見えてはいなかった。
しかし不思議と今目の間にいる少女があの少女だと何故か理解できた。
シルエットはあの時と変わらない。
白い服を着ていたがあれは白衣ではなかったらしい。入院患者のような服に身を包み少女は独り空を見上げ立ち尽くしていた。
腰のあたりまで伸びる金の髪が星のように、いやその輝きだけでいえば空の星よりも明るく僕には見えた。
ひょっとしてそれは本当に物理的に発光しているのではないか、なんてことを考えていると、
「・・・」
少女の眼が僕に向けられた。
星の髪を持つ少女の眼は夜空のように澄んだ黒をしていた。
小さな公園の夜には光源が少なく、寂れた街頭の明かりだけが辺りを照らしていたがその頼り無い光の中でも少女の顔は僕の眼にはっきりと映った。
「・・・・」
沈黙が流れる。昼間と同じく僕は少女を前に(昼間はここまで目の前ではなかったが)言葉が出ない。というより何と声を発すればいいかわからない。
少女の背後の空ではまた星が流れる。
滑り台の上に立つ少女とそれを見上げる男。
しかしそれはロマンチックなどというより端から見れば不審者でしかないだろう。
一瞬だったのか数分だったのかわからない沈黙を破ったのは少女のほうだった。
「君は・・・どこかで会ったね」
声が静かな夜に響く。
見た目は少女だというのに何だか大人びた口調であるが何となく少女の持つ雰囲気には似合っていた。
「えっと」
「ああ、施設にいた人だ」
僕が言い淀んでいると先に少女は回答を得たようだ。
ここで昼間の少女と今ここにいる少女が同一の存在だと確信できた。
そしてどうやらあそこで少女もまた僕のことを見ていたらしい。
施設と言っているがあの研究所のことだろう。
「えっと、そう。昼間研究所にいて・・・」
思わず回答に口ごもってしまう。
「あんなところに来るなんて変わった人だね」
ふふっと薄く笑う。
皮肉なのか素直な感心なのか、うっすらと微笑みながらそう言われる。しかし変わっているといえばそれはどう考えても夜の公園に独り立ち尽くすこの少女のほうだ。
「君は何してるの、こんなところで」
ついそう聞いてしまう。
平和な街だとは思うが夜中に一人でふらついては何があるかはわからない。僕が言えたことではないが。
「星を見に来たんだよ」
「ほし?」
「そう、星。あそこだとすぐに止められてしまうから」
どうやら少女は星を見に来たらしい。
確かに先ほどから夜空を見上げているので見ればわかるような気もするが何かはぐらかされているのだろうか。
空にはまた星が流れている。
とは言えそういう僕もこうして流れ星につられ思わず外に出てきてしまったのではあるが。
天体観測が趣味の人にとって確かに今日は良い日なのかもしれない。しかしそれにしてもこんな公園の滑り台よりはもう少し適した場所があるのではないだろうか。何か星を見るような道具も持っているようではない。
「そういう君は何をしているの?」
「僕は・・・ちょっと散歩に」
聞き返され口ごもってしまう。まるで不審者の言い訳のようだが「僕も星を見に来たんだ」とは何となく恥ずかしさがあって言えなかった。
「こんな時間に一人で出歩くのは危ないよ?」
小さな子供を諭すような口調である。
しかしまさかそんなことを言われるとは思っていなかった。
「君だって一人じゃないか」
思わず反抗的な口調になってしまう。
しかしなおさら親に叱られる子供のようで恥ずかしいような気持ちがわいてきた。
「そうだね。でも今日は星が多いから、まだ帰るのは早いかな。それに今日はまだそれほど危なくはないから」
呟くような言葉は僕に向けてなのかそれとも独り言なのか。ぼんやりとした様子である。
さて僕はどうしたらいいのだろうか。
昼間から僕を悩ませていた相手は思わぬところで直接出会うことが出来てしまった。
しかしそれで僕は何がしたかったのだったか。
昼間の邂逅は確かに僕の心に印象的に残っている。しかしそう思っているのは僕のほうだけだろう。
実は昼間見た時から気になってたんだ、などど言おうものならそのまま警察に突き出されてもおかしくない。
もう一度会いたかったのは否定しないが、こうして出会ってしまえば何故そう思っていたのかがもうよくわからなくなってしまった。
視界の端で星が流れる。
「せっかくだから君も一緒に見ていこう。今日は星がとてもきれいだから」
流れる星を背に受けながら少女がくるりと振り返る。
金の髪が夜の黒をキャンバスにふわりと広がる姿はまるで夜空の星座のようだった。
「私は榛名 埜亜。君の名前を教えてくれるかい?」