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饅頭と姉と不思議なこと

 夕方になって家に帰った。

 母にお土産を渡すと意外にも評判は良かった。

 研究所のマークの入ったいかにも宣伝といったマグカップを買って帰ったが喜んでもらえたのは嬉しいものだ。

 まるで普段はこういった心遣いをしない息子が珍しく気の利いたことをしてきたかのような態度だったのは気のせいだろう。

 確かにこうしたお土産を家に買って帰ることがめったにないのは事実なのだが、それとこれに因果関係はない。


 居間のソファーに座りとりあえずテレビをつけてみる。

 芸能人が楽し気に地方の町を食べ歩きしている。


 しかし頭にはいっさい情報が焼き付かない。

「・・・」

 浮かぶのは研究所で見た少女のことだけだ。


 結局あの後すぐに少女は踵を返すようにそのまま道の奥へと消えていった。

 後から地図を見ると奥には第3研究棟があったらしい。第1、第2と来たので当然といえば当然だが、何とも平凡なことだ。


 あの少女は、(少女ですらないのかもしれないが)きっと施設の職員だったのだろう。

 たまたま外に出ていてたまたま僕はそれを見かけただけ。

 何か衝撃的な事件が起こったわけではない。

 あの少女に誰かの面影が重なり、それが引っかかっているというわけでもない。

 出会いという言葉を使うのも自意識過剰な程の邂逅だ。あんなものはただその辺の道で通り過ぎたのと変わらない。

 それはわかっている。わかってはいるがしかし何故か意識が離れない。


「何変な顔してるの?」

 テレビ変えるよ、と僕の返事をまたずいつの間にか隣に座っていた姉がチャンネルを変える。

「・・・してないよ」

 弟に何と失礼なこというのだろうか。文句をいってやろうかと思ったが不機嫌になられるのも嫌だったのでやめておいた。


「そういえば今日朝からいなかったけど、どこ行ってたの?」

 戸棚から持ってきたのだろうか、小さな饅頭を食べながら尋ねてくる姉。

 食べながら喋るのもいかがと思うし、夕飯前にそんなものを食べているのがバレてはいつも母さんに怒られているというのに何やってんの

 という言葉が口を出かけたがまずは姉の疑問に答えてあげよう。


「ま、ちょっと社会貢献にね」

「へー」

 僕が貴重な休日を消化してまで参加した社会貢献だったというのに、姉の興味を1秒も惹くことはできなかったようだ。

 しかし、そのまま聞き流されるのも癪だったので今日の活動を報告してあげた。


「あーあそこ毎年やってよね。何かお店にもチラシ入ってたよ」

 いつの間にか饅頭をぺろりと平らげていたこの女性は僕の姉である。

 年齢20歳。

 現在は大学に通いながら休日は仕事をしている。

 

 その職業は占い師・・・らしい。

 

 らしいというのは僕は姉が働いている姿を見たことがないからだ。

 いつも休日になると朝家を出ていき夜には帰ってくるという規則正しく怪しいことをしているのである。

 

 その占い師というのも母から聞いたことである。母もまた姉の仕事を見たことがあるわけではないらしいが

 「お姉ちゃんのお陰で家計が楽になるわー」

 というのが母の感想だ。


 どういう教育方針なのか息子ながらに謎だがとにかく姉はそういう人物だ。

「それが変な顔の理由なの?」

「だから変な顔なんてしてないって」

「あやしい・・・」

 じっと顔を見つめられ思わずそらす。

 

 姉の丸い瞳は水晶玉のように透き通っている。

 小さいころからこの瞳に見つめられると心の中を透かされているような気がして僕はつい目をそらしてしまうのだ。

 僕は姉の仕事姿など見たことがないが、どうやら腕はそれなりにいいらしい。

 恋愛や仕事相談などを受けているそうだがよくお礼の手紙をもらったなど自慢げに言っていることがある。


 ちなみに姉は【特殊能力者】ではない。

 付け加えるなら、この家で【力】を持っているのは僕だけだ。

 【特殊能力者】がある日突然現れた様に、【力】は遺伝するものではない。

 どのような理由で持つものとそうでないものが生まれるのか、それに関しては今だはっきりとはわからないらしいが、とにかく【力】を持つものはどこにでも生まれうるということだ。


 当然、家族は僕のことは知っている。

 僕が【力】を持っていることも。

 僕が【力】を使えないことも。

 

「姉さんは最近何か不思議なことってあった?」

「へ?」

 沈黙に耐えられなかったせいか、余計なことを考えていたせいか、我ながらの変なことを聞いてしまった。

 せっかく姉の話から逃げようと思っていたのにこれでは反って興味をひいてしまう。


「んー、不思議なことってのはなかったかな」

 それにねと、姉は前置きしながら

「不思議な出来事っていうものはきっとないのよ。その時の自分には理解できないことっていうのはあるかもしれないけど、それはもしかしたら他の誰かには理解できることかもしれないし、次の日には自分にも理解できていることかもしれない」

「不思議と思っていてもよく考えれば理由があるってこと?」

「私はそう思うよ。それに不思議って思うのは何だか素敵なことだけど、不思議なままにしてたらその出来事をしっかりと理解することにはつながらないのよ。もしその時【不思議】と思ったことに出会ったなら、なおさらそのことを理解しようとしないといつまでもそのまんまなのよ」

 姉はチャンネルを回しながらそんな話をする。

 テレビを眺めるその横顔は別に神妙な面持ちというわけでもない。

 いつもの調子で話してはいるが何となく引き付けられるのは占い稼業で鍛えた腕故なのか。

「不思議と思うことならなおさら不思議と思わず知ろうとしないとね」


 なるほど。

 姉の言葉には考えさせられるものがあった。

 今日起きたことは僕の胸に引っかかっている。あれが不思議な出来事と呼んでいいのか、そうでないのかは置いておくとして。

 あの少女のことが気になっているのであれば、もやもやとしたままではなく、まずは自分なりに納得できるよう頭を整理が必要なのだ。

 姉の話を僕はそう理解した。


 何だが思わぬところで示唆を得たと思っていると、

 むふふ、という擬音がついてそうな顔で姉は僕を見ていた。

 心なしかその瞳の奥に邪なものが見え隠れする。

「だから葦人君が気になってる人がいるなら、お姉ちゃんにじっくりこっくりお話をするのがすっごく大事だと思うなぁ」

「・・・」

 

 僕の考えを知ってか知らずかは知らないが、知っていようといなかろうと我が姉が興味津々なのは弟の恋模様らしい。

 その勘違いを正してやろうかとも思ったがそれはそれで面倒なのでとりあえず姉の言葉は聞かなかったことにして、勝手に変えられたテレビを取り戻すことにした。


 口にはしないが姉の言葉には感謝する。

 夕飯でも食べて少し落ち着いたらまずは頭を整理しよう。

 

 ちょっとー、というクレームを聞き流しながらひとまずは始まったバラエティー番組を眺めることにする。

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