星の少女ーFirstー
ではでは、と片づけを終えた苗間と一緒に講習室を出ると彼女はカギを閉めそのまま去っていった。
この後も仕事が残っているのさ、と首から外した職員証を小さく振り回すその後姿は変人研究者という雰囲気がある。
さて僕はというとああいった手前何だかそのまま帰るのも少し後ろめたい。
別にそんな気持ちになる必要もないのだろうが、とりあえず有言実行として何かをしていくことにした。
とは言え現在時刻は午後3時過ぎ。
貰ったパンフレットを見ると先ほどの苗間のものと同じように、今日は様々な部屋で講習やレクリエーションのようなものが行われていたようだ。
しかし、そのほとんどが既に終わっているか最後の回が始まっているというところだ。
中には少し面白そうなものもあり、特に「特殊能力の開発について」などというものは僕にとって何か有意義な話が聞けるのではないかとも思ったが、その講義も既に始まっていた。
遅れて参加してもいいのだろうが、静かな部屋に後から入るといらない注目を浴びそうなのでやめることにした。
だが、これは言い訳なんだと心が少しチクリとする。
本当の理由は知っている。
それはただ単純に「意味がない」とよくわかっているからだ。
僕の【力】については僕がよく知っているのだ。
講習を聞くのはやめにしてバザーを見に行くことにした。
有志の持ち寄りで開催されているようだがどうやらこの研究所も公式で売店を出しているらしい。
研究所のマークが入ったグッズが売られていることがパンフレットにイラスト付きで賑やかに宣伝されていた。とりあえず母のお土産になるようなものがあればそれを買っていこう。
研究所は大きく囲われた敷地の中にいくつかの棟が建つ形となっていた。
先ほどまで僕がいたのは「第2研究棟」と呼ばれる場所であり講習室や一部の研究室が入っているらしい。
パンフレットには研究所の歴史や建物について簡単な説明があり僕はそれを見ながら目的地を目指していた。
この研究所は非常にわかりやすい構造をしていた。
守衛の立つ正面入り口からまっすぐ伸びる道路は途中で左右に分かれ道がある大きな十字路であり道の突き当りにそれぞれ建物があるというすっきりとした構造だ。
正面玄関からまっすぐ行き途中を右に曲がると「第2研究棟」にたどり着き、道を曲がらずに進み続けると行きつくところが「第1研究棟」である。
「第1研究棟」はこの敷地内で最も大きく様々な研究室や実験室などが入るメイン施設である。
バザーはどうやらそこの脇の広場で行われているようで僕はそこを目指し歩いていた。
自然との調和を意識しているという敷地内には緑が多く、道の左右には整然と木々が並んでいる。
そしてその木にも隠れることなく「第一研究棟」は姿を覗かせている。朝来た時にも正面入り口からまっすぐに見えていたのでかなり大きい建物なのだろう。
一本道なので当然迷うこともなく曲がり角にたどり着く。
ここを右に曲がれば第1研究棟だ。
ふと周りを見回すと敷地内の整備された道路にはゴミが一切落ちていない。清掃が行き届いているのだろう。もしかするとこういう所ではゴミ掃除ロボットでも巡回でもしているのだろうか、などと考えながら視線を前に戻したとき。
遠くの影と目が合った。
それは道の向こうから、まっすぐ、静かに
僕を見ていた。
まっすぐに続く道の先、そのずっと奥に影が一つ立っている。
女性だ。いや少女だ。
そう判断できるのは影のシルエットが時折風に揺れ、それが長い髪のためだと思ったからだ。
金髪なのか、光に反射する長い髪はここからでも良く見えた。
しかし道を照らすのは木々の間から僅かにこぼれる光だけで流石に顔まではよく見えない。少し遠くにいるのでそれも当然だ。
否、遠くにいるのだろうか。
整然と規則正しく左右に木が並ぶ道は真正面から見通すと奥行きが曖昧になり、対象との距離感を失わせる。
十字の分かれ道の中心に立ち、僕はぼんやりとそれから目が離せない。
右には第1研究棟、後ろには第2研究棟、左に曲がればこのままお帰りだ。
そして残る最後の一方。木々に惑わされ、見えているのにどこかぼんやりとした、そんな道に立つ少女にどうしてか僕の眼は奪われていた。
あの道の奥には何があったのだったか。
先ほど施設の地図は見ていたはずだがあの道の奥のことを思い出せない。
否、確か今日はあそこでは何も催しがなかったのだ。
だから今一つこの先のことは記憶に残っていないのだ、とそんなことだけを思い出した。
顔は朧気だが、輪郭だけがはっきりとしている少女は白い布に包まれている。
あれは白衣か。であれば苗間と同じここの職員なのだろうか。
少女はただ立っているだけのように見えるが道の真ん中で何をしているのだろう。
もしかしたら向こうはまるで僕のことなど見ていないのかもしれない。
その時、さあっと
静かな風が一つ吹く。
瞬間、木の葉がこれまでよりも大きく揺れ、その間から落ちる日の光がスポットライトのように道を照らした。
僕は思わず息をのむ。
少女の顔が見えたわけではない。
ただ、風になびいた金の髪が木漏れ日にひと際きらきらと瞬くその姿が
星空のように輝いて見えただけだ。